無職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。無職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

昔、バイトで知りあった友人のこと  

■1

昨年末から、「スマホでUSEN」に加入しています。
月額490円で色々なジャンルの音楽がスマホで聞き放題です。

私の場合、朝の8:00~夕方17:00までは
部屋のBGMとしてラジオ日経を流しています。

それ以降の時間は、
監視している銘柄の株価データをダウンロードしたり、日中足データを保存したり、
その日の取り引き結果をエクセルに入力したり、といった単純作業が多いので、
作業用のBGMにUSENを流しています。

スマホからBluetoothでスピーカーに飛ばして聞くので
高音質で聞けます。
結構、気に行っています。


■2

そのUSENで、私は1980年代後半~1990年代前半
(私が15歳~25歳ぐらいだった頃)
の音楽を良く聞くのですが、その時代の出来事とか、
付き合っていた友人や彼女のこととかを鮮明に思い出し、懐かしくなります。

BARBEE BOYSの曲が流れてきて、
その歌を、カラオケで良く歌っていた友人のことを思い出したので
彼の事を少し書こうと思います。


■3

私が19歳の時、自宅近くのハンバーガーショップでアルバイトを初めました。
そして、ほぼ同じ時期に、2歳年下のフリーターの子も入ってきました。

彼は岐阜県出身で、高校を中退し、都内の親戚の家に住まわしてもらいながら、
そのハンバーガーショップでバイトを始めたそうです。
その前は、近くの喫茶店で働いていたと言っていました。

年も近かったし、彼はパチンコが好きで、ギャンブル全般も好きだったこともあり、
直ぐに意気投合し、いっしょに麻雀をしたり、
競輪場に行ったり、パチンコ屋へ行くようになりました。

その頃の私の生活は、昼間は大学で授業を受け、授業が終わるとバイトへ行く。
バイトが終わってから、0時~6時頃まで麻雀をして、
そのまま大学に行き、授業中に寝て、また夕方からバイト。
たまにバイトが休みの時や休日は、川崎、花月園の競輪場に行く、
そんな事の繰り返しの日々でした。

博打のためにバイトをするという、ギャンブル三昧の学生生活だったので、
当然のことながら学業はおろそかになり、大学2年の時に留年しそうになり、
泣く泣くバイトを辞めることにしました。

しかし、バイトを辞めてからも彼との交流は続き、
彼の岐阜の家に遊びに行き、彼の両親を交えて4人で麻雀を打ったり、
父親も大の競輪好きだったので、豊橋競輪にみんなで行ったりと、
楽しい思い出が沢山残っています。


■4

彼は当時、五反田に住んでいたので、
良く五反田駅前にあった、今は無き24時間営業の居酒屋「赤のれん」に
2人で飲みに行きました。

1階の入り口で靴を脱いで、下駄箱に靴を入れ、
階段を上がって、だだっ広い2階の大広間の座敷で、
鍋を食べながら、瓶ビールの大瓶を飲みました。
(確か、生ビールは無かったような・・・)
深夜なのに、従業員はみんな年配の女性だった事が印象に残っています。

私が20歳前後、彼が18歳前後、
その頃は、将来の夢とか希望があって、人生すごく楽しかったです。
生きることに必要なものは、何歳になっても「希望」だと思います。

当時の生活は滅茶苦茶でしたが、
親に食べさせてもらっていたし、独り身だったので、
本当の意味で、自由奔放に生きていたと思います。
楽しい時期でした。

赤のれんでは、明け方まで彼と人生について語り合いました。
彼がいつも言っていたのは、
「俺は高校を中退して、中卒だから、普通の人生は歩めない。
 このまま落ちぶれて乞食になるか、起業して一発あてるかのどっちかの人生だ。
 失うものは何も無い」と


■5

私がハンバーショップを辞めてから、半年後ぐらいに彼もバイトを辞めました。
運転免許を取得のため、しばらく実家に帰っていたようです。

その後、再上京した彼は、職を転々としていました。
パチンコ店の店員、芸能人のマネージャー、ネットワークビジネス(いわゆるねずみ講)
他にも何かやっていたかもしれません。
(※ねずみ講は、私も巻き込まれそうになって大変だった。この話も別途じっくり書きたいです)

彼には付き合っていた彼女がいて、彼女と吉祥寺で同棲をはじめた頃から、
お互いの家も遠くなってしまい、少しずつ距離が離れていきました。

私が社会人になった時は、まだ彼との付き合いはあって、
その頃彼は芸能プロダクションを起業して、社長になっていました。

彼は既に結婚していて、子供もおり、渋谷のマンションに住んでいましたが、
家賃は月50万円だと言っていました。

私は入社1年目で給料は額面で20万円そこそこ、
そして、寮費は2万円程だったので、
彼がどこか遠い世界に行ってしまったようで、寂しい気持ちになりました。
金銭感覚も全然違うし、生きている世界がお互い変わってしまったなと。


■6

その後、彼から一緒に仕事をしようという誘いを何度か受けました。
経理をやる人間がいないので、数字が得意な私に来て欲しいと。
そんな話を頂いたのですが、私は断りました。

彼の仕事を手伝えば、今の給料の倍以上は貰えるかもしれない。
しかし、起業して数年しか経っていない会社だったので、将来を考えると不安もありました。
結局、私は安定をとったのだと思います。

前の会社で、鬱になっても10年もの間、会社にしがみついていたのも
そんな下らない安定志向があったからかもしれません。


■7

お互いが社会人になってからは、自由な時間も少なくなり、
家が離れていたこともあって、めっきり会わなく無くなりました。

年賀状を交換する程度の付き合いも、
30歳を過ぎたあたりから途絶えてしまいました。
彼の住んでいた渋谷の家は、引っ越したようです。


彼が今、何をしているのか気になって、
彼の会社のことをネットで検索してみるのですが、情報は全く掴めません。

浮き沈みの激しい芸能関係の仕事だから、
今はもう廃業して、別の仕事をしているかもしれません。



■8

USENから流れてくるBARBEE BOYSの曲を聞くと、
彼と一緒に過ごした20代前半の日々を思い出し、懐かしくなりました。

また、機会があったら、彼との事を書こうと思います。
ねずみ講に巻き込まれそうになった話とか、
花月園競輪で1レースで50万当てた話とか、
岐阜の柳川瀬で飲み明かした話とか・・・


終わり
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category: 友人

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友達に働けってしつこく言われて困った  

毎年1月に大学時代の友人と新年会を開催しています。
今年は大阪に単身赴任している友人の都合もあって、
2月下旬の開催になりました。

そして、友人のうちの一人は
この4月からタイに赴任するとのこと。
一度赴任すると、5年は日本に帰ってこれないと言っていました。

それなりの規模の会社だと、
給料もいいだろうし、安定しているだろうけれど、
あちこち転勤があって大変だなと思いました。

私なんかは、一生トレードルームで生きていくのでしょう。
転勤も無く、自分の気にいった部屋が仕事場というのは
本当に恵まれていると思います。
なにより通勤が無いのが良いです。



