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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

江ノ島へ その2  

その1 からの続き

鎌倉駅からJRに乗って自宅に向かう。
が、折角の外出なので、帰りがけ1軒寄って行くことにした。
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もつ焼き屋へ
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レモンサワー 350円
冷えていて美味しい。
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レバー冷製 200円
にんにく、ねぎ、ゴマ油で
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キムチ 150円
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つくね、かしら、とりもも、テッポウ、シロ 全てタレで
全て1本100円
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金宮焼酎梅割り 350円

一人で酒場で飲む時、何気なく人間観察をしてしまう。
何を飲んでいるのか、何を注文しているのか。

カウンターに一人男性が座った。
20代半ばに見える若い男性だ。
彼は一杯目に生ビールを注文し、その後、焼き物を何本か注文していた。
焼き物が出来上がる頃、2杯目のビールを注文。
そして、食べ終わると店を出て行った。

若いのに、とても奇麗な飲み方だなあと感心してしまった。
私は若い頃は、ダラダラと飲んだものだ。


その後は入ってきたのは、30歳前後と思われる女性。
初めはお店のアルバイトの女性かと思った。

店員さんとの挨拶も手慣れたもので、どうやら常連客らしい。
生ビールを注文して、豚モツの冷製を注文していた。
もつ焼き屋なんて、中年以降の男性が大勢を占める店である。
女性一人で来るというのは、結構勇気がいるのでは?と思ってしまう。

そういえば、上野の専業さんの甥は、酒場で知り合った女性と数年前に結婚をした。
彼も一人客でその店に通い、彼女もそのお店の常連さんで、いつも一人で通っていたらしい。
一人で飲みに行くぐらいなので、お互いお酒が大好きなのだ。

男女の出会いは、共通の趣味や話題があると取っ付き易く、
その後も長続きするような気がする。


その女性は独身か既婚かは分からなけど、察するに独身のような気がする。
このお店で素敵な男性と知り合って、一緒になるかもしれない
と勝手に想像したところで、梅割りの酔いが急速に回って来たので店を出ることにした。


2軒目
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生ビール 290円
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半ギョーザ 130円
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今年初の冷やし中華 530円

その後、自宅に帰って宝焼酎のレモンサワーで3次会をしました。
【おわり】
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category: 旅行

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江ノ島へ その1  

4月に入り、気候も良くなってきたので積極的に外出するようにしている。
ここ最近は、桜を見に行ったり、川沿いを歩いたり、丘陵を散策したので、
たまにはと、海を見に行くことにした。

10時前、自宅を出て江ノ島へと向かう。
途中、弁当を買って海で食べる計画をしていたが、
雨が降ってきたので、回転寿司屋に入り早めの昼食を食べた。

12時半、江ノ島駅に到着
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久し振りの江ノ島。
竜宮城風の駅舎は1/19で閉鎖され工事中。

駅を降りたら湿った海風と磯の香り。
もっと感動するかと思ったが、何の感動も無い。
どんな場所でもそうだけど、初めての時は感動する。
2度以降、徐々に感動は薄れていく。
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3年前の駅舎の写真
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駅を出て、片瀬橋を渡り江ノ島入口にある観光案内所へ。
ここで無料のガイドブックを貰う。
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片瀬東浜海水浴場。奥に見えるのが江ノ島。
本日の予定は、江ノ島から鎌倉まで
相模湾の砂浜をひたすら東へと向かう。
約10kmの散策
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私の好きな海の季節ベスト4
4位 夏 3位 春 2位 秋 1位 冬
理由は至って簡単。夏は混んでいるから。冬は空いているから。
人混みが苦手です。
昨日は天気が悪く曇っていて、更に平日の昼間ということもあり
砂浜はガラガラ。
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江ノ電、鎌倉高校前駅で少し寄り道
日坂(にっさか)
アニメ(スラムダンク)、映画、ドラマの舞台に良く登場する場所。
アジア系外国人観光客で混んでいた。
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七里ヶ浜を東へ
中学生の遠足の集団。楽しそうに海岸で遊んでいる。
自分にもそいう楽しい時期があったような、なかったような。
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稲村ガ崎
天気が良ければ富士山が見えるらしい。
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ここで昼食を食べたかった。
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鎌倉海浜公園
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更に東へ歩き、稲村ヶ崎磯づたいの道へ
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すれ違う人は程んど無し
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由比ヶ浜海岸
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鎌倉公園の江ノ電100系「タンコロ」
子供が小さい時、2人で来た記憶が。
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砂浜は由比ヶ浜で終わり。
材木座海岸へと続くが、若宮大路を通り鎌倉駅へと向かう。
一の鳥居
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15時半 鎌倉駅に到着
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この先は小町通り。
海岸とはうってかわって観光客で大混雑。
人混みは苦手なので帰ることに。

