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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

働いていた時と無職の今、どっちがマシですか? その2   

その1 からの続き

前回は「働いていた時」の事を書いたので、今回は「無職の今」について書きます。


■何時に起きても良い、何をしても良い日々

無職なってからは自由になりました。
幼稚園、小学校、中学、高校、大学、そして社会人と
40年近く平日は毎朝決まった時間に学校や職場に行き、勉強したり仕事をする。
そういった習慣がある時を境に無くなってしまう。

朝何時に起きても良い。
そして、目が覚めてから何もしなくても良い。
勿論することがあったらしても良い。
自由の素晴らしさを実感しました。

トレーダーをやっていた4年10ヶ月は本当に楽しく、充実した日々を送っていました。
調べ物をするため朝早く起きたり、
相場が気になって深夜までパソコンに張り付いたり。
1日の大半の時間を株に関することに費やしていました。

しかし、それが全く苦にならない。
それは自分の意志でやっていたからです。
仮に証券会社に勤めていて、会社からの指示でトレードをしていたならば、
たちまに嫌になっていたと思います。

何の組織にも属さない。
誰からの指示も受けない。
ノルマや成果目標もない。
自分のペースで自分の好きなときにトレードをすれば良いので休みも自由にとれる。
自己資金でやっており、その範囲内であれば自分の裁量で自由に取り引きできる。
不満などある訳がありません。

結局、昨年の後半から利益が出なくなり、
10月末でトレーダー生活に区切りを付けることになりました。
上手い話はそうあるものではありません。


■することが無い日々

無職でもトレードをやっていたときは苦しさを感じることはありませんでした。
それは毎日することがあったからです。

しかし、トレードをやめてからは暇を持て余すようになり、苦しさを感じ始めました。
自由であることが素晴らしい事には何ら変わりはありませんが、
時間が持て余すことが、こんなにも苦しいことだとは知りりませんでした。
それは、学校生活、社会人生活、トレーダー生活と常に時間に追われる生活を
物心ついた時からずっと送ってきたからだと考えられます。

ありあまる時間をどのようにすごすのか?
本を読んでも良い、散歩に出かけても良い、ネットをしても良い、酒を飲んでも良い。
しかし、1日16時間起きているとしたら、こんなことだけでは時間は潰せません。
会社員時代を考えたら贅沢な悩みだと思います。

これが今の無職生活における、私の一番辛さです。


■無職生活を目指すために

無職生活は毎日自由で好きなことはできますが、
日々の生活を送るための生活費はどうするのか?といった現実的な問題が生じてきます。
私もその事を考え、なかなか仕事を辞めることができませんでした。
一人身であればまだなんとかなったかもしれませんが、家族がいると尚更でした。

無職生活におけるの生活費の捻出は以下のパターンが考えられます。
①無職生活にも耐えられる充分な貯蓄を会社員時代に作っておく
②家族(主に親)からの支援
③趣味を生かした小遣い稼ぎ(アフィリエイト、せどりなど)
④単発のアルバイト

私の場合は①、②です。
会社員時代の貯蓄、トレードで得た利益を切り崩して生活しています。
そして妻が働いているので世帯では一定の収入があります。


また、仕事をしている時と違って、無職生活では安定した収入が期待できないので
極力支出を減らすことも大切です。
以前にも書きましたが、私の趣味は読書、散策、将棋、お酒(主に自宅で焼酎を飲む)なので、
あまりお金は使いません。

車やオートバイが好き、ゴルフが趣味、といったお金がかかる趣味のある人は
これまで大切にしたきた趣味を捨て去る覚悟が必要です。


話は少し逸れますが、知恵を絞れば幾らでも小銭は稼げると思います。
シーグラスというのがありますが、これらは物によっては高値で売れるようです。
海岸を歩いて見つけるだけなので、海岸の近くに住んでいれば元手は無しで稼げます。

似たようなもので流木というのもあります。
これも川や海岸で拾い、メルカリなどでインテリア雑貨として売れるようです。
これも拾いに行くだけなので、運転資金などは要りません。

一歩踏み込んで、これらに付加価値を付けることにより、
高値で、かつ売れやすくすることも可能です。
例えば、流木を使って本棚やテーブルを作る。芸術的センスや技術は必要かもしれませんが
やろうと思ってできないことはありません。

無職はいくらでも時間があるので、
そういった時間で、お金のかからないビジネスを考えるのも楽しいと思います。
ポイントは、まだ多くの人が気付いていないことです。


■働いていた時と無職の今、どっちがマシですか?

結論は先に書きましたが、私は今の無職生活の方が数段良いと思えます。
他の人はどうかは分かりません。他の人の考えも聞いみたいところです。

お金を稼ぐこと、社会的地位が欲しい人、充実した日々を送りたいと考える人にはお勧めしません。
無職生活には大きな苦しみはありませんが、大きな張り合いもありません。
(やりたいこと、目指したい何かがあって、あえて無職を選ぶ人は別)


会社員時代の苦しさは、生活費を稼ぐためにひたすら我慢の連続でした。
言うならば、深い海の底に沈んでいて、もがき苦しんでいるようでした。

一方、無職の今の苦しみは、自由過ぎることです。
例えるなら、大海原の真ん中でポツンとイカダに乗っていて、
これからどこを目指したら良いのか、どのように進めば良いのか全く見当が付かない。
そんな苦しさです。

それでも無職の今の苦しみは、自由の中における苦しみなので
幾らでも打開策はあると思います。
一方、会社員時代は、「我慢して働き続ける」という一択で、他に選択肢はありませんでした。
そう考えると、「無職の今」の方が良いと言えます。


さて、もうすぐ3月も終わりますね。
今年も何もしないまま1/4が終わったことになります。
来週から4月に入りますが、何をするのか、毎日どう過ごすのか考えなくてはなりません。

こうは書いたものの、何も考えないまま時間だけが過ぎていき
4月もあっと言う間に終わると思います。


【おわり】
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category: 無職・仕事

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働いていた時と無職の今、どっちがマシですか? その1  

littleXさん
コメントありがとございます。
私の働いていた時の生活と、現在の無職生活について書いてみたいと思います。
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私は明日も明後日も明々後日も毎日仕事に行かなければいけない
辛くて辛くて仕方がない
働いていた時と無職の今、どっちがマシですか?
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「私は明日も明後日も明々後日も毎日仕事に行かなければいけない辛くて辛くて仕方がない」
この文を読んで、働いていた頃の記憶が鮮明に蘇り胸が痛くなりました。
私も会社員時代は辛い日々を送っていました。
「働いていた時と無職の今、どっちがマシですか?」
もちろん、無職の今の方が俄然マシです。

しかし、無職生活を送るにはそれなりの覚悟が必要です。
安定した収入は無い、社会的地位も無い、
そういった「世捨て人になっても良い」と居直ることができるのなら
無職になるもの有りだと思います。


「働いていた時」と「無職の今」についての比較を少し詳しく書いてみます。
長くなりますので、興味のある方だけ読んで下さい。


【働いている時】

■長時間労働の工場勤務時代

理系の大学院を卒業して、24歳で機械メーカーに就職しました。
配属されたのは生産技術部です。
入社半年で新しいプロジェクトが始まるため、地方にある工場に異動になりました。

その工場での仕事は、毎日8時前に出社して帰宅は深夜2時過ぎ。
日付が変わる前に帰れると、こんなに早く帰って良いのだろうか?
という気持ちになりました。

当時は会社近くの寮に住んでいましたが、
深夜に帰ると御飯やみそ汁などが全く残っていなくてコンビニに弁当を買いに行ったり、
疲れ過ぎていて買い物に行く気力も無く、何も食べずにそのまま泥のように眠る
といった日々を送っていました。


そんな生活が1年程続いたある朝、
その日は徹夜で会社に残っていて、朝のミーティングに出てから
寮に帰って午前中は仮眠をとり、午後からまた出社することになっていましたが、
ミーティング中に強烈な吐き気に襲われてトイレへと駆け込みました。
嘔吐物はドス黒く、直ぐに吐血したのだと分かりました。

そのまま市立病院へ行き、検査の結果十二指腸潰瘍であることが判明。
1ヵ月の入院、1ヵ月の自宅療養となりました。


病気療養後は、私だけが0時前に帰れるようになりました。
他のメンバーが働いているなかで、私だけが帰ることに
物凄く引け目を感じたのを覚えています。

今思うとこれは異常な働き方だと思うのですが、
当時はこういった働き方が当たり前と、私を含めたメンバー全員が思っていた節があります。

私の働いていた会社は、そこそこの規模の会社で、
その工場は田舎の山の中にポツンとありました。
ある時、一緒に働いていた(当時)40代の現地採用の先輩に
「残業代も出ないで、こんなに毎日深夜まで働かされているのはおかしくありませんか」
と聞いたことがありました。
すると彼は「この辺りでは働ける会社も少ないし、これだけ給料を貰える会社は無いから」
といった答えが返ってきました。
地方では働ける会社の選択肢というのが極めて少ないです。
だから、みんな都会に出て働きたい(仕事を選びたい)のでしょう。

今でこそ、働き方改革とか叫ばれていますが、
当時は長時間労働やサービス残業は、どこの会社でも常態化していたと思います。
結局、私の関わっていたプロジェクトは失敗に終わり、
工場には2年勤務した後、元の生産技術部へと戻りました。



■サービス残業

生産技術部へ戻ってからは、比較的人間らしい生活を送れるようになりました。
7時半ごろ自宅を出て、帰宅は22時前後。
早い時は19時頃に退社することができるようになりました。
休日出勤も年に数回と、工場時代と比べると大幅に減りました。