それはさておいて本題に。

毎年、大学時代の友人との新年会は、
私を含めて6名でやっているのですが、
今年は新たに2名が加わって8名となりました。

これまでの6人は、私が前職で鬱になって仕事を失い、
妻が働きに出て、専業主夫としてやっている話をしています。
そして、彼らは私の事を暖かく見守ってくれていました。


ところが、今回新たに参加した一人の友人に、
45歳で専業主夫なんてありえない。
お前は働いた方が良いと、何度も言われて参ってしまいました。


働かないって、そんなに悪い事なのかな?
我が家の場合、妻が働いているわけだし、
家族が納得していれば、何の問題も無い筈。

なんで、赤の他人にそんなことを言われ無くてはならないのかと
本当に悲しい気持ちになりました。

私だって、好き好んでこの世界に入った訳ではなく、
鬱になって仕事を失い、何とか自分に生きられる道を探しあてて
暮らしている。

こんな生き方して、他人に認められたいとは思っていない。
ただ、誰にも干渉されずに生きていきたい。
放っておいて欲しいのです。



良い年して働かないって、ダメなことなのかな?
私の場合、妻が働いて、資産もあってそれを切り崩して生活しているので、
親や親戚に頼ること無く、誰にも迷惑をかけていないのに。

45歳という働き盛りの年齢が原因なのだろうか?
15年後、みんなが60歳になって定年を迎え、
同じ境遇になったら時だったら、こんなに責められることは無いと思うけど。



穿った見方だけど、結局妬まれているのかな?と思ったりして、
久し振りに嫌な気分になりました。

友達付き合いって本当に難しい。
こんなことがあると、益々人嫌いになってしまう。
「一人が一番」と改めて思ったよ。

category: 友人

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中学時代の担任の先生の話  

明日の事をサラサラっと書こうと思ったけど、
書いているうちに超大作になってしまいました。

途中の部分は先生の人となりが書いてあるので省いても大丈夫です。
お忙しい方は初めと終わりだけで。
お暇な時に。



中学時代の担任の先生(70歳男性)から
「都内に来る機会がありましたら、一度会いましょう」と昨日メールが来ました。

私は毎日暇なので
「いつでも暇ですので、先生の都合の付く時に」と今日返信をしたら、
明日、2人でランチを食べに行くことになりました。


----------以下、中略可能 下に続く------------

中学時代の担任の先生は、人間味のあるとても良い先生でした。

私の中学校は、当時は結構荒れていて、
学校の校舎の裏で生徒が煙草を吸っていたり、トイレの扉が壊されて無かったり、
1つ上の学年の卒業式にはパトカーが待機していたりと、
一触即発の緊張感のある学校でした。
当時は校内暴力という言葉を良く聞きましたが、今は全く聞かなくなりました。

いわゆる不良と呼ばれるような生徒が学年に10人位いて、
多くの先生たちは、彼らを恐れて悪事に対しても見て見ぬふりをしたり、
一部の男性教師が、力で押さえつけるような指導を行っていました。

しかし、私の担任の先生は、そんな不良たちに対しても対等に付き合っていて、
彼らからも一目置かれるような先生でした。
おそらく、不良たちの話にちゃんと耳を傾けていたのだと思います。

だからといって、不良たちに迎合するようなことは無く、
ニヤニヤと彼らに近づいては、さりげなくポケットを触り、
煙草を持っていないかのチェックをやっていました。


出来の良い生徒、普通の生徒、荒くれている生徒を
別け隔てること無く接してくれたので、
卒業後も先生を慕い、親交を続けている生徒が数多くいるようです。

しかし、私と先生との卒業後の付き合いは全く無く、
中学を卒業後に会ったのは、
15年程前に行われたクラス会と、10年程前の友人の結婚式の2度しか記憶がありません。

そして、その2度とも、先生と会話を殆ど交わさなかったと思います。
別に先生の事を嫌いだった訳ではないのですが、
特に話すことも無かったし、話たいとも思わなかったし、
そもそも先生は人気者で、いつも周りに沢山の人がおり、
私が話す機会はありませんでした。


ところが、昨年の3月に、中学時代の同級生とクラス会の話になって、
その同級生が先生との親交が深かったこともあり、
そんな縁から先生と再び会う事となりました。


クラス会の幹事をやっていたこともあり、
電話やメールが良く来るようになりました。

------------以下、本文に戻る------------

先生はとても話が好きです。
大体、午前の10時頃に電話が掛かってることが多いのですが、
平気で1時間位話に付き合わされます。
トレードが忙しくても無碍にできず、電話を切ることができません。

5分や10分で済まないことが分かってきたので、
最近は、忙しい時には電話に出ないようにしています。


話の内容は、他愛も無い日常会話です。
先生の趣味は無線です。私は無線はやりません。
あと、料理教室に通っています。
そこのメンバーの話を良く聞きます。
車も好きです。
昔住んでいた海外の話も良く聞きます。
それと中学時代の生徒の話です。
私の同級生の話もしませすが、これまで受け持った生徒の卒業後の話。
例えば、海外で活躍している人とか、起業して社長やっている人とか、
事件を起こして刑務所に服役中の人とか。
こんな雑談を永延としています。


前回は去年の11月頃にもう一人の同級生と会ったのですが、
11時前に会って17時前に解散するまでの約6時間の間、
先生が一人でずっとしゃべっていました。

まあ、こっちは何も考えず、色々な話を聞いているだけなので
楽と言えば楽なのですが。


先生は70歳です。
学校を定年退職して10年経ち、今は無職で、奥さんは働いているようなので、
日中は暇を持て余しているのかなと・・・
だから、無職で暇な(と思われている)私は、打ってつけの話し相手なのかもしれません。


ちなみに先生には、私が鬱で4年前に退職している話はしています。
今は妻が働きに出ていて生計を立てており、
私は専業主夫をやりつつ、暇潰しにトレードで小遣い稼ぎをしている
と言ってあるので、ザラ場中でも平気で長電話を掛けてきます。


ということで、明日の前場の寄りだけ見て、10時頃から外出します。
後場は完全にお休みです。

category: 友人

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高校時代の同級生の話  

一昨年に高校時代の同窓会があって、
その時に知ったのですが、
高校時代、同じクラスだった同級生が、
上場企業の社長をやっていたみたいです。
今は会長なんですけど。


上場企業の社長といっても、叩き上げで社長になったのでは無くて、
同族会社なので、そのまま引き継いだ形です。

経歴を見たら、大学卒業後、大手都銀に入行して、
父親が経営している企業に戻って、
営業などの実務に就いた後に、副社長、社長、会長といった感じのようです。



高校時代の彼の印象は、比較的大人しくて、
サッカー部に入っていて、スポーツマンといった感じでした。

勉強はできる方ではなくて、話していても頭が切れるとは思わなかったかな。
だから尚更、なぜ社長?そんなことできるの?
と、当人には大変失礼ではありますが、思ってしまいました。