江ノ島の天気予報は14時まで雨の確率90%。
しかし、傘を使うことなく恵まれました。
片瀬江ノ島駅から鎌倉駅まで散策は3時間で終了。

その2に続く

category: 旅行

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近況とコメントへの返信  

そういえば、ここ何ヵ月か家族以外の誰にも会っていないことに気が付きました。
証券会社にも行かなくなったし、最後に家族以外の人と会ったのは
3/2に京成立石で上野の専業さんと会ったのが最後です。
社会から完全に孤立した生活を送っています。


今の私には、話し相手になってくれる友人が全くいないので
時々身近にいる妻に人生相談を持ち掛けます。

先日ブログに書いた話をしたところ、それは違うのではないかと。
以下は妻の考え。
-------------------------------------------
自分に合わないと思っていた仕事をずっと続けていたのは、
自分の意志だったのだろうか?
その後、トレーダーとして生活費を稼ぐことを決めたのは
自分の意志だったのだろうか?
トレードで稼げなくなり、再び何もしないという道を選んだのは
自分の意志なのだろうか?
-------------------------------------------
仕事を続ける、続けない、
トレーダー生活をする、しない、
無職で何もしない、違う道を模索する。

過去におけるある場面におて、
あなたには選択肢が存在していたということは確かである。
そして、結果的に一つしか選択できないにしろ、
自分のやりたいと思うこと、納得いくと思うことをやっているのだから
それは自分の意志が働いている。

-------------------------------------------
1度きりの人生で選べるのはその中で唯一つである。
時間は過去に戻すことができないので、選びなおすことは不可能だ。
とすると、人生のあらゆる場面で多くの選択肢はあるものの
過去を振り返ると道は1本しかない。
-------------------------------------------
過去を振り返ると道は1本しかなく、全てがあらかじめ決められているように思える。
それこそ、あなたの錯覚でしょう?
と、木っ端微塵に全否定されました。

何が正しいか、何が間違っているかはないのですけど、
また考え込んでしまいました。

こういうことを考えても、有意義な人生が送れるとは限りませんし、
完全に時間の無駄、暇潰しです。



ムーンさん
コメントありがとございます。
-------------------------------------------
悲しいときや追い詰められているときに心のよりどころになるのが
運命論だと思います。
-------------------------------------------
私もそう思います。
人は不幸な出来事が起こった時に、そのことに対する原因を求めます。
なぜ交通事故にあったのか、なぜリストラされたのか、
なぜテロに巻き込まれたのか、なぜ病気になったのか。

それらは複数の偶然が重なりあって、ある結果が引き起こされるのであり、
明確な原因などは分からないのです。
分からないものに、自分が納得できる理由を付けるために、
「運命」という言葉を用いるのだと思います。
そしてその多くは、悲しい出来事や不幸な出来事の時に使います。



littleXさん
コメントありがとございます。
-------------------------------------------
自由意志があるかないか
長い間議論されている哲学にもありますね
-------------------------------------------
私の書いたことは哲学でも議論されているのですね。
20代前半、学生生活が後半に差し掛かり、これから就職するという時に
哲学の本を少し読んだことがあります。
しかし、その時は難しくて全く理解できませんでした。

最近は暇を持て余し気味で図書館に行くことが多く、
偶に易しそうな哲学の本を手に取るのですが、数ページ捲っただけで後が進みません。
そこそこ人生経験を積んできたので、少しは分かるようになったかな?と思ってみたものの
昔と変わらずダメでした。

ウィキペディアで自由意志について見てみました。
やはり難しくて理解できません。
理解できない理由は、哲学的な特殊な語彙が全く分からないからです。
基礎的なことから取り組まないとダメなようです。

最近考えていることは、生きる意味のヒントを得るためには、
宗教か哲学が役に立ちそうだと。

しかし、宗教はどうも奇麗ごとが多くて、それを物語として読むのには良いのですが、
自分を救ってはくれなさそうです。
ですから、いずれは哲学を勉強したいです。



kohteiさん
コメントありがとございます。
-------------------------------------------
お久しぶりです。
前に一二度コメントした者です。
何故かニックさんの事が気に成るんだよなぁ
陰ながらお幸せを祈念してます
-------------------------------------------
幸せとは何かを考えます。
お酒を飲んでいるときは幸せ。
旅行や散策へ行き、きれいな景色を見られた時は幸せ。
トレードをしていた時は、儲かった時は幸せでした。

