無職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。無職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

暇な時の過ごし方  

この週末も、何もしないで終わりました。
出掛けたのは、土曜日の夜に焼肉を食べに行ったぐらい。

そこでホッピーを飲んだのですが、
外(ホッピー)1に対して、中(焼酎)を4杯飲みました。
いつもは1に対して3杯です。

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右が外 ホッピーの瓶で、麦芽飲料が入っています。
左が中 焼酎と氷が入っています。

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飲む時は混ぜて飲みます。
無くなったら中(焼酎&氷)だけ注文して、瓶に残った麦芽飲料を追加します。

4杯飲んで、店を出る頃にはフラフラになりました。
それで800円ですから、焼酎は安いです。



今日からまた1週間が始まりました。
1日暇でした。
しばらくは、こんな日々が続きそうです。

午前中、大阪に住んでいるトレーダーさんから電話が掛かってきて、
「暇だけどニックさんは何しているの?」と。


私の場合、トレードが暇な時の過ごし方は
 ①将棋のTV対局見る
 ②本を読む。
 ③都内近郊に散策に出掛ける
 ④昼から飲めるお店を探して、一人で飲みに行く
 ⑤妻の仕事が休みだったら、一緒にランチを食べに行ったり、買い物に行ったり。
 ⑥昼寝
大体、この何れかの組み合わせです。

私の45歳という年齢だと、平日の昼間から付き合ってくれるような同年代の友人は
まずいないので、基本、一人で過ごすことになります。
あとは妻の仕事が休みだったら、彼女に引っ付いて行きます。



明日もトレードは暇になりそうです。
朝からAbemaTVの将棋チャンネルで、名人戦の実況をやっているので、それを見るつもりです。
自宅に居ながら、ネットで名人戦の実況が無料で見れるなんて、
本当に良い時代になりました。
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category: 無職・仕事

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友達に働けってしつこく言われて困った (コメントへの返信)  

みんさんコメントありがとうございます。
大変参考になりました。

そして、また色々と考えさせられました。
個別のコメントに対する返信は長くなりそうなので、
今回はまとめてということで。


コメントを読ませて頂いて、まず初めに目に付いたのは
「うらやましい」という言葉です。
私自身は、自分の人生を哀れだと思っていました。


大学院まで親に出させてもらって、
それなりに名の通った企業に勤めていましたが、
30歳過ぎから鬱になり、40歳で職を失いまいました。

仕事を辞めた時は、自分の人生は終わったと思い
死ぬことばかり考えていました。

希死念慮が激しく、精神病院の閉鎖病棟に入院し、
退院後、少し生きる希望が湧いてきて再就職活動を初めました。
しかし、十数社応募するも面接に辿り付けたのは1社のみで、そこも当然不採用。

日銭を稼ぐために、近所にオープンしたコンビニに応募するも
面接の連絡すらも無い。

そういった紆余曲折を経て、会社員時代に趣味でやっていたトレードで
少しづつ生活費を稼げるようになった訳で。

でも、そうやって家族の生活の為にトレードをやってお金を稼いても
子供には「父親は部屋にひきこもって、パソコンに向かって毎日ギャンブルをやっている」
といわれたときは、本当に心が折れそうになったというか、
自分自身が情けなくなりました。



このブログでは、面白おかしく、無職ひきこもりトレーダーの日々を綴っています。
でも、私の心に奥底には、そういった澱んだ重い何かが常に漂っているのです。

私の表面的な日常は、確かに楽しいそうに思われるかもしれません。
昼からお酒を飲んだり、平日に都内を散策したり、ランチを食べに行ったり。

でも、常に自分のこういった生き方に疑問を感じていて、
このままで良いのだろうか?とか、
この先、どうなってしまうのだろうか?とか。
でも、今はこんなことしかできなし、会社員には戻りたくないし、戻れないだろうし。

そいう様々な感情が渦巻いていて、
言葉にはできませんが、鬱屈した何かが常にあるのです。


だから、他の人(先日会った友人や、ブログを読んでくださっている方)から思われている
「お気楽で羨ましいと思われている無職ひきこもり生活」と、
私自身が感じている、
「苦悩から何とか逃れるために、楽しいことを探しながら生きている無職ひきこもり生活」とでは、
かなり温度差があるのだなと感じました。




私が望んでいなかったにしろ、
無職になって、トレードで生活しているというのは事実であって、
そういった現状を受け入れた上で、その境遇を生かして人生を楽しめれば良いと思っています。

その楽しんでいる事の一部が、このブログには書いているので、
このブログを読んで下さっている方に「うらやましい」と思われているのかなとも。

ということを考えると、
久し振りの再会で、数時間しか自分の表面的な近況しか話せない友人には
妬まれても仕方が無いのかなと。

本当は苦し過去もあるのだけど、そんな事を延々と楽しい酒の場で話してもしらけてしまうし、
無職でも、こんな楽しいことがあるんだよ、
という事をちょとでも知ってもらいたいなと思って話したのですが・・・

まあ、今回のことで色々な事が分かったので、これからは気を付けるようにします。



もう少し仕事について書きたいことがあるのだけど、
長くなるのでまたの機会に。

category: 無職・仕事

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トレーダーという仕事について 匿名さんからのコメントへの返信を兼ねて  

匿名さん、コメントありがとうございます。

鍵コメですが、一部コメントの内容を開示させて貰いました。
都合が悪いようでしたら、言って頂ければ消去します。



>奥さんと二人のお子さんを持ちながら、トレードで生活をしている、有りだと思います。
>しかもそれを良しとされている所に潔さを感じます。

私自身、40歳で失業して、再就職先が見つから無くて、
結果的にトレーダーしか収入を得る手段がありませんでした。
選択の余地が無かったので、潔いということは無いです。