鬱になって失職し、今は無職ひきこもりである同級生の私に、
そんな事、言われたくないと思いますが・・・
ゴメンなさい。


彼はあまり威張ることも無く、身なりも派手ではありませんでした。
だから、彼の家がそんな家だとは思いませんでした。




何で突然、こんな事を書いたかというと、
EDINETを見ていたら、彼が持ち株を売りに出しているみたいで、
計算したら何億も入って来るようです。

上場企業って開示義務があるから、
彼の事を知っている、同級生とか、知人とか、会社の人とかに、
そういった懐具合を知られてしまうのって、何だか可哀想だなと。


その会社のここ何年かの業績を調べて見たけれど、
ずっと芳しくなくて、彼も相当苦労していたはずです。

あんまりガツガツした人ではなかったし、
声も大きな方では無く、比較的大人しい人だったので、
社長業は大変だったのではないかなと、他人事ながら思ってしまいました。



経営権も手放す様なので、会長職も辞めるだろうし、
創業者利得で得たお金で、新しい事業でも起こすのかもしれないけど、
これからの人生、好きな事をやったら彼も幸せなんじゃないかなと、
ふと思いました。


上場企業の社長を父親から引き継ぐのって、人によっては羨ましく思うかもしれないけど、
そのプレッシャーは計り知れないものだと思います。


無職ひきこもりトレーダーの私はお気楽ですよ。
少なくとも私の家族以外、他人の人生は引き受けていないので。

category: 友人

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結婚と離婚について ~コメントの返信を兼ねて~  

ともさん、コメントありがとうございます。

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結婚て何なのか考えさせられますね。
私も離婚を経験しており、離婚のストレス、仕事のストレスが重なって
鬱になって休職した事があります。
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結婚とは何かって、難しいですね。
結婚の一番の目的は、種の保存という動機で、
人間の本能的な部分なのでしょうが、それはここでは置いておくとして・・・

結婚とは、好きな人と一緒に居たいという気持ちがあって入籍して、
結婚生活とは、お互いが一緒に生活していく上で、経済的、精神的に
補完しあう関係が続いている状態の事を言うのかな。
この関係が壊れて、修復不可能になると離婚となります。

離婚の原因は、経済的な問題、不貞を働いたなど異性関係の問題、
価値観の相違、DVなどの暴力、嫁姑問題など親戚間の関係などですか?


そうならないように、結婚する前の付き合いの段階で、
相手をちゃんと見極めて、と言う人が多いのですが、

自分自身を鑑みてみると、結婚前に妻とは4年間付き合いましたが、
妻の考えや価値感について、結婚してから初めて知ったという事の方が多かったと思います。
そもそも付き合っているうちは、自分の都合の悪い部分はお互い隠しますから。

だから結婚後に、相手の価値感(考え)と、自分の価値観を融合させる作業が必要になるのですが、
これが辛い。
自分が正しいと思っていたことを否定されたりしますから。



夫婦関係を長く維持しようと思ったら、
お互いが、相手を理解しようという気持ちを持っていないとダメですし、
そうする為には、会話することが重要だと思います。
お互いという所が凄く大切で、片方だけだと破綻します。


会社員時代は、仕事が忙しくて夫婦の会話なんて殆どありませんでした。
でも無職になってからは、暇なので、忙しい妻を捕まえて2人で雑談をすることが多くなったせいか、
以前よりも夫婦関係は良くなったような気がします。


そもそも、自分の心に余裕やゆとりが無いと
相手の話を聞いたり、相手の考えを受け入れる事って難しいです。
仕事でストレスフルな毎日を送っていたら、上手くいっていなかったような気もします。

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I子さんの元旦那様はリストラされたのか、
自主的に仕事を辞めたのか個人的に気になりますね。
もし、機会があったら聞いてみてください。
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明日、会う予定ですので聞いてみます。
先生と彼女と3人で、東京駅近くでランチです。
お酒は飲まない予定。

category: 友人

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夫婦関係と親子関係について ~コメントの返信を兼ねて~  

restartさん、コメントありがとうございます。

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最近わたしの身の周りでも
「旦那が失業等で収入が無くなった」時に奥さんやお子さんから極めて
ドライに容赦なく切り捨てられる事がとても多くなっていると思います。
まあ以前からそうだったのかもしれませんが、男など所詮ただの金づるなのか。。。。。
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まあ、そうでしょうね。
男などは、ただの金づるなのかもしれません。

そして、今の時代は女性でも働ける場所が沢山あります。
昔は女性の働ける仕事は限られていので、シングルで生きていくにはそれなりの覚悟が必要でしたが、
今はダメな旦那がいなくても、苦しいかもしれませんが生きていは行けます。
離婚に対して、世間も寛容になってきたので、実家に出戻りという話も良く聞きます。

だから、現代の旦那は、稼ぎが無くなって、家事もできなくて、
家庭内での地位(価値)を失ったら、容赦無く損切りでしょうね。

そういう時代なのかもしれません。


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家族、、、っていうものにすら気を許せない時代になったのでしょうか。
例えば自分の子供を見て、「この子はあまり自分になついていないから、
戦略的に考えて、この子には大学の学費など出さないで良いか」
等の思考をすることも必要になってきているのかも。。。
いや、ただのひねくれた私見です(苦笑)
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夫婦関係を考えると、
夫婦になるために結婚するのはお互いの意思ですし、離婚するのもお互いの意思です。
比較的対等な関係にあります。
そして、夫婦関係の解消は比較的簡単です。

一方、親子関係を考えると、
子供は親を選べません。
何の選択権も無いまま、両親の元に生まれて来るのです。
親か子供が欲しいと思って作ったのに対して、
子供は自分の意思とは無関係に生まれて来るのです。
親子間は対等な関係ではないですし、その関係の解消は難しいです。

そう考えると、夫婦関係は戦略的であっても良いとは思いますが、
親子関係は戦略的であるべきでは無い思います。

category: 友人

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今日は同窓会だけど・・・ その3  

その1、その2からの続きです。


今回の同窓会には欠席しますと、先生に言ったら、
お前が欠席する必要は無いと言われました。
しかし、私はどうしても同窓会に出席したい訳ではなかったので、
そのことについては気にしていません。



私が一番気になったのは、
何で私が殆ど付き合いの無いAに絡まれなくてはならないのかです。

だって、私が無職で働いていなくても、Aには迷惑は全くかかっていないはずです。
親ならば心配になって、小言の一つや二つは言うかもしれません。
しかし、彼は赤の他人です。