でも、そんな幸せはほんの一瞬の出来事です。
その時間が長く継続することはありません。

そう考えると、人生の殆どは苦しみの時間です。
人生は何をしても虚しいです。

category: 夢職の日々201904

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近況など  

一昨日、昨日と天気が良かったので、
2日連続で狭山丘陵に散策に出掛けてきた。

初日は多摩湖を一周し、狭山緑地、狭山公園へ
2日目は野山北・六道山公園へ

狭山丘陵までは電車で行ったのだが、
途中、16年間勤めた会社の最寄り駅を通った。
とても懐かしい気分になった半面、
あの苦しかった毎日を思い出すと胸が詰まる思いがした。
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自分に合わないと思っていた仕事をずっと続けていたのは、
自分の意志だったのだろうか?
その後、トレーダーとして生活費を稼ぐことを決めたのは
自分の意志だったのだろうか?
トレードで稼げなくなり、再び何もしないという道を選んだのは
自分の意志なのだろうか?
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人は生きている間、人生のなかの様々な場面で選択に迫られる。
Aという選択肢、Bという選択肢、Cという選択肢・・・。
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1度きりの人生で選べるのはその中で唯一つである。
時間は過去に戻すことができないので、選びなおすことは不可能だ。
とすると、人生のあらゆる場面で多くの選択肢はあるものの
過去を振り返ると道は1本しかない。
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確かに人生の岐路に立たされる場面において
沢山の選択肢が用意され、選択権は自分にあるようには思える。
しかし、それは単なる錯覚であり、全てはあらかじめ決まっているのではないか?
とふと思えた。
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人は生まれた時からあらゆることが既に決定されている。
どういう人生を歩むのかも。
そして、そのことは本人も、周りの人もただ知らないだけである。
なぜならば、未来は誰も分からないのだから。
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そう考えると、会社員を嫌々続けてきたこと、トレーダーをやっていたこと、
現在無職である事、その全てが私自身が決定してきたように思えても、
実は既に決まっていたのでは?
そして、私の死期までも既に決まっているのではないか?
それは明日かもしれないし、30年後かもしれない。
ただ、その時期を誰も知らないだけだ。
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なぜ、こんなことを考えたかというと、
散策途中の休憩の時、若い母親と幼い子供が交通事故にあった
というニュースを見たからである。
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あの時に、あの場所で、たまたま自転車に乗って交差点を渡っていた。
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ずっと家にいるという選択肢、別の場所に出掛けるという選択肢、
違う時間に家を出るという選択肢、あらゆる選択肢があったはずである。
にもかかわらず、ある選択をすることで事故にあった。
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それは運命かもしれない。
しかし、運命とうい一言で片付けてしまうのは、
自分の思考を停止させる怠惰な態度のような気もする。
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生きている中で、自分の意志というのはどこまで反映されているか、
あるいは全く反映されることは無いのか、気になってしまう。

category: 夢職の日々201904

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近況など  

ここ最近の生活

7時過ぎに起床。
朝食(今日はトースト)
午前は本を読み、11時頃から疲れて1時間程昼寝。
昼食(今日はレトルトのミートソース)
午後は録画してある将棋のTV対局を見て、また本を読んで、
16時頃から1時間昼寝。
夕方、時間があれば図書館へ。
その後、夕飯(今日は回鍋肉)、風呂。
お酒はしばらく止めています。
21時から布団に入って読書。
23時前に就寝。
今日は眠れないのでブログの更新

最近は、本を読むか、将棋を見るか、昼寝をしているかで1日が終わってしまいます。
1~2ヵ月前は、仕事でも探した方が良いかなと思っていましたが、
そんな気は全く無くなってしまいました。
でも、今の生活に飽きたらこの限りではありません。

こんな無為な毎日を送っていることに、時々疑問に感じます。
果たして今の生活は幸せと言えるのだろうか?と。


では、世間一般の幸せとはどようなものだろうかと考えると
1.社会的地位(会社での出世、尊敬される職業)
2.名誉(スポーツ選手、有名人)
3.お金(現金、不動産などの資産)
4.家族(結婚など)
5.健康(病気をしていない)

健康はここでは置いておくとして、
こういった幸せを追い求め、全てを手にいれられるとします。
一流企業の役員になって、世間に名が知れて、高額な年収を得て、莫大な資産を築く。
都内の億を超えるタワーマンションで愛する家族に囲まれて暮らす。

こんな人生、生活を想像すると羨ましく感じます。
しかし、人はいずれ死んでしまう。
その時は、地位や名誉、お金、家族は全て失うことになる。
どんなに苦労して得ても。どんなに色々なものを犠牲にしてきても。


そんな世間一般の幸せを追い求めることに虚さを感じないのだろうか?
(これは人生の終盤を迎え、死が近づいてきている私だから考える事で、
 若い人はそうは考えないかな)
では、私にとっての幸せとは何だろうか?と考えると、
「自分の意志で好きなことをして暮らす」ということ。

しかし、これを得ることは意外と難しい。
第一に、人は生きていくためには何らかの手段で生活費を稼がなくてはならない。
第二に、本当に好きな事、すなわち世間的に言われる幸せ全てを投げうつほど価値のある
人生を捧げられる何かが見つけられるとは限らない。