しかし、私の所属する生産技術部は、
事業部と異なり直接製品を生み出していない理由から、
入社以来、残業代は殆ど支払われませんでした。

工場時代はどんなに残業をしても申請できるのは月に10時間まで。
休日出勤をした場合、半年以内に振替休日を取得しなくてはならず、
振替休日が取得できない場合は金銭で清算されます。

しかし、その工場では直属の上司から、
「ニックさん、休日出勤は休んだことにしておいたから」という、
とんでも無いお言葉を頂戴しました。

どんなに仕事を頑張っても、それが給与に反映されないというのは、
とても寂しい事だと感じました。
その点、専業トレーダー時代は稼いだ分の100%が自分の懐に入るので
そのモチベーションは凄い物でした。


さらに私の会社では、30歳の手前で課長代理になる昇進試験がありました。
そして、その試験に通ると晴れて「課長代理」という名ばかり管理職になれるのです。
管理職になると2万円程昇給しますが、残業、休日出勤に対しては
一切手当てが無くなります。

これは体の良い人件費の削減で、私の会社では30前には全員課長代理になるのです。
全社員の8割以上が世間的には「課長」になります。



■仕事に興味が持てなかった。

私の生産技術部での主な仕事は、
製品のキーパーツの製造方法を新しく開発したり、
コストダウンや精度を向上させる技術開発をしていました。
書くと長くなりますので詳細は割愛しますが、
これらの仕事に関して、どんなに頑張ってみても興味が持てませんでした。

部署の異動を上司が変わる度に打診しましたが、それも叶いませんでした。
具体的には、技術営業部、品質保証部、生産管理部
とにかく技術開発の仕事からは離れたかったのです。
私には向きませんでした。

このことが、仕事をしてる上で、
長時間労度よりも、サービス残業よりも、私にとっては苦しい事でした。



■人間関係について

自称「人間嫌い」の私ですが、不思議なことに会社員時代は
同僚、上司を含めて、良い人に恵まれて嫌な思いをすることはありませんでした。
それなりに親しい同僚と仕事帰りに居酒屋へ行ったりしたのは、今となっては良い思い出です。

今のところ会社員に戻るつもりはないので(戻りたくても雇ってくれる会社など無い)
「仕事帰りに同僚とちょっと居酒屋へ」ということは、もう一生経験することはないでしょう。



■会社員で良かったこと

少しネガティブなことを中心に書いたので、良かったことも書いておきます。
それは2つあって安定した収入と社会的地位です。

安定した収入というのは、どんなに会社の業績が悪くても
潰れない限りは毎月一定の給料が確実に支払われるということです。

一度だけ、賞与が現物支給という時もありましたが、
生活をしていくうえで家計の目途が立つというのは、
トレーダー生活が破綻した今となっては有難い事でした。

もう一つは社会的地位です。
色々とありますが一例を挙げますと、住宅ローンの審査がおりやすいなどです。
無職だとそういった信用は全くないので、カードすら審査に通らない時があるようです。

以前、ブログでも書きましたが、元外科医のトレーダーさんが家を購入するとき、
医師免許は持っているが、今現在仕事をしていないという理由から
銀行は全くお金を貸してくれなかったそうです。
結局、信用金庫で借りることができて家を購入できたそうですが、
どんなにステータスのある資格があっても、どんなに手元に現金を持っていても、
無職(トレーダーを含む)は社会的な地位はありません。



■自ら仕事を辞められなかった理由

こんなに仕事が嫌ならば、なぜもっと早く辞めなかったのか?と思う時があります。
しかし、仮にもう一度当時に戻ることができたとしても、
私は仕事を辞めなかったのではないかと思います。

一番の理由は金銭的なことです。
仮に仕事を辞めたとしたら、生活するための収入が途絶えてしまいます。
それに、転職するにしてもこれといったスキルも無く、人生を賭けてやりたいことも無かった。
だから、ダラダラと会社に通って月々の給料を貰っていた。

毎日がとても詰まらなかったです。
「自分の人生の大切な時間をお金と引き換えている」
ということを自らが黙認していることに大変胸が痛みました。

しかし、私自身はとても苦しいのですが、
「自分を犠牲になることで家族を養っていける」この一点のみのために、
精神薬を飲みながらでも定年まで働き続けようと考えていました。
結局、鬱が酷くなり休職し、復職に失敗して職を失ってしまうのですが。


辞められなかった理由をもう一つ。
それは親や世間の顔色を伺っていたから。
プライドも高かったのでしょう。

教育熱心な両親の元に育ち、大学院まで出してもらった。
いい歳になっても、親の期待にこたえ続けようとしていた。
今考えるととても可笑しな話なのですが、当時はおそらくそうだった思います。
これは仕事を辞めてから気付いた事です。


後日談ですが、鬱になった時、両親は私の事をとても心配しました。
そして、鬱が良くなると、父親は「そろそろ仕事を探した方が良いのではないか」と。
当然、無視し続けています。
もう、親の顔色を伺うことは止めました。そして世間体もどうでも良くなりました。
生きるのがとても楽になりました。


長くなってしまったので、今日はこの辺で。
その2 に続きます。

category: 無職・仕事

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サラリーマンと専業投資家  

専業投資家生活を送っていた4年10ヵ月は、
これまでの人生の中で一番充実していた時期だと思っています。

しかし、後半は苦しく、辛い事が多かったです。
どんなに頑張っても稼げない。
収入が無いのにお金が減って行く恐怖。
その恐怖に耐えられなくなり、最後は逃げ出してしまったのかもしれません。


会社員時代も苦しい事が多かったです。
毎日決められた時間に出社し、
興味の無い事でも業務であれば取り組まなくてはなりません。
しかし、その見返りとして毎月決まった額の給料を貰い、
どんなに評価が悪くても、夏、冬と年に2回、まとまった額の賞与が頂けました。
辛い事を我慢すれば、安定した収入を得られたのです。



私は16年間会社員生活の後、5年間専業投資家生活を送りました。
両方を経験しましたが、どっちの生活が良いのかははっきりしません。

専業投資家生活は、ずっと儲け続けられるのであれば、
自由ですし、間違いなくこちらの方が良いです。
でも、そんな甘い世界では無く、私は5年しか持ちませんでした。

ある程度の我慢をすれば、会社員生活の方が長く安定した収入があるので
そちらの方が良いのかもしれません。

どちらが良いのか、どちらを選択するかは、
その人その人の適性や価値観によって決まるのです。
どちらの生活を選ぶにせよ、良いところと悪いことろがあります。

元プロボクサーの竹原慎二さんが
面白い事を書いていたので転載しておきます。
【竹原慎二のボコボコ相談室】

以下、引用
----------------------------------------------------------------------------------
<今月の悩めるサラリーマン02>
ヒルズ族とかに腹が立つ。
文具メーカー勤務:Kさん(53歳)
私は勤続30年、仕事一筋で生きてきました。
しかし、ヒルズ族と呼ばれている人たちをはじめ、
最近の金持ちはラクをして私が到底手に入れることのできない大金を稼いでいます。
私のように一生懸命働いてきたものが報われず、株などのギャンブルで簡単に稼ぐ者が
いい思いをしているこの世の中に、腹が立っています。
竹原さんもこんな世の中おかしいとおもいませんか?
————————————————————————————————

【竹原の答え】

別におかしかねーだろ!

世の中にはな、使う側と使われる側の人間がいるんだよ。
あんたは30年も使われる側として安泰な身分でのうのうと生きてきただけ。
なに寝ぼけたこと言ってんだ?
あんたも住宅ローンとか車のローンとかは、組んだことあるかもしれん。
でも、仕事をするために銀行から金を借り入れるなんて事してねーだろ? 
働けば、必ずお金がもらえる有り難い生活を営んできたはずだ。
ローリスクで生きてこられてよかったじゃねーか。

使う側の人間、大金をつかむ側の人たちはリスクを負ってんの。冒険せにゃあかんのよ。
俺もな、そんなに大袈裟なもんじゃねーけど商売やってるから分かる。
店ひとつ出すんだって脳味噌から汗をダラダラ流して考えるさ。怖くて尻込みすんだよ。
何千万~何億円もの投資を何年で回収するかって。
いや本当に回収できるのかどうかの保証もねーんだから。
未来の事なんて誰にも分からない。イチかバチかだ。
その賭けに勝った人だけが相応のリターンを得る。あたりまえじゃねーか。
何がおかしいんだよ? 賭けに負けた人たちは大勢自殺してんだぞ。
命を張って勝負した結果なんだよ。そこんとこ分かってんのかコラ。
上っ面だけ見てんじゃねーよ。
チャンスは、全ての人間に平等にあるはずだ。
あとは考えるか、そして行動に移すかどうかだけ。
な~んも冒険せずに平々凡々と生きてきて、陰でグチャグチャ言うなや、ボケ。
----------------------------------------------------------------------------------
引用終わり

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無職生活について  

ムーンクラウドさん からのコメントを頂いたので
無職生活について考えてみました。

■無職生活
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無職ってそんなに卑下することですかね。
消費税だって払い、配当があれば所得税、住民税だって払っている立派な市民です。
立場がサラリーマン=労働者階級、配当生活=資本家階級の違いだけです。
現行法制化では労働者階級、資本家階級の区別なく、等しく所得税、住民税、消費税等を支払い国家を支えています。
社会との多様にある接し方の違いだけだと思います。
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無職生活に卑下はしていないかもしれませんが、
私自身の心の中での居心地の悪さを感じています。
(世間体的な居心地の悪さは、無職生活7年目となり中堅の部類に入ったので無くなりました)


私を含め多くの人達は、子供の頃から大きくなったら働いて
自立した生活を送ることを身近な大人から教わってきました。

また、日本国憲法において定められた国民の三大義務は
「教育の義務」「勤労の義務」「納税の義務」であることを、
学校の授業で習ってきました。
だから、大きくなったら働くことは当然の事だと思っていました。