私は私なりに、無職でも他人に金を無心するでも無く生きているのです。
放っておいて欲しいです。
だれにも迷惑を掛けず、ひっそりと生きていきたいだけです。

もしかしたら、「無職」であり、働かないで生活していることを、
彼は妬んでいるのかもしれません。



彼が絡んでくるのは、ずっと昔からの事です。

45歳にもなって、まだ他人の人生に説教を垂れるような人のままなのだと。
初めは、彼に対して怒りを覚えましたが、今ある感情は憐みです。
かわいそうな人だと思います。

おそらく、彼自身も人生が苦しいのだと思います。
良い人生を送ているなら、他人のことに構っている暇はありません。



若い頃であれば、色々な人と付き合って行こうと思っていたでしょう。
Aに対しても、きちんと向き合っていたかもしれせん。
しかし、45歳になった今の友人付き合いのスタンスは、
「自分とは合わない人間は避ける」です。


仮に、Aに今回の事を怒ったとしても
彼には分からないでしょう。

Aに理解してもらおうとか、自分の考えを話そうとか、
そんなことをしても、自分の利益には全くなりません。
むしろ、Aの気分をさらに害するかもしれません。

そんな無駄なことはしたくありません。
そもそも、彼に改心させるのは私の仕事ではありません。



生きている時間は限られています。
そんな時間を、彼に使う価値は全くありません。

もう、彼とは一生会うつもりはなくなったので、
それはそれで良いことです。



私は自分にとって価値のある人としか付き合いません。

一緒にいて楽しいとか、私の話(愚痴や悩み)を聞いてくれるとか、
自分の興味のある事を話をしてくれるとか、
自分のこれからの人生に有意義なアドバイスをしてくれるとか、
Aのように、自分にとって害のある人間に構っている時間はないです。



おわり



今回のブログ、私の個人的な恨みを晴らすための
醜いブログになってしまいました。

私も生きていて嫌な思いも結構しているので、
自分のブログで、思いを吐き出すことでストレスを発散しています。

category: 友人

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今日は同窓会だけど・・・ その2  

その1からの続きです。


そして、今回私が同窓会の幹事をすることになり、
Aにも案内状を出したところ、私に直接電話がかかってきました。

彼は電話で「クラス会は欠席する」と言ってきました。
私は彼と一緒に飲みたく無かったので渡りに船です。
「じゃあまたの機会に」といって電話を切ろうとすると、

「お前はそれで良いのかよ」と電話口で急に怒り始めました。

私はびっくりしました。
彼とはもう6年以上会っていなので、何の事だかさっぱり分かりませんでした。
もしかしたら、Bから私が無職になって、
未だに仕事をしていないことが伝わっていたのかもしれません。



それでも、私の状況も知らないような赤の他人に、一方的に自分の生き方を非難されて、
あまりにも失礼な態度なのでこちらも頭に血が上り反論しようと思いましたが、
思い留まって黙っていると、

「お前にはまだ言いたいことが沢山ある」
「(同窓会に参加する予定の)Bに言いたいことを言っておくから聞いておけ」
と言われて、一方的に電話を切られました。



私としては、クラス会の幹事をしているだけで、
Aには出席かどうかの確認をしたいだけだったのに、
私の生き方に勝手に踏み込んできて、説教までされる。
久し振りに嫌な気持ちになりました。

訳もなく、この日は1日落ち込みました。



Bからは、Aは酒癖は良くなってきた、と聞いたけれど
説教癖は相変わらず。

それでも、彼が同窓会に来ないのだから
この出来事は忘れようと思っていました。

しかし、その数日後も、彼から何度か電話が掛かってきて、
もうAの説教なんか聞きたくはないので電話の着信を無視していました。
すると、電話が繋がら無い事に観念したようで、
こんなメールが送られてきました。

----- Original Message -----
残念でしたよ。あなたには会わない。
クラス会は行こうと思うので、Bと連絡とってやって行こうと思います。
iPhoneから送信



私、Aに会って欲しいとお願いしたことは一度も無いのに

>あなたには会わない。

これまで散々、クラス会なんかやる意味が無いと行ってきて扱き下ろしてきて、
先日、クラス会には参加しないと言っていたにも拘わらず

>クラス会は行こうと思う。

クラス会の幹事は私なのに

>Bと連絡とってやって行こうと思います。


なんか、言っていることが滅茶苦茶です。
昔はそれなりにAとは仲が良かったのですが、
彼の酒癖が悪さに嫌気が差して、
私が一方的に避けていたことを逆恨みされているのかもしれません。



まあ、こんなことがあって、
当日Aと顔を合わせたら、また嫌な気持ちになるだろうし、
そこで揉めることにでもなれば、周りの人達の気分を害するだろうと思って、
幹事でありながら、当日は欠席することにしました。

先生に事情を説明して、
他の同級生に当日の会計などの仕事をお願いして、
私は今家にいます。



今日は自宅で飲みました。
角ハイボール1杯、宝焼酎ハイボール1杯、缶酎ハイレモン


まだまだ続きますが、急に眠くなってきたので
また明日。


今回のネタは私の個人的な愚痴です。
後ろ向きな話で申し訳ないです。

category: 友人

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今日は同窓会だけど・・・ その1  

今日は17時から中学時代の同窓会です。
私が幹事を引き受けましたが、私は今家にいます。
出席はしません。



今年の3月末、中学時代の担任の先生と、同級生2人と
ファミリーレストラン会いました。

その時に、先生も70歳になったので、同窓会をやりたいねという話になりました。
そして、私はみんなに良い所を見せようと調子に乗って
「無職で暇なんで、クラス会の幹事やります」と安易に幹事を引き受けてしまいました。



その後、幹事は自分には向かないなと後悔しつつも、
一度引き受けてしまった事なので、みんなの住所を調べたり、メールで連絡を取ったり、
ハガキを出したりといっ面倒な作業に明け暮れていました。
結局、15名程の人と連絡がとれました。




そのうちの一人が、ハガキを出してしばらくした後、
私の携帯に直接電話を掛けてきました。
学生時代は仲の良かったAからでした。


Aとは中学を卒業後もとても仲が良かったです。
そして、もう一人Bという友人がいて、
3人で運送屋のバイトをしたり、飲みに行ったり、人生を語ったり。
1~2週間に1回ぐらいは飲んでいたと思います。


Aは高校に進学後、専門学校を卒業して、映画制作会社に就職しました。
小学生の頃から映画が好きだったので、彼の夢がかなったのしょう。
そして、カメラマンの仕事を始めました。