そんな事を考えながら、そう遠くない死を迎えるまで、
どうやって毎日を過ごしていくことが良いのかを考えたりしています。

category: 夢職の日々201904

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近況など  

昨日は珍しく妻から飲みに行きたいと誘われ
近くの居酒屋へ行った。
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無職暇人の私は、18時に一人で居酒屋へ乗り込み、
先に生ビールを飲んで仕事帰りの妻を待った。
30分程して妻が来て、その後、上の子も合流して3人で飲んだ。
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こう書くと、幸せなそう家族像に映るかもしれないが、
今から5年以上前、我が家は滅茶苦茶に荒れていた。
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妻には離婚して欲しいと迫られ、上の子は父親である私を殴った。
今ならその理由は簡単に分かる。
妻の家事のやり方に口を出し、子供の勉強に口を出し、
家族に私の価値観を押し付け、私のやり方を強要していたからだ。
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妻とは喧嘩が絶えなかった。
2~3ヵ月に一度は大喧嘩をしていた。
妻は口が立つ私に口論になると敵わなかった。
口論に負けた妻は腹いせに物に当たっていた。
今でも家の中にその傷跡は残っている。
上の子とも、長い間口を利くことは無かった。
会話は妻を介してだった。
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いつからかははっきりと覚えていないけど、
私は家族に対する接し方の過ちに気付き、
妻や子供に対する干渉を止めた。
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それから間もなくして、妻との喧嘩が激減した。
大喧嘩は無くなり、年に数度軽く衝突するぐらいになり、
今では殆ど衝突することは無くなった。
全く口を利かなかった子供とは、普通に会話を交わすようになり
2人で食事に行くようにもなった。
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妻や子供に期待しない。
そして、私自身期待されないで生きていく。
人は期待を裏切られたときに怒りの感情が湧いてくる。
人との対立は、期待したりされたり、
といった関係が原因で起こるのではないかと考えている。
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最近は、更に家族関係について過激に考えるようになった。
「家族とは、たまたま一つ屋根の下で共同生活を送る関係であり、
みんな個々の人格を尊重し、家族であってもお互い干渉せずに生きるべきだ」
といった持論を妻の前で展開したら、
そんなのは家族では無い。(私は)冷たい人間だ。と白い目で見られた。
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そうだよな。世間一般の家族像とは、
家族がお互いが支え合って生きていくという暖かいものである。
でも私は「個」を大切に生きていきたい。

人からは共感を得られないのは分かっていたし、
妻には言うべきでなかったかもしれない。
でも、私の考えを分かって欲しいという気持ちもあって
反感を買うことを承知で言ってしまった。
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酔いがまわってくると、
離婚を迫られた妻と今ここで一緒に飲んでいる事、
私のことを殴った子供が隣で楽しそうに話していることが妙に不思議に思えた。

18時に飲み始めて、気が付くと22時過ぎ。
いつの間にか周りの客もいなくなっていた。

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近況など  

4月に入ってから、花見に行ったり、旅行へ行ったりと
自宅にいることが殆ど無かったのですが、
昨日、今日と自宅にいます。

自宅に居て暇かというとそうでも無くて、部屋の大掃除をして忙しいです。
と言いますのも、下の子が大きくなって自分の部屋が欲しいと言うので、
2階にある私のフローリングの6畳間を明け渡すことになりました。

無職になってから6年5か月。
ネグラ(田山さん風に)として過ごした部屋からの退去は
些かの寂しいものはありますが、もうトレードもしてないですし、
部屋にこもって作業することも殆どないので別にいいかなと思っています。


下の子が明け渡した1階のリビング隣にある7.5畳の和室に行っても良いのですが、
そこはリビングのTVの音がうるさそうなので、
2階にある10畳の和室(寝室)に行くことになりました。

ここは夫婦の寝室と兼用なので、夜更かししたり、早起きはできなくなります。
その時の避難場所も考えなくてはなりません。

昨日は本の整理をしました。
半分ぐらいは処分(ブックオフに持っていく)しようと思ったのですが、
今回は1/4ぐらいに留まりました。
執着心が強いのか、なかなか処分する決断ができません。
次の機会に持ち越しです。
あとはCDも処分したいのですが、こちらも思い出があってなかなか・・・
でも、殆ど聞きません。