しかし様々な事情により、世の中には働けない人がいるのも事実です。
そして、世間では仕事が原因で鬱になっている人も数多くいて、
その中には自ら命を絶ってしまう人もいます。
そんな無理をした働き方をするならば、
無職になって自由に生きた方が良いのではないかとも思います。
(それぞれ抱えているものあるので、そう簡単に無職という訳にはいかないでしょうけど)


こう思っていても、お金を稼がないことに居心地の悪さを感じるときがあります。
それは、子供の頃から、大人によって「大きくなったら働いて生活の糧を得る」
という刷り込みが行われてきて、未だにそのマインドコントロールから
解かれていないためと思います。

世の中には色々な人がいて、働ける人は働けば良いし、
働けない人は働かなくて良い。
どんな社会であっても、一定数は働けない人がいるのです。

世間的の一般の見方では、40代での無職生活は少し早いのではないかと見られるかもしれません。
しかし、ムーンさんも書かれているように、社会の多様性(色々な生き方がある)を考えれば、
別に悪いことではないと思います。
あとは、それを自分の心の中でどう消化していくかです。


■無職生活の苦しさ
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僕は無職で不動産に投資し、配当=家賃を得る身分ですが卑下はしていないです。
自身の力で今の身分を得て、配当で生活することに誇りを持っています。
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無職でもトレードで生活費を稼いでいた時は良かったのですが、
今は全く何も生み出さない生活になってしまったので・・・


無職になっても、何かやりたいこと、することがあれば
それなりに暇を持て余すことなく生きていけると思います。
しかし、本当に何もしない、何も生み出さないという毎日はきつく感じます。

無職であっても、トレードでお金を得ているときは、
1日中何かしらすることがあったし、お金も稼いでいたので自尊心が保てていました。
それは、ムーンさんのように不動産で収入を得たり、
アフィリエイトでお金を得たりする事と同じといえます。

でもトレードをやめてしまい、1日中何もすることが無く、
尚且つお金を全く生み出さない生活というのは、想像していた以上に苦しくです。


■僅かな楽しみの発見

「何もすることが無い」「何も生み出さない」といった苦しい状態の中で、
唯一の楽しみが、食べることと寝ることでした。

生きていくための基本的・本能的な欲求(食べたい、飲みたい、寝たいなど)として
「生理的欲求」がありますが、これが満たさればそれで良いのではないか?

3度の食事が美味しく食べれて、眠たい時に十分な睡眠がとれる無職生活は
改めて考えると、本当に大切な事だと思います。
この生理的欲求が満たされているのであれば、人生に生きがいや楽しさを求めなくても
別に困らないのではないかと思い始めたのです。


思い返せば、会社員時代は鬱状態がずっと続いていて、
食事を美味しく食べたことも少なかったし、夜は憂鬱で眠れないことが多々ありました。
トレーダー時代も、取り引きが忙しく昼食が15時以降になったり、夕飯の時間も不規則でした。
睡眠に関しても、夜の海外市場や先物のナイトセッションが気になって、
寝つきが悪かったり早朝に目を覚ましたりして、良くは眠れなかったかもしれません。

今は無職で1日何もしていないのですから、ストレスは全く無いのです。
それって、もしかしたら素晴らしい事ではないかと思います。


■無職生活の行く末

今のところ、何もすることが無い日々に空虚感はあるものの、
しばらくは続けていこうと考えています。

こういった生活を続けていく中で、やりたい事、興味のある事が見つかるかもしれないし、
何もすることの無い日々に慣れて、この状態が心地良くなるかもしれません。
この先の事はどうなるかは全く分かりません。

無職生活をどこまで続けられるのかは、私の中での実験でもあり、
その結果(気持ちの変化、生活の変化)は、このブログで随時更新していくつもりです。



■無職生活で良かった事
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そして、毎日家にいて、娘の成長を見守られて良かったと思っています。
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これは本当、素晴らしいというか羨ましいと事だと思います。
私も子供が大好きで、いつも側にいたかったし成長も見たかったけど、
無職なった頃には子供が思春期に差し掛かっていたので、
既に相手にされなくなってしまいました。
小さい時に一緒に子供と入れるというのは、無職だからできることでしょう。

ただ・・・子供の成長は見届けられなかったものの
両親も歳を取ってしまい、妻は義母の病院の付き添いで実家に帰ることも多くなったので
その点は、私がずっと家にいるので安心して実家に帰っていると思います。

また、私も父の家へたまにいって、電球の交換や力仕事を手伝ったりもするので
少しは役に立っているかなと。

会社員を続けていたら、仕事が第一で家族はおざなりになっていただろうから、
そいうった意味ではムーンさんと同じで、毎日家に居ることを幸せに感じます。

以上です

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居酒屋にて  

近年に無いキチガイのように暑かった夏も過ぎ去り、
最近はめっきりと寒さを感じるようになりました。

11月に入ってからは時間を持て余し気味で、外出することも多くなり、
昼は連日ランチを食べに出掛けています。



月曜日は近くの居酒屋でランチを食べました。
半個室で、お互い姿は見えませんが、
隣の席にサラリーマンと思われる3人が座っていました。
そして、上司が部下にずっと説教をしていました。

その部下は、社内の事情を優先したことにより、取り引き先に迷惑をかけたようで、
「お前は、社内と社外どっちが大事なんだ」
ということを延々と繰り返し、しかもネチネチと詰め寄られてしました。
部下は反論することなく、ずっと黙っていました。
その時間が早く過ぎ去ればと耐えていたのでしょう。

彼らは私よりも先に店を出ていきましたが、
会計へ向かう途中も説教をする声が聞こえてきました。
上司は余程頭に来ていたのでしょう。

だとしても、怒らている方も、怒っている方も、
昼食は美味しくなかったはずです。
せめて食事の時だけは、そういった話は抜きにした方が良いです。
食事は1日に3回しかない楽しい一時なのですから。


私も会社勤めをしていた時、仕事が上手くいっていなくて、
食事が喉を通らず、昼食を食べなかった日があったことを思い出しました。
嫌なことがあると食欲は無くなります。
無理に食べたとしても美味しくはありません。

無職の今はそういうことは無くなりましたが、
改めて、社会に出て人との関りを持つことは大変だと感じました。
社会復帰は、やはり無理かな・・・



ストレスや悩みが無いというのは幸せなことです。
食事が美味しく食べれて、充分な睡眠が取れるのは、
精神的にも肉体的にも健康な証拠です。
そういう日が1日でも多く過ごせますようにと、
その日以来、毎日寝る前にお祈りしています。

category: 無職・仕事

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これから先の事  

10月は100万円以上の損失を出してしまいました。
昨年の11月も同じく100万円以上の損失を出してしまい、
しばらくは株を見るのも嫌で、毎日喫茶店に通い本を読んでいた記憶があります。

今回も同じ気持ちで、家に居るとパソコンを立ち上げて見てしまうので
連日あちこちに散策に出掛けています。
夜はお酒を飲まないようにして本を読んでいます。

ただこれまでと少し違うのは、トレードで稼げない期間が4か月連続と長い事です。
これが自分の実力かと思うと弱気になり、そろそろ潮時なのかなと、
ここ数日本気で思うようになりました。


■専業トレーダーになって5年

今年の12月末で、自称専業トレーダーとして5年が経ちます。
鬱で仕事を辞め、1年間休養した後再就職先が見つからず、
小遣い稼ぎとしてトレードを再開したのが2014年1月のことでした。

当初は月に5~10万円程度稼いで、生活費の足しになればと考えていたのですが、
アベノミクスの追い風もあって、会社員時代と同等の収入を得るまでに至りました。
そんな生活も、昨年あたりから苦しさを感じ始め、
今年の年後半(7月以降)はボロボロの状態となりました。

トレードを始めた当初は、こんな上手いことは長くは続かないだろう、
持って2~3年と思っていましたが、幸いにも5年近くもトレードで生活をすることが出来ました。
運が良かったのだと思います。

それは仕事を辞めた時期が、アベノミクス相場の始まりだったからです。
これがリーマンショック直後だったら、こんな生活は送れなかったでしょう。


■博打で確実に儲ける方法

私は学生時代は競輪や麻雀が好きでした。
競輪は6レースぐらいから始めるのですが、最終レースまでやると大体お金は残りません。
途中、儲かっている時もあるのですが、そこで止められず結局全てのお金を失ってしまいます。

麻雀は、徹夜でやって浮き沈みがあっても朝方になるとプラマイゼロ近傍と、
何のためにやっていたのかと虚しくなる時があります。

博打で確実に勝ちたいのなら、勝っている時にやめることです。
競輪はプラスになっている時点でやめる。
麻雀は勝ち逃げしたら友達を無くしそうですが、
それでも勝ち逃げに勝るものはありません。

トレードも同じで、利益が出ている時にやめ、
手元に残ったお金で、自分が幸せなれる何かと交換した方が有意義ではないのか。
もっと増やそうとするから、折角儲けたお金を失ってしまうのです。

私の尊敬するトレーダーさん曰く
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アベノミクスで稼ぎ続けてきた人は
この10月の株安で利益での何割かを溶かしたとしても悲観することはない。
相場は上昇と下落の1セットの実力診断だから。

最後に稼いだ分をほぼ全部溶かす人は、道中いくら稼いだとか
当てたとか全く関係がなくただのヘタクソ。
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問題は、本当に相場から手を引くことができるかです。


■やめるやめる詐欺

相場で痛手を負うと、直ぐに株はやめたと騒ぎ立てる人がいます。
(私のことなのですが)
私も過去に何度か、このブログで株はやめて違うことを始めると
書いた記憶がありますが、未だにトレードを続けています。