彼が就職して2~3年経った頃から、
なんだかAの様子がおかしくなりました。

普段はいつもと変わらないAなのですが、
お酒が入ると別人になってしまいます。

とても横柄な人間に豹変します。
人に説教したり、物に当たったり、通行人に絡んだり。

一緒に飲んでいても全然楽しく無くなりました。
そして、周りの人にも迷惑をかけるので、彼とは徐々に距離を置き始めました。

最後に会ったのは、サッカーのワールドカップをやっていた頃なので
2010年の6~7月ぐらいだったと思います。


その後も、Bを介して、また3人で飲みに行こうと誘われていたのですが、
BにはAの酒癖の悪さを理由に、飲みに行くのを断っていました。

聞くところによると、心の優しいBは、その後もずっとAと付き合っているようです。
酒癖も、以前よりは良くなったと教えてくれました。

その2につづく

これから私が夕飯の準備をするので
つづきは23時頃予定です。

category: 友人

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コメントへの返信  

ともさんへのコメントの返信です。


>考えさせられる言葉ですね。私も30半ば位から心の中では感じていましたが、
>気がつかないようにしていたように思います。


「我々を突き動かすものは何か?」

私は、人間の行動の原動力は欲だと思います。
お金を沢山稼いで、良い暮らしをしたいとか、

欲が原動力になって、
今まで会社員として働いてきたし、今はトレードをしています。

ただ、こういった欲が強すぎると、
自由を失うことになります。

地位やお金に縛られた生活は、
結構苦しいと感じます。
欲(欲求、欲望)と自由は相反するものです。



>今40を過ぎて、会社を辞めようか毎日悩んでいます。
>こうして悩んでるうちに今年も一年が終わってしまう季節になりましたが。。。

自らの意思で仕事を辞めるのは難しい事だと思います。

私の場合、入社2年目でストレス性の十二指腸潰瘍を患って1ヶ月休職したのですが、
その時からずっと、仕事が合わず辞めたいと思っていました。

しかし、当時は辞められなかった。

どこに行っても同じだと思っていたし、
(実際は違ったかもしれない)
会社員とはこういうものだと、諦めの境地が半分あったように思います。

自分の限界も分からなかったので、
どこまで頑張れば良いのかも分からなかった。

入社2年目で辞めることに、罪悪感があったようにも思います。


結局16年間働いて、最後は鬱になって体がどうにも動かなくなって、
休職した後に退職しました。
自らの意思で辞めたというか、半ば強制的に会社員生活が終わってしまった感じです。



先の後輩も、50代で亡くなった父親を見て、
何か感ずるところがあったのでしょう。



仕事を辞めるということは、大きな外圧なり、出来事がないと難しいです。
「どうしても、○○がやりたい」といった
前向きな理由がある場合は違うかもしれませんが。



40歳を過ぎると、それなりの条件で雇ってくれる会社も減ってくるでしょうし、
続けられるのであれば、続けた方が良いように思えます。

正直、今の私の(トレーダーという)立ち位置は、
先の事を考えると不安だらけです。
まあ、どんなことやっていても、将来は不安に感ずるのでしょうけど。


だからこそ刹那的ですが、今を楽しむしかないんですよね。
先の事を考えても仕方ないと開き直って。

category: 友人

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我々を突き動かすものは何か?  

「我々を突き動かすものは何か?」
会社員時代、後輩が良く仕事中に呟いていた言葉です。

今日は会社員時代の後輩の話を書きます。


■(1)

私が30代半ばの頃、同じ部署に新入社員が入ってきました。

彼は、有名国立大学の大学院出身で、
とても頭の良い若者でした。

彼は哲学が好きだのでしょうか?
会話の中で良く
「我々を突き動かすものは何か?」
ということを言っていました。

その時は、何も感ずるものがありませんでしたが、
無職になってから、十年ほど前に彼が呟いていた言葉が時々脳裏に浮かびます。



■(2)

その彼、有名国立大学の大学院を出ていただけあって、
頭はとても良かったのです。
しかし、上司とは良く衝突していました。

直属の上司の課長と衝突して、
仲裁に入った、部門長の部長と更に衝突して。

同僚とは比較的仲が良かったと思います。
上から指示されることを嫌っていたのかもしれません。

会社員は、頭が良いだけではではダメなんだなと思いました。
もちろん、人当たりが良いだけでもいけません。

仕事もできて、人間的にも魅力がある。
そいう人が上に上がって行くのでしょう。
総合力が求められるのです。


■(3)

その彼は、仕事も好きじゃなかったように思います。
いつも悩んでいるように見えました。
そして、上司との衝突を繰り返す。

入社して3~4年経った頃でしょうか、
精神科に掛かります。

当時は、私も精神科に掛かっていたので、
彼とは良く、どんな薬を飲んでいるか、どんな薬が効くか、といった
精神薬談義に花を咲かせていました。

同じ精神科に掛かっていたこともあって、
先生の話とか、待合室で見かけた患者さんの話とか・・・


そして、彼は仕事に行き詰まり、休職することになります。



■(4)

彼は半年ほど休職しました。
そして、復職してからの彼は別人のようでした。

入社してからは、いつも遅くまで残って仕事をしていたのですが、
復職後は、人目もはばからず、さっさと定時で帰宅するようになりました。
あれ?どうしちゃったの?と、みんなびっくりしていました。

仕事に楽しみや生きがいを求めない。
お金の為だけに働くと、割り切っているようにも見えました。



■(5)

そんな生活が1年程続いた頃でしょうか。
ある日突然、彼のお父様が亡くなります。
膵臓がんだったようです。

彼のお父様は、上場企業にお勤めで、
役員になることが内定していたと言っていました。

一生懸命働いて、人生を会社に捧げても、
亡くなってしまえば、それで終わりです。

彼はヘビースモーカーで、1日2箱ぐらいタバコを吸っていましたが、
それをスパッと止めて、お酒も止めて、
どうしてだろう?と当時は不思議に思っていました。

あとから気が付いたのですが、
煙草もお酒も、膵臓がんの危険因子だったのです。
彼はまだ、自分の人生を楽しみたかったのでしょう。



■(6)

それからしばらくして、彼は仕事を辞めました。
私のように、鬱になって仕事に行けなくなって辞めたのでは無く、
とても元気だったけど、新しい事を始めたいといって辞めました。

当時、彼は30歳前後だったと思いますが、
お金の為だけに、ただただ会社に通うことに虚しさを感じていたのでしょう。

それに、50代で亡くなったお父様を目の当たりにして、、
生きているうちに、人生を楽しまなくてはならないと思ったのでしょう。


仕事を辞めることになって、彼の送別会をしました。
送別会では、次の仕事は決まっていないと言っていました。
しばらくは無職になって、この先の人生のことをゆっくりと考えると。



■(7)

その後、風の噂で、彼は出版社に勤めていると聞きました。
本が好きな若者だったので、彼には合っていたと思います。

彼が、今どこで何をしているかは分かりません。

彼が時々呟いていた
「我々を突き動かすものは何か?」
という言葉を、時々懐かしく思い出します。


おわり

category: 友人

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人付き合いについて  

■クラス会の幹事を引き受けて後悔

今年の3月末に、中学時代の担任の先生と会った時に、
懐かしさの勢いで、
「無職で暇なんで、クラス会の幹事やります」なんて軽口を叩いてしまい、
今、大変なことになっています。