理想は、今ある部屋の私物を半分ぐらいに減らしたいです。



しんさん
再度、コメントありがとございます。
返信が長くなりましたので、こちらに書きました。

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ニックさんはそのようにご謙遜されていらっしゃいますが、
自分の人生が他人と比べて変わっているという題材があろうとも、
それをこのような文章に書き起こせる能力がある方は滅多にいないと思います。
ですので、ご返信いただいた内容を拝読させていただいても、私の考えに変わりはありません。
-----------------------------------------------
私はどうでも良いような事を考えるのが大好きです。
他人と議論すること無く、一人で一つの事について深く考えます。
当然、独りよがりの考えです。
生きるとは、幸せとは、友人とは、お金とは、仕事とは、時間とは、自分自身の特性とは。

無職になって時間も沢山ありますし、部屋で一人でいることが多いので、
暇つぶしに考えに耽っています。
そうしてぼんやりと思い浮かんだ考えを、ブログに書くために言語化して、
それらの考えの輪郭をくっきりさせていく。そいうった作業が好きです。

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多くの方の引退は、≒資金の大半を失う「退場」を意味するようですので、
その後は生活レベルを落とすだけでも大変でしょうし、生活していく、生きていくだけで精一杯となり、
ブログなどを書く心の余裕も経済的余裕もなくなるのだろうと推察いたします。
-----------------------------------------------
なるほど。
我が家は妻も働いていますし、私の幾ばくかの貯蓄もあるので、
こうして無職でいることができ、ブログを書く余裕があるのです。
その通りだと思います。

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私も約14年程度、(専業は10年程度)パチンコで生計を立てていた時代がありまして、
(中略)
余談になりますが、田山プロは私がパチンコライターをやっていた時の心の師匠で、
パチンコでの立ち回り方において、多大なる影響を受けた方なんです。
-----------------------------------------------
そうでしたか。
パチンコのことはお詳しいのですね。
株式トレーダーも、パチンコ、パチスロ上がりの方がかなり多いように思います。
何か通じるところがあるのでしょうか。

パチンコでは、期待値の高い台を見つけて閉店までひたすら打ち続ける。
対してトレードは、利益の出やすいやり方を見つけて、ひたすら同じ取り引きをする。
共通するのは、同じことの繰り返しでやっていても面白くない。
でも、お金が儲かるのは面白い。
(私がそう考えるだけで、他の方がどう思うかは知りません)


私のパチンコの戦績は、競輪と同様散々でした。
トータルでは大負け?
途中から収支を付けるのが嫌になりました。

学生時代、運送屋やビル清掃の日雇いバイトをして(当時は8時間働いて日給5,000~6,000円)
そのお金をいつもホールに吸い取られていました。
田山さんが連載していたパチンコ必勝ガイドも良く買っていました。
パチンコ屋から帰ってからも家で雑誌を読んで、パチンコをしている気分を味わっていました。

平台(羽根物)のビックシューターとか、ブロードウェイとか、ローリングマシンとかが好きで、
今でもあったら打ちたいです。
今から25年程前の台なので、流石にもうないでしょう。

平台というのは今は無いのですかね。
パチンコに関しては浦島太郎です。

category: 夢職の日々201904

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近況など  

私にしては珍しく忙しい1週間でした。

4/1(月) 善福寺川緑地で一人花見
4/2(火) 銚子へ家族旅行(銚子市内)
4/3(水) 銚子へ家族旅行(銚子市内)
4/4(木) 銚子へ家族旅行(銚子市内、佐原)
4/5(金) 野川公園、武蔵野公園で一人花見

今日も天気が良いのでこれから花見に出かけています。

しんさんからコメントを頂き、長くなりましたので
こちらに書きました。
---------------------------------------------
ニックさんの文章は読んでいてとても面白く、(ゲラゲラ笑えるという意味での面白さではなく、
読者を惹きつける文章力の面白さ、秀逸さという意味です。)夢職にしておくには本当に
もったいない逸材だと思っています。
~中略~
以前、私も物書きをしていた時代がありましたが、ニックさんのような人を惹きつける文章、
味のある文章は私には到底書けないですね…。
---------------------------------------------
上手い文章を書く人、人を引き付ける文章を書く人は、
世の中には沢山いると思います。
私はプロの物書きでは無く、単なる素人ですので彼らの足元にも及びません。

では、なぜ惹きつける文章だと思われるのか?
それは、私が一風変わった人生を歩んできており、
更にかなり変わった人物であるからです。
そして、このブログでは、そんな変った人物の日常を書いているので
惹きつけるように感じるだけではないでしょうか。



まず、私の人生について。
大学院を出て、第一希望の機械メーカーに就職したまでは順風満帆の人生と言えますが、
就職後30歳の時に鬱病が発症し、そこから転落が始まります。
精神病院への入院、休職、復職の失敗、失業。

41歳。鬱病から回復し再就職活動をするもののことごとく失敗。
十数社応募書類を送るも、面接の機会を与えられたのはただの一社。
当然その一社もダメ。
仕事の当ても無く、藁をもすがる思いでコンビのバイトに応募するも、連絡すら全く無い。
流石にこの時は萎えました。人生のどん底です。