親しいトレーダーさんで、60歳半ばの頃、年齢を理由に株をやめると宣言した人がいました。
一度しかない人生、ずっとお金を追いかけるのは残された時間が勿体ない。
株は完全にやめて、趣味に生きるとみんなの前で宣言していました。
あれから10年経ち、彼は70代半ばになりましたが、
未だに現役でバリバリにトレードに励んでいます。

彼曰く、趣味にもお金がかかるので、そのお金を稼がなくてはならないと。
彼は数億の資産があり、普通の生活を送る限り死ぬまでに使い切るのは不可能なのですから
それは苦しい言い訳です。
そして、彼は「私は死ぬまで株をやり続ける」と生涯現役宣言をしたのです。

株は刺激がとても強い面白いゲームです。
だから、お金がある限り、みんなトレードを続けるのでしょう。
いや、お金が無くなっても、せっせとお金を作って取り引きに励む人も
世の中には沢山いるのです。
中毒性の強いゲームで、みんなやめたくてもやめられないのです。


その一方で、上手く株から離れて行った人もいます。
今は60代後半に差し掛かった栃木の専業さんです。
彼は60歳を過ぎたころから、趣味である野鳥の写真撮影にウェートをシフトしていきました。

今でもトレードは続けているのですが、これまでの1/10のロットにして、
失っても気にならない金額で取り引きしており、ストレスは全く無くなったと言っていました。
また、前場だけやって後場は出かけるため、
完全に株はやめないで、趣味の時間も大切する。
上手くバランスが取れていると思います。

私も彼のような生活を目指したいと考えています。
今直ぐには、取り引きを完全にやめることはできないにせよ、
徐々にであれば、取り引きを縮小していくことならできるような気がします。

ただしその代償として、トレードで生活費を賄うことは放棄し、
これからの人生、資産を切り崩しながらの生活することを受け入れなくてはなりません。
(必要であれば、何かしらの収入源を探さなくてはなりません)

■社会との関りを持ちたい

私は一人でいることが好きなので、社会から離れても十分生きていけると思っていました。
でもそれは、トレードでお金を稼ぐことに夢中になっていて、
その間はそいうった感情が抑え込まれていたのかもしれません。

今は証券会社に電話を掛けたり、トレーダーさんとの交流もありますが、
トレードから離れたら、本当に家族以外との関わりは無くなると思います。
そういう生活に耐えられるのだろうか。

だから、今後はどこかで社会との接触を持ちたいです。
趣味の世界で、人と交流出来ることが理想です。
(酒場巡り、山歩き、散策など)

そういった交流を持つことで、より一層トレードから離れていけるような気がします。
トレードより楽しい何かを見つけ、それを強固ななものにしていくことです。




ちょっと最近思いついたことを書いてみました。

category: 無職・仕事

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私の無職生活について ~コメントへの返信を兼ねて~  

私のブログでは、時々読んでくださった方からコメントを頂くのですが、
いつも深く考えさせられる事が多いです。
今回は、そのコメントを元にした記事です。


のりまきさんから、
----------------------------------------------------------------------
自分も仕事辞めて4年たちます。毎日割と充実して暮らしてます
----------------------------------------------------------------------
といったコメントを頂きました。
全文はこちらのコメント欄から「近況など

のりまきさんは、生活面、健康面、色々な事を含めて、
自分を律して毎日を過ごされているようで、凄いと思いました。
私は全くできていません。
そこで、私が送っている無職生活について少し書くことにしました。



無職生活は自由であるが故、何でも好きなことができます。
しかし、ある程度は自分で自分を律していいかないと生活は荒れていきます。

社会に出ている人であれば、周りにいる誰かしらが
助言してくれたり、注意をしてくれるでしょう。
しかし社会から離れてしまった無職だと、そういった人は少なくなります。


私の生活がそれほと荒れていないのは、トレードのおかげだと思っています。
少なくとも8時前には起きて、
午前中は11時半までパソコンの前に座っています。
夜も翌日のことがあるので、1時前には寝ます。

トレードが無かったら、昼夜逆転の生活になっていたでしょうし、
時間を持て余して、昼からお酒を飲んでいたかもしれません。

無職になっても、何かしらすることがある人は良いでしょう。
それは仕事でなくても、お金にならないような趣味でも、
何でも良いと思います。

できれば、時間に縛られるようなものの方が、
生活にリズムが生じて良いのかもしれません。
旅行が趣味とかは最適だと思います。



【勉強】

私はこれまで工学部を出て、機械メーカに勤めていたので、
勉強したことの無い経済学を学んでみたいと思った時期がありました。

大学の公開講座などを探しているうちに、
放送大学で面白そうな講座があることを知りました。
自宅に居ながら勉強できた方が良いかなと思ったものの、
結局、殆ど講義を見ることなく終わってしまいました。

新しい事をするというのは、かなりのエネルギーを要し
強い動機や意志が無いと、始めることも、続けることも難しいと感じました。

今は、これといって学びたいものはありません。
興味の問題だと思うので、この先、何かしら勉強したいものが見つかるかもしれません。
(例えば、外国に行って英語の必要性を感じて英語の勉強を始めるとか)


【運動】

やるやると言って5年になりますが、殆ど全くやっていません。

近くにヨガやストレッチ教室のあるスポーツクラブがあって、
行こうと思いシューズやスポーツウェアも購入したものの、
一度も行っていません。

昨年の秋に、子供がジョギングをするというので、
私も一緒に夕方30分程走っていましたが、
10日程経った頃に、膝と足首を痛めてしまい、
それ以来やっていません。


今、やっていることと言えば、
不定期にウォーキング(街歩き)をやっています。

10km程度を3時間ほどかけて歩きます。
これは好きでやっていることですので、昔からずっと続いています。

夏は暑いのでやっていませんが、これからは良い季節なので
積極的に歩きに行くつもりです。


【食生活】

■時間
無職となった今は、食べる時間はかなり不規則です。
あまり良い事では無いと思っています。

朝は食べたり食べなかったり
昼は11時~15時の間と幅があり、
夜は昼に食べた時間が早ければ19時頃食べるけど、
遅ければ21時過ぎに。

仕事をしていた頃は、朝と昼は決まった時間にしか食べれませんでしたが、
今は自由に食べれるので、空腹感を感じたときに食べるといった感じです。
せめて、朝食ぐらいは決まった時間に食べるようにしたいです。

■食事内容
我が家では、朝はパン食、昼は妻が仕事で居ないことが多いので外食か自宅で自炊、
(自炊といっても、前日の残り物や、カップ麺、パスタやうどんを茹でるといった簡単な物です)
夜は自宅で妻が作る御飯、というのが一般的です。

外食は、ラーメン、牛丼のチェーン店、中華料理屋、ファミレスなどが多いのですが、
それらの食事が続くと胃の調子が悪くなります。
私は昔から胃腸が弱いので。

会社員時代は社員食堂があって、栄養のバランスが考えられている食事でしたが、
今は、好きな物を食べているので、あまり良いとは言えません。

出来るかぎりは、魚系の食事にして、
家では野菜を多くとる様に心掛けています。


【お酒】
■量
会社員時代は、仕事帰りに同僚や一人で飲みに行くことが多く、
家ではあまり飲みませんでしたが、今は家飲みが殆どです、

自宅で飲む場合、はじめに缶ビール350mlを飲んで、
その後、焼酎(甲類25度の焼酎を100ml)の炭酸水カットレモン割りで3杯飲みます。
トータルでは、ビールの大ビン換算で3本といったとろこです。
友人に言わせれば飲み過ぎだそうです。

■時間
飲みはじめは夕飯の時からなので19時過ぎ
それから寝る直前まで飲み続けます。
寝るのは0時~1時頃なので、通常は3~5時間かけて飲みます。

■節酒・休肝日
意識的に、週2日以上は飲まない日を作っています。
私はお酒を飲むと止まらなくなるので、1日あたりの酒量を減らすことはできません。
だから、飲み過ぎていると感じた時は、全く飲まない日を多くすることで調整しています。

会社員時代は、同僚に付き合って深夜まで飲んだりして、
酷い二日酔いで翌日仕事が手に付かないことがありましたが、
今はそういうことが無くなりました。
一人で飲むので、人のペースに巻き込まれることなく、
自分のペースで飲んでいるからだと思います。

お酒はあまり飲まない方が良いと思うけど、
夜、暇だったり、楽しみがないとどうしても飲んでしまいます。


【社会参加】

とても難しい問題で、私の中では、
まだはっきりとした方向性や答えが見つかっていません。

のりまきさんの書かれている
----------------------------------------------------------------------
社会参加しないことは自由を得たことの代償と割り切るようになりました。
----------------------------------------------------------------------
ということだと思います。

社会に参加しないことで、孤独感、寂しさを感じるものの、
一方で、何者にも束縛されない自由である事の居心地の良さを得ることができます。

社会とは適当な距離を取ること、つまりバランスなんでしょうけど
これはなかなか難しい。

また、社会参加と言っても、色々な形があります。
仕事であったり、ボランティア、地域活動、趣味のサークルなど。
そいうった物の何を自分は選択したいのか?を含めて、
はっきりとした答えが見つかっていない・・・


というか、そいうことを考えるのが面倒なので、
真剣に考えたくないのだと思います。

おそらくですが、自由であることの居心地が良すぎで、
孤独感、物足りなさは、許容するしか無いと思っているのでしょう。
多分ですが。

category: 無職・仕事

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夏休みの思い出  

子供たちが夏休みに入った。

無職の私は、いつも夏休みのようなもので何の感慨も無い。
会社員時代は、大抵1週間程度の連続した休みが取れたので、
休み前の出勤日の夕方は、最高の幸福感を感じた。
逆に夏休み最終日の夕方は、筆舌に尽くし難い絶望感があった。