今月はじめに先生と会って、11月初旬に開催が決定して、
私一人で会場を探したり、クラスのメンバーに連絡をしたり、
とても大変です。


担任の先生は、
「クラス会は毎年やろう」
「君に、来年も是非幹事をお願いしたい」
と囃し立ててきますが、
今年限りで幹事はお断りしよう思います。

最も、クラス会すらも、当分参加しなくても良いかなと思っています。
クラス会なんで、たまにやるから面白いのです。



■大勢の人と会うのは苦手

これは、仕事を辞めて、無職になってから分かったことなのですが、
私は人付き合いが苦手です。

ただ、全く苦手という事は無くて、
1対1の付き合いだとか、1対2ぐらいまでの付き合いだと
なんとかなるような感じです。


ダメなのが、大勢の人と接しなくてはならない時です。
学生時代の、クラスや班単位での団体行動とか、
会社員時代の、プロジェクトなど他部署と一緒に仕事をする時とか、
かなりきつかった印象があります。


なんというか、
大勢の人達の中にいると、自分が埋もれてしまうというか、
主張したいことを、主張できないというか、
とても居心地が悪いです。

大勢の人達の輪の中に入っても溶け込めない。
だからといって、一人でぽつんとしているのは、バツが悪いというか気恥ずかしい。
だから、大勢の人の集まりは苦手です。

トレーダーは一人で完結できる仕事なので
正にうってつけです。


は~
なんで、クラス会の幹事なんて引き受けたのだろう。
大後悔です。



■1対1の付き合いの良さ

基本、私は人嫌いなのですが、
(正しくは、人の集団の中に入って、付き合いを継続していく事が苦手)
1対1で人と話をするのは大好きです。

その人が何をどう考えているのか?興味があります。
世の中には色々な人がいて、色々な考えを持っている。
自分の気付いていない(知らない)ことを知りたい。

本を読むのと同じような感覚で
人と会っているような気がします。



例えばですが、1対1で会う人が

 【無職なの人なら】
  ・無職生活についてどう考えているのか?
  ・1日の生活の仕方
  ・無職で楽しいと思うこと、辛いと思うこと
  ・無職になってからの、まわりの人の反応は。
  ・今後の目標や、希望について。

 【トレーダーなら】
  ・どういった銘柄を売買しているのか
  (ここから、おおまかな手法は推測できます)
  ・大儲けした時の話、大損した時の話
  ・トレーダーをしていて、周囲の人の反応は
  ・トレーダーで辛い事、楽しいこと
  ・お金を何に使っているのか?
  ・死ぬまでトレードを続けるつもりなのか?
  ・トレードをしている時以外は何をしているのか?
  ・トレードは好きか? 辞めたいと思った事はないのか?

 【会社員なら】
  ・仕事の大変な事、楽しいと思う事は何か?
  ・仕事のやりがいとは?
  ・1日どのくらい働いているのか?
  ・仕事を辞めたら何がしたのか?
  ・転職は考えたことがあるか?
  ・転職しているのなら、どんな仕事(会社)が楽しかったか

といったような事を聞いてみたいです。
もちろん、私自身思っていること、考えていることも交えてです。

基本的には、プライベートの事には踏み込まないように注意していますが
それでも、お酒を飲んで酔ってくると、興味から聞いてしまったりします。


とにかく、1対1であれば、
自分の事もゆっくり話せるし、相手の話も聞けるし、相手に随時質問もできるし、
話に割って来るような第三者もいない訳ですから、
私にとっては、とても話しやすいのです。



一方で、大勢の人との会話だと、
上っ面だけの世間話しかできません。

また、沢山の人の前では、みんな自分の弱みなど出せるはずも無く
見栄を張るような自慢話ばかりになってしまいます。

だから、1対1で会った方が、本音で色々な話ができて
有意義だと思うのですが・・・



は~
クラス会の幹事、憂鬱だわ。

category: 友人

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友人のこと  

この秋に、中学時代のクラス会があり、
その幹事を私が引き受けることになりました。

その打ち合わせのため
週末、中学時代の同級生と会って来ました。



その飲み会で、久し振りに嫌な思いをしたので
もう、彼らと付き合うのはやめようと思いました。
(といっても嫌だったのはそのうちの一人ですが)

彼は私と二人で飲むときは、そんなに悪い印象はないのですが、
大人数になると大抵ダメです。
調子に乗り過ぎるのですかね。


秋のクラス会の幹事もやめたいですが、
先生も楽しみにしていて、一度引き受けた事なので
そこは責任を持ってやろうと思います。



私が嫌いな人間は
・嘘を付く
・横柄な態度を取る(店の店員や、友人に対して)
・お金にルーズ、お金をたかる
・人や物に暴力を振るう
・人の悪口ばかり言う

こうったことが原因で、疎遠になった友人は
パッと思い浮かべると3名

その3人とも、そこそこ深い仲の友人でした。
深く付き合うと、甘えもあったりして、その人の本質が出てくるのかもしれません。
その3名とも、その後の付き合いは全く無くなりました。



無職なってからは、人付き合いが殆ど無くなり、
友人の存在は貴重ですが、
嫌な思いをしてまで人と付き合う気持ちは毛頭ありません。

良く、飲みに誘って来る友人だったので、
むしろ煩わしさが無くなって良かったなと思います。


あとは、秋にクラス会をやったら
スッパリと縁を切ろう。

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急性骨髄性白血病  

大学時代、仲のいい友達がいました。

学生時代は2人で渋谷に良く飲みに行って、色々な話をしたり、
一緒に旅行に行ったりしていましたが、
卒業後は会う機会がめっきりと少なくなりました。


お互い仕事も忙しかったですし、
彼も結婚しているのですが、奥さんが病気を患っていたこともあり、
家を空けることができなかったからです。
それでも、3年に1度ぐらいは会っていたと思います。


そんな彼と最後に会ったのは、
2年前の1月、都下にあるサイゼリヤで
午後に3時間程会ってお茶を飲みました。


その頃の私は、鬱で精神病院から退院して3ヶ月が経過し、
ハローワークで仕事を探し初めていたのですが、
連戦連敗で失意のどん底に落ちていました。

また、抗精神薬のジプレキサを、医師の反対を押し切り断薬し、
断薬7日目で、離脱作用による強烈な吐き気に苦悶する日々を送っていました。

サイゼリヤではドリンクバーを注文したものの
アイスティーを2杯飲んだだけで胃の調子が悪くなり、
直ぐにでも体を横にしたい気分。
早く家に帰りたくて、話も上の空だったと思います。