そこから趣味の株で運良く4年10ヵ月生計を立てられたものの、
稼げななくなり再度無職へ。
48年間を振り返ると、改めて凄い人生を歩んできたと思います。

私のように株で稼げなくなった後も、ブログを続ける人はなかなかいません。
私はそういった人たちのその後が知りたいのですが、無いので自分でやることにしました。
このブログが、会社員をしながら時々株で小遣い稼ぎをしているブログであったなら、
どんなに文章が上手くても詰まらないと思います。



次に私という変わった人物について。
私はずっと生きていくのが辛いと思っていました。
でも、それは私だけでなく、みんなそうなのだろうと思っていました。

ところが、精神病院に入院した時に、軽度の発達障害であることの指摘を受けました。
詳細は私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その1

その後、色々と自分で調べてみて、自分の生き辛さの原因が分かったと共に、
世間一般の人と、私の感受性が大きくずれていることに初めて気が付きました。
その「ずれ」についても時々このブログに書いています。

例えばですが、
---------------------------------------------
仕事以外の人間関係はトラブルばかりです。
つい最近も、中学時代の恩師と喧嘩になりました。
彼とは2度と会うことはないでしょう。
私は自己主張が強いので、みんなから嫌われ、彼らは私の前から去って行きます。
そしてそれで良いと思っています。
---------------------------------------------
多くの人はこういう考えにはなりません。

どんな人でも嫌いな人の一人や二人はいるものです。
しかし、そういう人がいたとしても、大多数の人は自分の感情を押し殺し、
距離を置いて付きあっていく。
他人との軋轢を避け、上手くやっていくのです。
それが社会性というものです。

私の場合、自分の信念と、社会性を比較した場合、
自分の信念(自分が正しいと思う生き方)を優先します。
ですから、自分が正しいと思えば(他人から間違っていると見られても)そのことを優先します。
その結果、社会で上手く生きていけなくても良いのです。

人間関係についてもそうですが、その他のあらゆることについても同じです。
会社員生活が破綻したのも、自分がやりたくも無い仕事をすることに耐えられず鬱になったからです。
普通の人であれば、自分を誤魔化しながらでも、生活のために何とか続けていくものです。

これは私特有の一種のこだわりと言えます。
こういった考えですので、一般社会では上手くやっていけないのです。

誰しもが、自由に生きたい、自分の思うように行動したいと考えています。
しかし、私のように嫌な仕事を投げ出し、嫌いな人間と対立したすることはできません。
なぜならば、そうすることにより協調性を重んじる日本の社会では生きていけないからです。



私のブログの読者を想像するに、
私と同じく世間から少しずれている人、
あるいは、私のように自分に正直に生きていきたいと考えている人
(でも、それをやってしまうと日本の社会では生きていけないのでできない)
そういった人たちが共感して、固定して読んでくれているのではと思っています。

私は多くの人にこのブログを読んでもらいたいとは思っていません。
ほんの少しの人で良いので、私という人物、気持ちを理解してくれる人がいて欲しい。
そういう考えでブログを書いています。

長くなりましたのでこのぐらいで。




最後に田山幸憲さんの事を少し。

人間というのは異質なものを求めてるものかもしれません。
私も異質の部類に入ると思いますが、田山さんもかなり異質です。

田山さんは東京大学に入学しますが、在学中パチンコと出会い中退し、パチプロの道を歩みます。
東京大学に入学できる頭脳があるならば、
官僚を目指したり、一流企業に就職したり、大学に残ったりするのが一般的だと思われます。
それがパチプロですから、普通では考えられないことです。
自分のやりたいことをする。世間体はどうでも良い。
何か信念がなければできません。


彼はパチプロで生計を立てていましたが、1日の稼ぎがでたらさっと止めて店を出たそうです。
打ち止めも他の客に迷惑がかかる(釘が渋くなる)といって嫌ったとも言われています。
お金には執着せず、とても奇麗な生き方だと思います。
私にはとてもできません。


田山さんは舌癌を患います。
一度は手術をしたものの再発します。
そして、彼は延命治療を拒否して死を選びます。
舌や首(リンパ腺に転移していた)を切られて、後遺症に悩まされており、
さらに苦しい思いをしてまで生きる価値は無いと考えたようです。
これもとても潔い生き方です。
私なら生に執着し、どんなことをしてでも生き在えたいと思うでしょう。


彼は毎日パチンコをして、食事もほとんど取らず、酒を飲み、タバコを吸い、自由に生きてきた。
そして舌癌になり54歳で人生の幕を閉じます。
彼はそれを、身から出たサビ、自業自得、と受け入れている。
自由に生きる事、好きなことをして生きる事、
それには何らかの代償があり、そういったことを覚悟した上で自分自身が選んでいる。
そんな田山さんの生き方に私は憧れます。
しかし、私には彼のように生きるのは難しいでしょう。
なぜならば、そいうった信念や覚悟が希薄だからです。