それでも、無職になってからの夏休みには、
家族サービスの一環で旅行に出掛けたりして、少なからず夏休み気分を味わえた。
しかし、子供達も大きくなって、それぞれの用事もあり、今年の夏はどこへ行く予定も無い。
だから寂しいというか、折角の夏休みなのに詰まらないです。



私が子供の頃、夏休みが楽しみだった。
両親の実家が石川県にあったので、青春十八切符を使って、
鈍行列車に乗って一人旅をするのが好きだった。

20代前半の学生時代には、夏休みといえば朝からバイトをして小遣い稼ぎをした。
中でも喫茶店のバイトが印象に残っている。



暑い夏の日、自転車に乗ってバイト先の喫茶店に行く。
店内に入るとエアコンのガンガン効いてて、冷んやりとした空気が体を冷やしてくれる。
外の暑い空気と、店内の涼しい空気。
そのギャップがたまらなく好きだった。



バイトしていた喫茶店はセルフサービスのお店で、
カウンターで注文を受けて、商品を作って提供する仕事をしてた。

平日の20時過ぎに、いつも決まって来る常連客がいた。
歳は50歳前後、短髪で作業着を着たおじさんである。
彼が来ると、黙ってアイスレモンティーを提供した。

20時になると客入りはぐっと少なり、バイトの仕事も暇になるので、
カウンター越しに、その常連客のおじさんと雑談を交わす。
その日の出来事とか、他愛もない話である。
だから、特に印象に残っている話は無いんだけど。
おじさんと会話をするのが好きだった。



私は色々なアルバイトをしてきたけど、喫茶店のバイトが一番気に入っていた。
夏のエアコンで冷えた店内の空気
淹れたての珈琲の香り
常連客との他愛も無い会話

好きな仕事ではあったけど、そのまま就職することは考えなかった。
社員は比較的若い人が多かったが、辞めていく人も多かった。

人件費を安くするため社員は少なく、アルバイトが殆どだった。
そのため、社員は長時間労働を強いられているような感じだった。
バイトの都合が付かなければ、自分でその穴を埋めなくてはならない。
自由に休みを取れるような環境では無い。

また、喫茶店の接客はずっと立ち仕事である。
当時20代の私でも、かなりきつい肉体労働に感じた。

腰を痛めて、事務系の部署に異動していった女性社員や、
会うたびに「胃が痛い、胃が痛い」と言っていた男性社員もいた。

その男性社員は入社してまだ2年しかたっていなかったが、
肉体的にも、精神的にも、かなり辛そうだった。
実家が蕎麦屋で、良く「喫茶店よりも蕎麦屋の方が儲かる」と言っていた。
その後、すぐに彼は辞めてしまった。
おそらく蕎麦屋を継いだのだろう。

こんな仕事を、正社員として長く続けていく自信は
私には無かった。



隠居生活に入った今、
喫茶店の仕事をもう一度してみたいと思う時がある。
お金を稼ぐための仕事では無く、
興味のある趣味の延長線上といった感じで。

ビジネスマンが多いオフィス街や、若者の多い繁華にある店舗では無く、
都心から少し外れた、常連客が多い店が理想である。

でも、飲食業のバイトは若い人が多い印象だし、
採用されることは無いだろうなと思ったり。

そもそも馴染み客の付く喫茶店なんて、
個人経営のこじんまりしたお店だろうから、
求人自体ないのかもしれない。



と、子供たちが夏休みに入って、
昔、アルバイトしていた喫茶店の事を思い出した。

category: 無職・仕事

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評価されること  

昨日は終業式で、子供が通知表を持ち帰ってきた。

ここ最近、子供が勉強を教えて欲しいというので、
私は得意な数学を教えている。
親バカかもしれないけど、そこそこ出来は良いと思っている。
テストの結果もこっそりと見たけど、なかなかの成績だった。

しかし、持ち帰った通知表の成績は5段階評価で3
何で?と思ってしまった。
真面目な性格で、宿題もちゃんとこなし、提出物もしっかり出して、
それでこの結果はないだろうと思うのだけど、
強いて思い当たるとすれば、物静かで大人しい性格なので、
授業中には積極的に発言することはないだろうなと。
それぐらいしか私には思い当たらない。

でも、結果からすると、
私には分かりえない何かがあるのだと思う。



私は子供の学校の成績なんかはどうでも良いと思っている。
そんなものは一時的な評価だし、
それで人生の大切な何かが決まるわけではない。

でも、少し心配だったのは、子供が一生懸命勉強して、
それが評価されないということは傷つくのではないかと。

昨日、私は外出していたので、帰ってから妻に子供の様子を聞くと
案の定落ち込んでいたようである。
でも、そういう場面はこの先の人生でも沢山あるだろうし、
子供自身で乗り切って行くしかない。
親なんて意外と何もできない存在だ。



社会生活を送り、色々な人との交流があれば、
評価されることは逃れられない。

学校の成績から始まって、入学試験だったり、就職試験だったり、
評価を得られなければ仲間に入れてもらえない。

会社員になっても査定があって、
それによって出世したり、昇給・賞与の額が違ってきたり。

私も会社員時代には、思ったより評価が低くてがっかりしたことがあった。
お金の問題よりも人から認められていないと思うと、
なんだか切ない気がして落ち込んだのを覚えている。

恋愛だって他人の評価である。
付き合ってもらえるのは、異性から評価をされた時だけである。
その難関を突破しても、途中で振られることもある。
別れを告げられるときは人格を否定されたようで辛い。

人間が成長して、社会に出ていくということは
色々な荒波にさられているのだなと。
生きていくことって大変だと改めて思う。



私自身の事を少し書くと、
無職になってからは、人からの評価とは無縁の生活を送っている。
そもそもトレーダーは一人で完結する仕事なので
(トレーダーは仕事ではないと私は思っているけど、ここでは便宜上)
他人から評価されることは無い。

結婚しているので、恋愛することもこの先無いだろう。
ただ、妻に逃げられたらショックだと思う。
そうならないように頑張るしかない。

人間関係でいうと私には親友はいない。
そもそも人付き合いが苦手な方なので、べっとりとした付き合いは好きでない。

たまに会って、たまに会話をする、そういうあっさりとした関係が好きである。
広く浅くがモットーだ。
そういう付き合いでも良いという人だけが、私の周りには残っている。

こういった人から評価されないような環境を得れたのも、
50歳間近になったというのも大きいと思う。

若ければ嫌でも色々な人付き合いもあるだろうし、
社会に出て、自分が生きていける程度の収入は得なくてはならない。
一部の達観している人を除いては。



最近人生の半分以上が終わって、自分の最期を意識しはじめてきた。
もうすぐゴールが迫ってきて、人生が終わることに対し寂しい気持ちもあったけど、
10代や20代に戻りたいかというと、それはちょっときついかなと思う。

進学、就職、恋愛、友人、会社員としての仕事
評価されながら生きていくのは大変だった。

でも、悪い評価ばかりでなく、良い評価の時もあったのだから
一通り経験できたのは良かったのだと思う。



人間は完全に社会から離れ、一人で生きてきことはできない。
だから、どんなに足掻いても、何らかの評価はされ続けるだろう。

結局は、人からの評価を気にしない事が大切なのだと思う。
自分は自分。
自己満足が一番大事。

category: 無職・仕事

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一見裕福そうに見えても・・・  

連日暑い日が続いています。
昨日は夕方車に乗ってスーパーへ買い物に行っただけ。
そして、今日はまだ一歩も家を出ていません。

エアコンの効いた部屋にずっとひきもこっていて
体調はそれほど悪くないです。
外に出たのは2日間で1時間ぐらいです。

朝はバナナと牛乳、昼は昨晩の残りのカレーライスを自宅で食べました。
食欲はあまりありません。


私の住んでいる家は新興住宅地です。
近所の人達は、みんな同じような家族構成で、同じような車に乗って、
同じような仕事(会社員、公務員、教員など)をしています。
(私が家を購入した当時は、無職ではなく会社員でした)

しかし、その中に1軒だけ風変りな家があります。
ガレージには高級車をとめて、家の造りも他の家とは差別化しています。
お金持ちなんだろうなと思っていましたが、
自営業を営んでいる経営者であることを後に知りました。



周りの他の住民とは良好な関係を築いていますが、
この家の住民はみんな変っています。

子供は未成年なのですが、ベランダでタバコを吸っています。
この家は奥さんも庭でタバコを吸っているので、
家族全員吸っているのでしょう。

奥さんも、女友達を自宅に呼んでどんちゃん騒ぎをしてうるさいです。
窓を全開にして、深夜まで騒いでいる時もあります。

旦那さんは、休みの日は決まってTVゲームをしています。
ピコピコという電子音と共に時々絶叫が聞こえてきます。
これも窓全開なので良く聞こえます。

先日は、派手は夫婦喧嘩を繰り広げていました。
旦那さんが若い女性と浮気しているらしく、
奥さんは「ロリコン」と連呼しながら、家中の物をぶん投げていました。
喧嘩の内容も丸聞こえです。
旦那さんは、働いて家に金を入れているんだからと開き直っていました。


なんでこういうことを知っているかというと、
いつもこの家は窓が全開だからです。
今年の夏はとても暑いのに、クーラーを入れないようです。

そういえば、この前の夫婦喧嘩で、
「借金が沢山ある事をばらしてやる」というような事を奥さんが言っていたので、
家にはお金があまりないのかもしれません。


見た目は立派な家に住んで、高級車をガレージとめて、まわりからは経営者と見られ、
一見裕福層に見えるのですが、家庭内はボロボロなんだと思ったりして。



私だったら、お金がないのなら車を売ったり
生活レベルを下げるのになあと。
でも、経営者というのはそうはいかないのかもしれません。

同業者や取引先との付き合いもあって、
安っぽい車に乗り換えたら、経営が危ないと思われて、取り引きを縮小させられたりとか。
この世界は見た目が意外と大事なのかもしれません。