仕事も順調で、健康体な彼を羨ましく思いました。




そんな彼から、その年の12月に、突然メールが届きました。
私と会った翌月の2月に、急性骨髄性白血病と診断され
会社を休職して闘病生活を送っていると。

その後もたまにメールが届くのですが、
器質化肺炎を患って再入院したとか、
薬の副作用で大腿骨頭壊死になり、痛みが酷いとか、
聞いているだけで、こちらがうんざりするような内容ばかりでした。

しかし、そんな話とは裏腹に、文面には悲壮感は無く、
常に前向きで社会復帰に向けて頑張っている様子が伝わってきました。



その彼から、今日またメールが届いて、
この4月から復職したとの連絡がありました。


まだ、薬の副作用からくる感染症や骨折のリスクがあるようで
時短勤務のようですが、とりあえず社会復帰できて良かったと思いました。
家族もいることですし。
7月末までに復帰できなかったら、退職することになっていたようです。



もうしばらくして、彼の体力が回復したら、また会いたいなと思っていますが、
もう、昔のように大酒は飲めないかもしれません。

category: 友人

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友人との付き合いについて  

昨日は中学時代の友人と飲んできました。

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会社員をしている友人2人も休みだったので、昼の15時から乾杯

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刺身盛り、美味しかったです。



3月~4月にかけて、学生時代の友人と会う機会が多かったです。
私も誘われれば無職で暇なので、ホイホイと顔を出してしまうのですが、
ちょっと、そうい場に参加するのは控えようかなと思います。



同じ投資家さんと会って飲むのはとても好きです。
彼らの投資哲学を聞いたり、投資のヒントを貰ったり、相場観を聞いたり
私としては身になることが多いと思っています。

また、学生時代の友人には、投資の話はできませんが、
投資家同士であれば、思う存分そういった話もできますし、
投資家ならでわの悩みも聞いて貰えます。



一方で、学生時代の友人との会話は、
昔のバカ話だったり、今の私生活の愚痴だったり、
結構、毎回同じような内容の会話で、
楽しいといえば、楽しいのですが、あまり身にならない話ばかりで、
参加する意義が感じられなくなりました。



こんな飲み会に参加するぐらいなら、
一人、場末の酒場へ行って
この先の自分の生き方や人生について
下町の濃い焼酎を飲みながら、
(キンミヤのストレート梅割りをチビチビとか最高です)
思いを巡らせる方が余程有意義だと思いました。



無職や専業投資家という立場は、
社会との繋がりが無くとても孤独です。

だからこそ、生身の人間と会って会話を交わしたい。
社会に出ている人の話を聞いたり、自分の話をしたい。
そういった理由で、飲み会に参加していたのだと思います。



しかし、ここらで方針を転換して、
学生時代の友人と飲みに行くのは暫くやめて
飲みに行くのは一人で行こうと思います。
(投資家関連の友人や、普段会えない遠くに住んでいる友人などは除く)

また、人恋しくなったら、そういった友人と飲みに行けば良いと思うけど、
もうその時は誘われないかもしれません。
しかし、そうなった時には、その人とはそれまでの関係だったのだと
諦めるしかありません。

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大学時代に知り合った女の子の話 その2  

その1 からのつづき


彼女は女子大を卒業後、マスコミ関係の会社に就職しました。
私は大学院に進学しました。

卒業した春に、一度だけ彼女に会った記憶があります。
神保町の喫茶店で、彼女の仕事の合間に、2人でランチをしたと思いますが、
彼女は仕事がとても忙しいと言っていて、昼食を食べると直ぐに仕事に戻って行き、
何となく寂しい思いをしたことを覚えています。

私はまだ学生だったのですが、社会人って大変なんだなと。
まあ、実際に大変で、酷い思いをしたのですけど。



その後は、幾度となく電話で話をしたりと、友人関係は続きましたが、
彼女の忙しさもあってか、次第に連絡が疎遠になり、
毎年交換していた年賀状もそのうち届かなくなり、
彼女との付き合いは無くなってしまいました。
昔は今と違って、メールやラインなどは無かったですから。



そんな彼女から、今朝、フェイスブックに友達申請があって、
20年振りぐらいに元気にしていることが分かりました。



私は個人的にフェイスブックが嫌いなので、
自分からは一切投稿しないし、
必要に迫られた時以外(クラス会の連絡とか)はログインしません。

  理由はこちら参照
  幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき、デンマーク調査

ただ今回のように、連絡先が分からず、疎遠になった人と再会できるツールとして、
フェイスブックは良いかなと思いました。
そうは言っても、昔の友人が、今何をしているかなんて、
私には関係無く、知る必要も無いことなんですけど。


でも、学生時代を思い出し懐かしくなりました。
今も毎日楽しいけど、当時も楽しかったなと。
辛かったのは、会社員時代の16年間だけ。
あの精神薬漬けの、地獄のような日々だけは思い出したくないです。

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大学時代に知り合った女の子の話 その1  

金、土、日と週末にかけての3日間
念願のひきこもり生活に戻ることができました。

出掛けたのは、スーパーに買い物に行ったのと
牛丼屋へ豚丼を食べに行っただけで、
あとは家でじっとしていました。
昼寝もできたし、最高の週末でした。




前も書いたと思うのですが、
高校時代は全く冴えない学生生活を送っていました。

受験勉強のための予備校通い
麻雀を打つための雀荘通い
馬券を買うためのウインズ&大井競馬場通い
受験勉強と博打に明け暮れ、女っ気は全くありませんでした。



そんな私も、大学に入ったら好きな人を作ろうと思い
英会話部に入りました。

英会話部は他大学との交流もあると聞いていたし、
色々な人と知りあえそうな気がしました。
ちなみに、私は運動音痴なので、テニスサークルなど運動系は
選択肢にありませんでした。



大学1年生の春に、女子大に通う女の子と仲良くなって、
良く遊ぶようになりました。

その子の通う女子大は、私の大学よりも偏差値が高くて、
英語も彼女の方が全然話せて、
ちょっと気後れしていまうぐらいだったけど、
彼女は明るくて、優しい子だったので、とても付き合いやすかったです。

ただ、恋愛の対象には全くならなくて、
それは彼女が私に対してもだけど、
対等な関係で、大学時代の4年間は過ぎて行きました。



彼女は静岡出身だったので、夏休みに静岡に遊びに行ったり、
女子寮に住んでいたので、寮祭に遊びに行ったり、
高校時代は全く女ッ気が無かったので、
お互い恋愛感情は無くても、それはそれで楽しかったです。