彼に近づけることと言ったら、
酒が好きであること、特定の人と深く付き合うことが無い事
ぐらいですかね。

category: 夢職の日々201904

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働いていた時と無職の今、どっちがマシですか? その3  

「働いていた時と無職の今、どっちがマシですか?その1 その2」について
コメントを頂き、返信が長くなりましたのでこちらに書きました。

littleXさん
コメントありがとうございます。
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私の場合、会社や仕事よりも人間関係が苦痛で仕方ない
社会的な地位や仕事のやりがいなんかどうでもいい
とにかく今の状況から抜け出したい
自由がうらやましい
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人間関係でお悩みでしたか。
先にも書きましたように、私は偶々会社員時代に人間関係で悩むことはありませんでした。
これは本当に運が良かったとしか言えません。

仕事以外の人間関係はトラブルばかりです。
つい最近も、中学時代の恩師と喧嘩になりました。
彼とは2度と会うことはないでしょう。
私は自己主張が強いので、みんなから嫌われ、彼らは私の前から去って行きます。
そしてそれで良いと思っています。

会社時代の同僚や上司は、不思議とおおらかな人が多かったです。
そして意地悪をするような人も皆無でした。
学生時代の友人の仕事の話を聞くと、人間関係で悩んでいる人が多かったです。
私が特に人間関係を構築するのが上手いかというとそれは絶対に無い。
となると、これは巡り合わせが良かっただけと言えます。

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人生なめているだけかもしれませんが
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私は会社時代は自分なりに一生懸命仕事をしていましたが
報われることはありませんでした。

一方、仕事を辞め、再就職先が見つからず何気なく始めた、
世間的にはなめていると思われるトレーダーでは
それなりに結果を出すことができました。

人生なめているぐらいの方が丁度良いのかもしれません。

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もし会社を辞めても、後悔するかもわからない
いろいろ考えながら生きて行くしかないですね
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仕事で悩んでいた時、周囲の人から良く言われたのが、
「一度きりの人生、悔いの無いように好きなことをして」
という無責任な言葉でした。

この言葉を投げかけられると、益々仕事を辞められないと悩みました。
一度きりの人生、悔いが無いようにと思えば思う程慎重になり、
仕事を辞めることを躊躇しました。
考えれば考える程、思考停止に陥って何もできなくなりました。

結局は何か大きな外圧が働かないと、仕事は辞められないのかもしれません。
私の場合、それが鬱での休職、復職の失敗でした。


ムーンさん
コメントありがとうございます。

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毎日暇ですね。僕はテレビはあまり見ないので寝ているか、
自分のブログを眺めているか更新しているかくらいです。
ギターは国家機関での対応が終われば再開します。
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世の中には、暇を楽しんでいる人がいる一方、
私は暇を持て余し苦しんでいる。
この違いは何であろうかと考えたことがあります。

それは、私特有の完璧主義に因るものではないかと考えました。

人生に与えられた時間とういうのは限られています。
その時間を如何に効率良く使うか?
それが学生時代、会社員時代に常に考えるべきことでした。

しかし、無職の今はありあまる時間があるのに、
何一つ効率良く使っていない。時間を無駄遣いしている。
完璧主義者の私にとって、そのことが耐え難いのです。

ちなみにトレードをきっぱり辞めたのも、
今までのように勝てなくなった自分に耐えられなくなったという
完璧主義に因るものだと思っています。

category: 未分類

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働いていた時と無職の今、どっちがマシですか? その2   

その1 からの続き

前回は「働いていた時」の事を書いたので、今回は「無職の今」について書きます。


■何時に起きても良い、何をしても良い日々

無職なってからは自由になりました。
幼稚園、小学校、中学、高校、大学、そして社会人と
40年近く平日は毎朝決まった時間に学校や職場に行き、勉強したり仕事をする。
そういった習慣がある時を境に無くなってしまう。

朝何時に起きても良い。
そして、目が覚めてから何もしなくても良い。
勿論することがあったらしても良い。
自由の素晴らしさを実感しました。

トレーダーをやっていた4年10ヶ月は本当に楽しく、充実した日々を送っていました。
調べ物をするため朝早く起きたり、
相場が気になって深夜までパソコンに張り付いたり。
1日の大半の時間を株に関することに費やしていました。

しかし、それが全く苦にならない。
それは自分の意志でやっていたからです。
仮に証券会社に勤めていて、会社からの指示でトレードをしていたならば、
たちまに嫌になっていたと思います。