私はそういう世界とは無縁の生活を送ってきたので良く分かりませんが、
それでも、若い女性と浮気をしている場合じゃないですよ。


そんな遊び金があったら、日中エアコンを入れて家族を楽させてあげて下さい。
近隣住民の私としては、夏ぐらいはエアコンを入れて、
窓を閉め切って静かにして欲しいです。

そして、思う存分夫婦喧嘩をして下さい。
内容が聞けなくなるのは些か寂しいですが。

category: 無職・仕事

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セクハラ  

サラリーマンの世界には出世コースがあります。
証券会社の場合、旗艦店(京都・名古屋・新宿など)の支店長に
なると役員の道が約束されているようです。


先日、あるトレーダーさんから聞いた話なのですが、
彼の口座のある某証券会社の旗艦店の支店長が、
セクハラをして更迭されたそうです。

その支店長が女性社員に何らかのセクハラをして、
女性が社内の相談窓口に通報。
支店長は人事部へと異動になったそうです。

彼は2~3年は支店業務には携われず、
人事部付けで、いわゆる窓際族(古いか?)のような仕事をしなくてはならないと。
当然部下などはいなくて、権限も無い、雑務に近い仕事を毎日こなすこととなります。



その話をしてくれたトレーダーさん、
支店長まで苦労してなって、役員の道が開かれているに
何でそんなバカなことをしたのだろう?と

彼がこれまで会社員人生で積み上げてきたものが、
ちょっとした出来心によって一瞬で崩れてしまうサラリーマンの世界って本当に怖いな
と言っていました。


ちなみにこのトレーダーさんは、ちょっと前にもブログで書きましたが、
大学卒業後に起業へ経て専業トレーダーになった方なので、
サラリーマンの世界は全く知りません。




そういえば、私も勤めていた会社でも同じようなことがありました。

私の会社は機械メーカーでしたので、
出世コースは、課長 ⇒部長 ⇒本部長(工場長) ⇒役員といった感じでした。

私が入社1年目の時に、隣の部署で課長だった人の話です。
彼は凄く仕事が出来て、部下からの信頼も厚い人でした。
そのような人だったので、トントン拍子に出世して、
本部長まで登りつめました。

そして、いずれ役員になるのでは?と噂されていた時に、
セクハラ騒動に巻き込まれます。


私も詳細は良く分からないのですが、聞いた話によると、
その本部長を含めた7~8人の酒宴の席で、
席に居合わせた女性従業員に、抱き付いたとか、キスを迫ったとか。

その女性は怒って会社に通報。
会社としては、表に出すことなく示談で済ませたかったようなのですが、
当の本部長はその事実を認めず、女性との間でかなり揉めたようです。

結局、示談は破談となり、事実は表に出ることとなりました。
役員候補と言われていて彼は停職処分に。
そして、復職後も担当部長(部下のいない名ばかり部長)へと降格。

一度でもそういうことがあると、どんなに優秀な人であっても
サラリーマンの世界では日の目を見ることはありません。

仕事のできる人だったから、彼の心中を慮ると辛いだろうなと。
もちろん、セクハラは許されるべき行為ではありませんが。




好事魔多し

順調な仕事人生を歩んいる人ほど、ほんの少しの気の緩みから
足元をすくわれるのかもしれません。

私なんか、鬱で会社に行くことだけで精一杯だったから、
セクハラどころではなかったです。

category: 無職・仕事

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証券会社の社員さんの話  

先日、知り合いのトレーダーさんから聞いた話です。



そのトレーダーさん、一時的にまとまった資金が必要となったため、
ある証券会社から出金のお願いをしたそうです。


その証券会社には、ずっと大きなお金を固定して預けていたのに、
突然出金を依頼され、そのお金が抜けてしまうと証券会社(その支店?)も困るらしく
担当者が上司を連れて自宅にやってきたそうです。


それでも、彼はどうしても資金が必要だったので、
出金できないと困る趣旨を伝えると、
上司からこんな提案をされたそうです。

「大きな出金があると、担当者の評価が下がってしまう。
そこで、一時的に担当者を代え、代わった担当に出金を依頼して下さい。
そして、再度、入金されたら、担当者を元に戻しますので」と

彼は出金できるのであれば、担当者が代わろうが関係のないことなので
その案を了承したそうです。




担当者とその上司が帰った後、彼はふと考えたそうです。


今回の出金で、今の担当者の評価は下がらなかもしれないけど、
一時的に代わった担当者の評価はどうなるのか?
そんな嫌な役回りを押しつけられる、新しい担当者の社内的な立場はどうなんだろうか?

そんな事を考えていたら、一時的にせよ新しい担当者とのやりとりはあるので、
その時に、彼とどのように接したらいいのか、
考えてしまったそうです。



そのトレーダーさんは、
大学卒業後、起業をして、その後トレーダーになった人です。
だからサラリーマン経験は全くありません。


今回の一件で、彼曰く
「サラリーマンって本当に大変なんだね。
僕はそんな世界で何十年も絶対に生きていけないよ。」と



確かに、私のサラリーマン時代も我慢の連続でした。
16年間勤めましたが、結局適応できずに辞めてしまいました。
こんな世界で定年まで勤め上げる人って、
ある意味、稼ぎ続けるトレーダーさんよりも凄いかもしれません。

category: 無職・仕事

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組織で働くことの煩わしさ  

明日の夜から石川県の両親の田舎へ行きます。


私は無職なので、毎日休みなのですが、
妻は仕事をしています。

明日も夕方まで仕事。
それに加えて、報告書を明日までに作成しなくてはならないらしく
今、自宅で仕事をしています。

社会に出て働くって大変なことなのだと改めて思いました。




会社員時代、嫌だな(無駄だな)と思った事が3つあります。
報告書の作成、会議・打ち合わせ、通勤
この3つについて少し思ったことを書くことにしました。


■報告書

私は製造業の技術系の仕事をしていました。

実験をしたら、その都度レポートを書かなくてはなりませんでした。
また、月に一度ある、部長への報告会用の資料を作成し、
年に数回、役員への報告があったので、報告用のパワーポイントを作成していました。

現場で手を動かすことよりも、
報告用の資料を作っている時間の方が長かったような気がします。

物を作ったり、実験をするのは好きでしたが、
報告書を作成するのは苦手でした。

組織で働くという事は、個々人がやっていることを他の人と共有しなくてはならないので、
報告書は必要なのでしょう。


トレードは一人で完結する仕事なので、
誰かと情報を共有する必要は無く、報告書などは要りません。


ただ、個人的に、日報と売買記録書は作成しています。
これは、誰かに伝えるための報告書というよりも、
自分の備忘録のようなものです。



■会議・打ち合わせ

会社員時代、私が参加する意義のある会議は1割程度だったような気がします。
残りの9割は、居ても居なくてもどうでもいいようなものでした。

ただ、何かあった時に居てもらわなくては困る。
多分、今もそんな事を続けていると思います。
時間の無駄でした。

でも、これも報告書と同様で、組織で1つの事をやり遂げるためには、
逐次、考え方のベクトルを同じにする必要があって、
無くてはならない儀式なのでしょう。

トレードは一人でやるものなので、
会議や打ち合わせをする相手すらいません。
証券会社の担当者と2人で、こっそり内緒の話をするぐらいです。



■通勤

時間と労力の無駄以外の何物でもありませんでした。
でも、私が電車通勤していた時は詰将棋を解いていたような。
使いようによっては、楽しい時間だったり、息抜きできる時間だったりするのかも。

良く駅のホームで会った同僚は、
ヘッドフォンで英語の勉強をしていました。
私は向上心の無い人間だったので、考えられないことでした。


組織で力を合わせて働くためには、
一つの場所に集まって同時に仕事をする方が効率が良いのでしょう。
だから通勤があるのです。

最近は、ネット環境の普及で在宅勤務も増えてきたようですが
そういった人は少数派だと思います。

在宅勤務がもっと増えても良いような気もするのですが、
そうすと仕事をさぼる人が出てくるかもしれません。
(少なくとも、私は上司の目が届かない自宅では、仕事のやる気が出ないかも)
歩合給、出来高制以外の仕事だと難しいのかな。



トレードはネット環境と電話(私の場合)があればどこでもできます。
自宅はもちろんのこと、旅行先のホテルや喫茶店でも。

自宅のパソコンのスイッチを入れれば、直ぐに仕事を始められます。
深酒しても、7:55ギリギリまで寝ていることができるのです。

暑い夏でも、寒い冬でも、通勤が無いので、無駄な体力の消耗もありません。
これが思った以上に大きい。







といった感じで、組織で働くということは意外と面倒なことが多い。
一度こういった環境を獲得してしまうと、なかなか元には戻れない。
そのためにも、トレードを頑張らなくてはと改めて思いました。