その間、お互い付き合っていた人もいたりしてので、
やはりずっと友達のままでした。


その2 に続く

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大学時代の友人と新年会  

昨日は大学時代の友人と
少し遅い新年会をやってきました。


いつも集まるのは同じメンバーで、
私を含めて6人です。

ただ、IT企業のプロジェクトリーダーをやっている友人は
仕事のため、2年連続のドタキャンとなりました。
急な出張が入ったららしく、大変なようです。

私なんか、無職生活が4年目に突入して
週5で働くことすら、既に辛い状況になりつつありますから、
休日出勤なんて考えられません。

サラリーマンって、こんなものなんでしょうね。
私も、会社員時代は当たり前と思って
身を粉にして働いていましたから。



私は理系の大学の出身なのですが、
友人のほとんどは、メーカーに勤めていて、
独身の人もいますが、結婚して
普通に生活しているような感じでした。

話をしていても、当たり障りの無いというか、
自分の想像できる範囲の話しかないという感じでした。



中学時代の友人だと、全く事情が違います。

今から30年前、私の通う公立中学は結構荒れていました。
中学校のトイレ(大の方)の扉が壊されていて無いとか、
卒業式にはパトカーが警戒のために学校近くに停まっているとか。

いわゆる不良といわれる同級生がいて、
学校帰りに、普通に煙草を吸っていましたから。

卒業後、不良だった同級生と会って、
仕事の話とかするんですよ。

「今、なにしているの?」と聞いたら、
中学卒業後、塗装業に就いたのだけど
「ペンキ塗りながら、よだれが垂れてきて、仕事にならなくて首になったよ」と。
そいえば、彼は中学時代からシンナーやっていたんだよなと。
今は音信不通ですが、何しているんだろう。



大学時代の友人と比べると、
中学、高校時代の友人は、色々な人がいて楽しいです。
弁護士になった友人もいますし。
歯科医もいる。
医者はいないですね。
トレーダーもいない。
証券会社勤務の友人はいたけど。



トレーダーの友人も、波乱万丈な人生を歩んでいる人が多い。
そして、半部以上は変わり者。
私もその一人なんですけど。

上野の専業さんに、
「トレーダーは変わった人が多い。だから、社会で通用しなくて、トレーダーになるだ」
「お前も俺たちと同類だ」って言われて、
その時は、「え?そうなのかな?」って思ったけど、
あながち、それは間違いでは無いなと、最近になって思うようになりました。
私もかなりの変わり者です。自覚が出てきました。


でも、世間的に普通な生活を送ている大学時代の友人と話しているよりも、
変わり物の巣窟であるトレーダーさんと話している方が、
刺激があって楽しいですね。

だって、自分の想像の付かない様な人生を歩んできているような人達ですから。

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今週1週間  

月曜日 町田で元銀行員さん(トレードは半分お休み中)と飲みに
火曜日 休肝日
水曜日 休肝日
木曜日 上野、板橋で、上野の専業さんと飲みに
金曜日 新宿で、中学時代の同級生(兼業トレーダー)と飲みに

9月頃は、家から出ない日がずっと続いていましたが
これだけ外出していれば、自称ひきこもり返上です。


まあ、この先は全く予定が無いので、
また、暫くは自室にひきこもります。


11月に入っても、相変わらず暇です。
取り引きしたのは2日だけ。
触ったのは郵政銘柄だけ。
やること無いし、いよいよヨガ教室に通おうかな。



今日は新宿で中学時代の同級生と飲んできました。
彼は商社に勤めています。
仕事の傍ら、トレードもしています。
学生時代の友人で、唯一のトレード仲間です。

彼は18:30まで仕事があったので
19時から飲みました。


新宿の串焼き屋で3時間程株談義。
7月以降、思うように利益が上がらなくなったと嘆いていたら、
来年は、新しい事(もちろん株で)をしなくてはダメだと
叱咤激励されました。
でも、なんか面倒です。


それよりも、
来年こそは、堅気の仕事を見つけた方が良いのかなと
ぼんやりと思ったりしています。


何となくですが、
この先、株では稼げないような気がします。
何となくなんですけどね。



その串焼き屋には3時間滞在して、
生ビール2杯と、すだちサワー、レモンサワーを飲んで、
ウコンサワー(2杯)を飲んでいる途中辺りから、
胃が痛くなりました。
潰瘍の痛さです。
刺す様なキリキリした痛み。



いつもなら、都内の実家に帰るのですが、
明日は朝から所用があるため、自宅に帰ることになっていたので
友人が気遣ってくれて、早目に帰ることになりました。

胃痛のまま、電車に乗って1時間半
帰宅した時には、胃痛は治まっていました。

ストレスとは無縁の生活を送っているし、
単なる飲み過ぎか?



ちなみに友人は、3時間で8杯飲んで
まだまだ飲めそうな感じでした。

商社で営業職なので、
昨日も2時まで飲んでいたとか。
体の作りが違うのか?


私はもう0時過ぎたら飲めません。
外で飲むのは22時が限界。
歳を取りました。

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元銀行員さんの話 その4  

【銀行員という仕事】

 彼は大手都銀(赤いところ)で本店の部長をして、
 その後は、取り引き先の役員を数年おきにしていたようです。

 天下りみたいなものですかね。
 最後に会った時は、3社目の会社で役員をやっていると言っていました。
 銀行員で出世しても、最後まで本体に残れるのは僅からしいです。




 そういえば、今年の5月に大学時代の同窓会に行ったのですが、
 その時に、大手自動車会社(N)に勤めている友人の話です。

 彼は、今は課長という役職がありますが、
 40代半ばなのに、天下り先の子会社まわりをしていると言っていました。

 今いる課長の中で、部長になれるのは一部の人だけです。
 そうすると、若い人に課長のポストを譲らなくてはならないので、
 彼の仕事は無くなってしまうらしいです。

 それでどうするかというと
 これまでに、一緒に仕事をしてきた関連子会社をまわって、
 将来、自分のポストを用意できないかとお願いしているそうです。

 そうしないと、本体で出世できなかった場合に、
 リストラされてしまうと。
 社長さん、外国の方ですし。




 一生懸命勉強して、良い大学に入る。
 一生懸命就職活動して、一流企業に入る。
 そこで人生終わりではないのです。

 入社してからは社内で出世争いをして、
 生き残らなければ、リストラされたり、閑職に追いやられる。
 ある意味で、大企業に勤めるのは大変なことだと思います。



 ちなみに、元銀行員さん、
 生まれ変わったら、絶対銀行員にはならないと言っていました。
 (その理由は聞いていなかったので、明日会った時に聞いてみます)

 大手都銀に勤めて、部長という役職があった位ですから、
 良い給料貰っていただろうし、
 ステータスもあっただろうし、
 傍から見て分からない苦労が、沢山あったのだと思います。




 大企業勤めも大変、
 中小企業勤めも大変、
 正社員も大変、
 派遣社員も大変、
 無職も大変、
 収入が不安定なトレーダーも大変。


 人生、何やっても大変なのだから、
 自分がベストと思う選択をした上で、現状を受け入れ、
 常に前向きで、面白おかしく生きれればいいのでは
 と思います。


元銀行員さんの話 【完】

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