何の組織にも属さない。
誰からの指示も受けない。
ノルマや成果目標もない。
自分のペースで自分の好きなときにトレードをすれば良いので休みも自由にとれる。
自己資金でやっており、その範囲内であれば自分の裁量で自由に取り引きできる。
不満などある訳がありません。

結局、昨年の後半から利益が出なくなり、
10月末でトレーダー生活に区切りを付けることになりました。
上手い話はそうあるものではありません。


■することが無い日々

無職でもトレードをやっていたときは苦しさを感じることはありませんでした。
それは毎日することがあったからです。

しかし、トレードをやめてからは暇を持て余すようになり、苦しさを感じ始めました。
自由であることが素晴らしい事には何ら変わりはありませんが、
時間が持て余すことが、こんなにも苦しいことだとは知りりませんでした。
それは、学校生活、社会人生活、トレーダー生活と常に時間に追われる生活を
物心ついた時からずっと送ってきたからだと考えられます。

ありあまる時間をどのようにすごすのか?
本を読んでも良い、散歩に出かけても良い、ネットをしても良い、酒を飲んでも良い。
しかし、1日16時間起きているとしたら、こんなことだけでは時間は潰せません。
会社員時代を考えたら贅沢な悩みだと思います。

これが今の無職生活における、私の一番辛さです。


■無職生活を目指すために

無職生活は毎日自由で好きなことはできますが、
日々の生活を送るための生活費はどうするのか?といった現実的な問題が生じてきます。
私もその事を考え、なかなか仕事を辞めることができませんでした。
一人身であればまだなんとかなったかもしれませんが、家族がいると尚更でした。

無職生活におけるの生活費の捻出は以下のパターンが考えられます。
①無職生活にも耐えられる充分な貯蓄を会社員時代に作っておく
②家族(主に親)からの支援
③趣味を生かした小遣い稼ぎ(アフィリエイト、せどりなど)
④単発のアルバイト

私の場合は①、②です。
会社員時代の貯蓄、トレードで得た利益を切り崩して生活しています。
そして妻が働いているので世帯では一定の収入があります。


また、仕事をしている時と違って、無職生活では安定した収入が期待できないので
極力支出を減らすことも大切です。
以前にも書きましたが、私の趣味は読書、散策、将棋、お酒(主に自宅で焼酎を飲む)なので、
あまりお金は使いません。

車やオートバイが好き、ゴルフが趣味、といったお金がかかる趣味のある人は
これまで大切にしたきた趣味を捨て去る覚悟が必要です。


話は少し逸れますが、知恵を絞れば幾らでも小銭は稼げると思います。
シーグラスというのがありますが、これらは物によっては高値で売れるようです。
海岸を歩いて見つけるだけなので、海岸の近くに住んでいれば元手は無しで稼げます。

似たようなもので流木というのもあります。
これも川や海岸で拾い、メルカリなどでインテリア雑貨として売れるようです。
これも拾いに行くだけなので、運転資金などは要りません。

一歩踏み込んで、これらに付加価値を付けることにより、
高値で、かつ売れやすくすることも可能です。
例えば、流木を使って本棚やテーブルを作る。芸術的センスや技術は必要かもしれませんが
やろうと思ってできないことはありません。

無職はいくらでも時間があるので、
そういった時間で、お金のかからないビジネスを考えるのも楽しいと思います。
ポイントは、まだ多くの人が気付いていないことです。


■働いていた時と無職の今、どっちがマシですか?

結論は先に書きましたが、私は今の無職生活の方が数段良いと思えます。
他の人はどうかは分かりません。他の人の考えも聞いみたいところです。

お金を稼ぐこと、社会的地位が欲しい人、充実した日々を送りたいと考える人にはお勧めしません。
無職生活には大きな苦しみはありませんが、大きな張り合いもありません。
(やりたいこと、目指したい何かがあって、あえて無職を選ぶ人は別)


会社員時代の苦しさは、生活費を稼ぐためにひたすら我慢の連続でした。
言うならば、深い海の底に沈んでいて、もがき苦しんでいるようでした。

一方、無職の今の苦しみは、自由過ぎることです。
例えるなら、大海原の真ん中でポツンとイカダに乗っていて、
これからどこを目指したら良いのか、どのように進めば良いのか全く見当が付かない。
そんな苦しさです。

それでも無職の今の苦しみは、自由の中における苦しみなので
幾らでも打開策はあると思います。
一方、会社員時代は、「我慢して働き続ける」という一択で、他に選択肢はありませんでした。
そう考えると、「無職の今」の方が良いと言えます。


さて、もうすぐ3月も終わりますね。
今年も何もしないまま1/4が終わったことになります。
来週から4月に入りますが、何をするのか、毎日どう過ごすのか考えなくてはなりません。

こうは書いたものの、何も考えないまま時間だけが過ぎていき
4月もあっと言う間に終わると思います。


【おわり】

category: 無職・仕事

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