日曜日
妻は仕事を家に持ち帰り、リビングで報告書の作成。
私は部屋に掃除機をかけて、台所の洗い物。

5年前までは私が正社員として働いていて、妻は専業主婦だったんだよなあ~
立場が完全に逆転してしまった
と、しみじみ思う日曜日の昼下がりでした。

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暇な時の過ごし方  

この週末も、何もしないで終わりました。
出掛けたのは、土曜日の夜に焼肉を食べに行ったぐらい。

そこでホッピーを飲んだのですが、
外(ホッピー)1に対して、中(焼酎)を4杯飲みました。
いつもは1に対して3杯です。

W320Q75_P1150974.jpg
右が外 ホッピーの瓶で、麦芽飲料が入っています。
左が中 焼酎と氷が入っています。

W320Q75_P1150977.jpg
飲む時は混ぜて飲みます。
無くなったら中(焼酎&氷)だけ注文して、瓶に残った麦芽飲料を追加します。

4杯飲んで、店を出る頃にはフラフラになりました。
それで800円ですから、焼酎は安いです。



今日からまた1週間が始まりました。
1日暇でした。
しばらくは、こんな日々が続きそうです。

午前中、大阪に住んでいるトレーダーさんから電話が掛かってきて、
「暇だけどニックさんは何しているの?」と。


私の場合、トレードが暇な時の過ごし方は
 ①将棋のTV対局見る
 ②本を読む。
 ③都内近郊に散策に出掛ける
 ④昼から飲めるお店を探して、一人で飲みに行く
 ⑤妻の仕事が休みだったら、一緒にランチを食べに行ったり、買い物に行ったり。
 ⑥昼寝
大体、この何れかの組み合わせです。

私の45歳という年齢だと、平日の昼間から付き合ってくれるような同年代の友人は
まずいないので、基本、一人で過ごすことになります。
あとは妻の仕事が休みだったら、彼女に引っ付いて行きます。



明日もトレードは暇になりそうです。
朝からAbemaTVの将棋チャンネルで、名人戦の実況をやっているので、それを見るつもりです。
自宅に居ながら、ネットで名人戦の実況が無料で見れるなんて、
本当に良い時代になりました。

category: 無職・仕事

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友達に働けってしつこく言われて困った (コメントへの返信)  

みんさんコメントありがとうございます。
大変参考になりました。

そして、また色々と考えさせられました。
個別のコメントに対する返信は長くなりそうなので、
今回はまとめてということで。


コメントを読ませて頂いて、まず初めに目に付いたのは
「うらやましい」という言葉です。
私自身は、自分の人生を哀れだと思っていました。


大学院まで親に出させてもらって、
それなりに名の通った企業に勤めていましたが、
30歳過ぎから鬱になり、40歳で職を失いまいました。

仕事を辞めた時は、自分の人生は終わったと思い
死ぬことばかり考えていました。

希死念慮が激しく、精神病院の閉鎖病棟に入院し、
退院後、少し生きる希望が湧いてきて再就職活動を初めました。
しかし、十数社応募するも面接に辿り付けたのは1社のみで、そこも当然不採用。

日銭を稼ぐために、近所にオープンしたコンビニに応募するも
面接の連絡すらも無い。

そういった紆余曲折を経て、会社員時代に趣味でやっていたトレードで
少しづつ生活費を稼げるようになった訳で。

でも、そうやって家族の生活の為にトレードをやってお金を稼いても
子供には「父親は部屋にひきこもって、パソコンに向かって毎日ギャンブルをやっている」
といわれたときは、本当に心が折れそうになったというか、
自分自身が情けなくなりました。



このブログでは、面白おかしく、無職ひきこもりトレーダーの日々を綴っています。
でも、私の心に奥底には、そういった澱んだ重い何かが常に漂っているのです。

私の表面的な日常は、確かに楽しいそうに思われるかもしれません。
昼からお酒を飲んだり、平日に都内を散策したり、ランチを食べに行ったり。

でも、常に自分のこういった生き方に疑問を感じていて、
このままで良いのだろうか?とか、
この先、どうなってしまうのだろうか?とか。
でも、今はこんなことしかできなし、会社員には戻りたくないし、戻れないだろうし。

そいう様々な感情が渦巻いていて、
言葉にはできませんが、鬱屈した何かが常にあるのです。


だから、他の人(先日会った友人や、ブログを読んでくださっている方)から思われている
「お気楽で羨ましいと思われている無職ひきこもり生活」と、
私自身が感じている、
「苦悩から何とか逃れるために、楽しいことを探しながら生きている無職ひきこもり生活」とでは、
かなり温度差があるのだなと感じました。




私が望んでいなかったにしろ、
無職になって、トレードで生活しているというのは事実であって、
そういった現状を受け入れた上で、その境遇を生かして人生を楽しめれば良いと思っています。

その楽しんでいる事の一部が、このブログには書いているので、
このブログを読んで下さっている方に「うらやましい」と思われているのかなとも。

ということを考えると、
久し振りの再会で、数時間しか自分の表面的な近況しか話せない友人には
妬まれても仕方が無いのかなと。

本当は苦し過去もあるのだけど、そんな事を延々と楽しい酒の場で話してもしらけてしまうし、
無職でも、こんな楽しいことがあるんだよ、
という事をちょとでも知ってもらいたいなと思って話したのですが・・・

まあ、今回のことで色々な事が分かったので、これからは気を付けるようにします。



もう少し仕事について書きたいことがあるのだけど、
長くなるのでまたの機会に。

category: 無職・仕事

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トレーダーという仕事について 匿名さんからのコメントへの返信を兼ねて  

匿名さん、コメントありがとうございます。

鍵コメですが、一部コメントの内容を開示させて貰いました。
都合が悪いようでしたら、言って頂ければ消去します。



>奥さんと二人のお子さんを持ちながら、トレードで生活をしている、有りだと思います。
>しかもそれを良しとされている所に潔さを感じます。

私自身、40歳で失業して、再就職先が見つから無くて、
結果的にトレーダーしか収入を得る手段がありませんでした。
選択の余地が無かったので、潔いということは無いです。

それと、家族からの抵抗は物凄くありました。
妻は勿論のこと、当時思春期だった子供に、
「父親はずっと部屋にひきこもって、パソコンに向ってガチャガチャトキーボードを叩いて
 ギャンブルのような株をやっている」と言われました。
流石にその時は、かなりへこみました。

その通りの事なので、反論はできませんでした。
家族ですらそう思っているのですから、
世間一般の人から見るトレーダーという仕事って、かなり風当たりが強いと思います。

だから、こういう事を仕事にするのは、覚悟が必要だと思います。
家族を失っても仕方ないなと。




それは置いておいて、
会社員の仕事というのは大変でした。

匿名さんは、人間関係で色々とお困りだったようですが、
私は仕事自体に興味が持てなかったのと、仕事の拘束時間が長かったことが辛かったです。

製造業で生産技術や工場技術の仕事をしていたのですが、
生産に直結した仕事ですと、深夜までの仕事をいとわない感じでした。

平均して、8:00前に家を出て、帰るのは22時過ぎでしたから、
14時間は毎日会社に拘束されていました。
幸い週休2日で、休日出勤は少なかったのですが、
土日は家族サービスもあったりして、
絶対的に自分の時間が不足していました。


私は一人で過ごすことが大好きななので、
それがかなりのストレスでした。
(じゃあ、何で結婚して、子供を作ったんだという突っ込みは勘弁して下さいね。)

だから、会社帰りに一人で焼き鳥屋とか寿司屋に行って
カウンターで飲む時間が一番落ちつきました。



そういった点では、
トレーダーという仕事は、煩わしい人間関係もありませんし、
(店頭証券と付き合うと、担当者に頭来ることが沢山あります)
自分の裁量で仕事ができるので、休みも自由に取れます。

だれかの指示を受ける訳でも無く、ノルマだってありません。
損をしても、自分のお金ですから、人から咎められることも無いのです。
そいう点が、この仕事の魅力だと思います。

ただ、大損をした時に、愚痴を言う相手が居ないのが玉に瑕です。
一人で全てを抱えなくてはなりません。
また、分から無い事、困った事があっても、基本的には自分一人で解決しなくてはなりません。
身近に助けてくれる同僚はいないのです。



しかし、どんな仕事であっても、良い点と悪い点はあります。
一人でコツコツと考えたり、作業するのが好きな人には、とても良い仕事だと思います。

私は自分の裁量で自由にできるとういう点がとても好きです。
上司に指示されて、やりたくも無い仕事を嫌々こなすのは
自分には合わなかったので・・・
会社員という生き方が、私には合わなかったのでしょう。

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無職歴 5年目に突入! その3  

その2からの続きです。



■無職4年目

無職3年目は、トレードも無職生活も充実していましたが、
4年目の今年は少し様相が違いました。

3年目の時は、毎日自由に過ごして、無職生活を謳歌していましたが、
そんな生活にも少し飽きが来たように思います。
「新しい何かを始めたい」
それは、仕事でも、趣味でも、運動でも何でも良いと思ったのですが、
でも、新しいことを始めるのにはエネルギーが必要で、
何となく、ダラダラと無職生活を続けてしまった感じです。


それでも、目覚ましを掛けること無く、朝自然と目が覚めて、
起きてから、今日は1日何をしようかと考える。
何もしたく無ければ、家でじっとしている。
気が向いて、どこかへ出かけたくなったら出掛ける。

トレードも、私は毎日はしていません。
稼げそうだったらやって、ダメそうだったら休む。

自分の裁量で、1日の時間の使い方を決められる生活は本当に素晴らしいと思っています。
ストレスなんて溜まるはずがありません。

会社員時代は、毎日朝起きるのが辛かったです。
玄関を出るとストレスからえずいたり。

8:00前~22:00過ぎまで週5日会社に拘束されて、
自由な時間は全くありませんでした。

こんな奴隷のような生活と引き換えに、
毎月決まった給料と、ボーナスを貰っていたのです。
沢山のお金を貰ったとしても、もうあんな生活は二度と御免です。



無職4年目、専業生活3年目の今年は、トレードの成績は不調でした。
年前半は全く稼げず、5月頃までは生活費は持ち出しだったと思います。

6月は稼げない焦りから、普段やらないような大型株のデイトレをやって
心身共に疲弊していたと思います。
この時に、お金の為にトレードをするのは止めようと思って、
また元のスタイルに戻しました。

今年の収入は昨年には到底及びませんでしたが、
それでも生活費程度は稼げたので満足しています。


正直言って、トレードで収入を得られる生活が3年も続けられると思っていませんでした。
専業トレーダー生活を始めたのが、アベノミクスの中終盤の時期だったので、
環境に恵まれただけだと思います。
もし仕事を辞めたのが、リーマンショックの前後だったら、コテンパンにヤラレていたでしょう。
つくづく、自分は運が良かったのだなと。



こんな感じで、4年間の無職ひきこもりトレーダー生活を続けてきて
12月から5年目を迎えました。

色々文句を言いながらも、こんな生活を続けるのも悪くはないな~と
最近思いはじめています。


おしまい

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無職歴 5年目に突入! その2  

無職にってからの4年間の出来事を
サラサラっと書こうと思ったのですが
色々な事を思い出したら長くなってしまいました。
その1からの続きです。



■無職3年目

無職は自由で楽しいといイメージがあると思いますが、
私の場合、1年目は鬱で寝たきり、希死念慮があり精神病院に入院と
全く楽しいことがありませんでした。

そして、無職2年目にやっと鬱が回復して、生きる気力が出て来たのですが、
今度は生活を立て直すために、仕事を探したり、生活費を得る手段を考えたりと
無職を楽しむ余裕は全くありませんでした。


無職2年目に、専業トレーダーとして生活費が稼げるようになり、
3年目には、少し生活にゆとりが出てきて、
自分がやってみたかった事、好きな事に使える時間が増えました。


私は子供の頃から将棋が好きでしたがが、
会社員時代は将棋を楽しむ時間的な余裕もなくて、しばらく遠ざかっていました。
そこで、この年にケーブルTVと契約して、囲碁・将棋チャンネルを見れるようにしました。

本当は日中、日経CNBCを流しっ放しにしてトレードをしようと思っていたのですが、
囲碁将棋チャンネルを見ている時間の方が長かったかもしれません。


それから、旅行にも沢山行きました。
一人で京都・大阪・岡山へ行ったり、友人に韓国・名古屋に連れて行った貰ったり。

これまでに行ったことの無い、見知らぬ土地に行くというのは、とても刺激になり、
自分の知見も広がったと思います。
普段はずっと部屋にひきこもっているので、良い運動にもなりました。



トレードの方は、前年の成功から、ロットを大きくして勝負するようになって、
それが良い方向に行ったと思います。

それと、自分のやり方のアドバイスを貰うため、
過去に付き合いのあったトレーダーさんに積極的に会いに行きました。
私のトレードは、独学、自己流なので、人からアドバイスを貰うということは
とても役に立ちました。

専業トレーダー2年目も無事、サラリーマン時代と同等の収入を得る事ができました。
私生活でも、読書を存分にしたり、将棋を楽しんだり、あちこち旅行に行ったり
3年目にして、初めて無職という境遇を楽しんだと思います。


トレードで生活できているという精神的な余裕や、
金銭的にも余裕ができたことも後押しになったと思います。
何だかんだ言っても、お金は大切なのだなと。



これから昼食を食べに出掛けてきます。
続きはまた後ほど。

その3に続く

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無職歴 5年目に突入! その1  

昨日から12月になりました。
そして、私の無職ひきこもり生活も5年目を迎えました。


丁度4年前の11月30日に16年間勤めていた会社を辞めました。
鬱になり休職して、その後復職できず、自宅でその日を迎えました。
あれから4年。
時が経つのは早いです。


今日は、無職になってからの4年間を振り返ってみようと思います。



■無職1年目

休職中からずっとなのですが、鬱のため家で寝たきりでした。

私が職を失ってから、ずっと専業主婦だった妻がパートで働き始めました。
妻は8時前に家を出ます。
その時、私は布団の中で玄関の扉が閉まる音で目を覚まします。
そして、また眠りにつきます。

午前中でパートを終えた妻が、14時前に自宅に帰ってきます。
そこでまた目を覚まします。
本当はまだ寝ていたいのですが、働いている妻に申し訳ないと思って嫌々起きます。
寝るのはいつも0時だったので、毎日14時間は寝ていました。

とにかく起きているのが辛かった。
今置かれている状況、先々のことを考えることが嫌で、思考を停止させたかった。
だから、眠るしかなかったのだと思います。

そのうち、死ぬことを考えるようになりました。
16年間続けてきた仕事を失って、
この先、どう生活をしたらいいのか途方に暮れていました。

仕事をする気力も無い。
家族を養うことはもう出来ない。
自分は何の役にも立たない。
生きる価値が無い人間だ。
生きているのが辛い。

毎日、夜寝る前に、明日こそは死のうと思うのですが、
翌日、行動を起こそうとしても怖くて死ねない。
そんな日々が延々と続いていました。

あまりにも辛くて、かかっていた精神科の先生に話をするのですが、
飲む薬の量が増えるだけ、何の解決策も見つかりませんでした。
そして、精神病院の閉鎖病棟に入院しました。



■無職2年目

精神病院には3ヶ月間入院しました。
そこで、沢山の人と出会って、色々な話をしました。
そして、様々な生き方や人生があるということが分かりました。

精神病院から退院する頃には、気持ちも落ち着いてきて、
生きる気力が湧いてきました。
この頃から死ぬことは考えなくなりました。

退院後、すぐに再就職活動を始め、
ハローワークや、退職した会社が斡旋してくれた再就職支援会社に通う日々が続きました。
そして、再就職先が見つかるまでの繋ぎとして、趣味だった株の売買を再開しました。

しかし、再就職活動は連戦連敗。
十数社応募するも、面接まで辿り着けたのは1社のみで、
書類選考すら通らないといった燦々たる結果でした。

とどめは近所の新規にオープンしたコンビニに
ネットで応募するも返信が無く、
40代からの再就職は厳しいのだなと、改めて感じました。

一方、年初より小遣い稼ぎの為に始めたトレードは好調で、
23インチモニターを2台増設し、
「もしかしたら、これで生活費を稼げるかも?」
という手応えを感じはじめました。

この年の9月より、再就職活動は諦め、トレード専念することにしました。
この年2014年は、終わってみれば、
会社員時代と同等の収入をトレードで得る事ができました。


そういえば、精神病院を退院して暫くしてから
10年間飲み続けていた精神薬を断薬しました。
離脱作用に苦しめられましたが、今は全く精神薬を必要としなくなりました。
毎日、ストレスの無い生活を送っているのだから当たり前か。



軽く書こうと思ったけど、
長くなってしまったので、続きはまた明日書きます。

その2に続く

category: 無職・仕事

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嫌な事からは、徹底的に逃げた方が良いと思う  

いじめが原因で、自らの命を絶つ学生がいます。
長時間労働、パワハラが原因で、自ら命を絶つ若者がいます。

そんなニュースを耳にする度に、切なくなります。胸が痛みます。



学校でいじめられていて辛い。
であれば、学校になんて行かなくて良いと思います。
学校に行ったからと言って、幸せになるとは限りません。

学校に行かなくたって、生きていきます。
色々な道はあるのです。

しかし、色々な道があることを
若い人達は知りません。
そして、そいう事は、学校の先生や、親たちは教えてくれません。


もしかしたら、そういう広い世界が有ることを、
先生も、親もしらないのかもしれません。
それは、先生も、親も、狭い世界でずっと生きているからかもしれません。




有名大学を出て、一流企業に入社する。

凄く勉強をしたのでしょう。
大変な就職戦線を勝ち抜いて来たのでしょう。

人生苦労して、やっと手に入れた地位です。
手放したく無い気持ちは分かります。

でも、長時間労働や、上司からのパワハラが嫌なら、
あっさり手放した方が良いと思います。
思い詰めて、自らの命を絶つことはありません。


若ければ、色々な道はあります。
自分が思っている以上に、世の中は広いです。
幸せの道は沢山あります。



幸せって何ですか?

お金持ちになること?
世間的に名の知れている一流会社に就職して、出世していくこと?
綺麗な奥さんと結婚すること?
ステースのある、旦那さんを見つけること?
大きな家、タワーマンションに住むこと?

そうではないと思います。


私にとっての幸せは、
毎日ストレスなく生きていくこと。
好きな事、やりたい事をして生きていく事。
ただ、それだけです。



でも、そんな生活を手に入れるのは難しいとみんな言います。
私は、そんなことは無いと思います。
だれでも、手に入れられると思います。



手に入れない人、
それは、執着心のある人です。

苦労して、入社でした正社員の地位を捨てられない。
今まで住んでいた、都心のマイホームを手放したくない。
妻や子供に迷惑を掛けられない。
学校を出してくれた親に申し訳ない。
学生時代の友人はどう思うだろうか。
近所の人に合わせる顔が無い。


そういった、自分のプライドを全て捨てられれば、
自由になれると思います。




今までのしがらみとか、プライドを捨てて
初めて広い世の中を見ることができます。


学校なんて行かなくても、生きていは行けます。
有名大学を出て、一流企業の正社員の職を捨てても、幸せになれる道はあります。


この道しかない、こう生きなくてはいけない。
そうは思うことはありません。
世の中、自分が思っているよりも広いです。
色々な道があります。


だから、自ら命を絶つ前に、色々考えてもらいたいです。

世間の求める幸せと、
自分が求める幸せは違います。

自分の幸せは、自分で決めた方が良いと思います。
世間の価値感や、他人の価値感にとらわれる必要はありません。
自分が心地良いと思える時間が得られれば、それで良いのです。


ちょっと酔っていて、とりとめの無い事を書いてしましました。



追記です

どんなに学校が注意しても、いじめが無くなることは無いと思います。
どんなに規制をしようと、長時間労働やパワハラは無くなることはないと思います。

だから、そんな人のいる、学校や、会社からは
自らの意思で離れるしかないのです。

自分の身は、自分で守るしかありません。
嫌な事からは、徹底的に逃げるべきです。

category: 無職・仕事

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