それと、家族からの抵抗は物凄くありました。
妻は勿論のこと、当時思春期だった子供に、
「父親はずっと部屋にひきこもって、パソコンに向ってガチャガチャトキーボードを叩いて
 ギャンブルのような株をやっている」と言われました。
流石にその時は、かなりへこみました。

その通りの事なので、反論はできませんでした。
家族ですらそう思っているのですから、
世間一般の人から見るトレーダーという仕事って、かなり風当たりが強いと思います。

だから、こういう事を仕事にするのは、覚悟が必要だと思います。
家族を失っても仕方ないなと。




それは置いておいて、
会社員の仕事というのは大変でした。

匿名さんは、人間関係で色々とお困りだったようですが、
私は仕事自体に興味が持てなかったのと、仕事の拘束時間が長かったことが辛かったです。

製造業で生産技術や工場技術の仕事をしていたのですが、
生産に直結した仕事ですと、深夜までの仕事をいとわない感じでした。

平均して、8:00前に家を出て、帰るのは22時過ぎでしたから、
14時間は毎日会社に拘束されていました。
幸い週休2日で、休日出勤は少なかったのですが、
土日は家族サービスもあったりして、
絶対的に自分の時間が不足していました。


私は一人で過ごすことが大好きななので、
それがかなりのストレスでした。
(じゃあ、何で結婚して、子供を作ったんだという突っ込みは勘弁して下さいね。)

だから、会社帰りに一人で焼き鳥屋とか寿司屋に行って
カウンターで飲む時間が一番落ちつきました。



そういった点では、
トレーダーという仕事は、煩わしい人間関係もありませんし、
(店頭証券と付き合うと、担当者に頭来ることが沢山あります)
自分の裁量で仕事ができるので、休みも自由に取れます。

だれかの指示を受ける訳でも無く、ノルマだってありません。
損をしても、自分のお金ですから、人から咎められることも無いのです。
そいう点が、この仕事の魅力だと思います。

ただ、大損をした時に、愚痴を言う相手が居ないのが玉に瑕です。
一人で全てを抱えなくてはなりません。
また、分から無い事、困った事があっても、基本的には自分一人で解決しなくてはなりません。
身近に助けてくれる同僚はいないのです。



しかし、どんな仕事であっても、良い点と悪い点はあります。
一人でコツコツと考えたり、作業するのが好きな人には、とても良い仕事だと思います。

私は自分の裁量で自由にできるとういう点がとても好きです。
上司に指示されて、やりたくも無い仕事を嫌々こなすのは
自分には合わなかったので・・・
会社員という生き方が、私には合わなかったのでしょう。

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無職歴 5年目に突入! その3  

その2からの続きです。



■無職4年目

無職3年目は、トレードも無職生活も充実していましたが、
4年目の今年は少し様相が違いました。

3年目の時は、毎日自由に過ごして、無職生活を謳歌していましたが、
そんな生活にも少し飽きが来たように思います。
「新しい何かを始めたい」
それは、仕事でも、趣味でも、運動でも何でも良いと思ったのですが、
でも、新しいことを始めるのにはエネルギーが必要で、
何となく、ダラダラと無職生活を続けてしまった感じです。


それでも、目覚ましを掛けること無く、朝自然と目が覚めて、
起きてから、今日は1日何をしようかと考える。
何もしたく無ければ、家でじっとしている。
気が向いて、どこかへ出かけたくなったら出掛ける。

トレードも、私は毎日はしていません。
稼げそうだったらやって、ダメそうだったら休む。

自分の裁量で、1日の時間の使い方を決められる生活は本当に素晴らしいと思っています。
ストレスなんて溜まるはずがありません。

会社員時代は、毎日朝起きるのが辛かったです。
玄関を出るとストレスからえずいたり。

8:00前~22:00過ぎまで週5日会社に拘束されて、
自由な時間は全くありませんでした。

こんな奴隷のような生活と引き換えに、
毎月決まった給料と、ボーナスを貰っていたのです。
沢山のお金を貰ったとしても、もうあんな生活は二度と御免です。



無職4年目、専業生活3年目の今年は、トレードの成績は不調でした。
年前半は全く稼げず、5月頃までは生活費は持ち出しだったと思います。

6月は稼げない焦りから、普段やらないような大型株のデイトレをやって
心身共に疲弊していたと思います。
この時に、お金の為にトレードをするのは止めようと思って、
また元のスタイルに戻しました。

今年の収入は昨年には到底及びませんでしたが、
それでも生活費程度は稼げたので満足しています。


正直言って、トレードで収入を得られる生活が3年も続けられると思っていませんでした。
専業トレーダー生活を始めたのが、アベノミクスの中終盤の時期だったので、
環境に恵まれただけだと思います。
もし仕事を辞めたのが、リーマンショックの前後だったら、コテンパンにヤラレていたでしょう。
つくづく、自分は運が良かったのだなと。



こんな感じで、4年間の無職ひきこもりトレーダー生活を続けてきて
12月から5年目を迎えました。

色々文句を言いながらも、こんな生活を続けるのも悪くはないな~と
最近思いはじめています。


おしまい

category: 無職・仕事

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無職歴 5年目に突入! その2  

無職にってからの4年間の出来事を
サラサラっと書こうと思ったのですが
色々な事を思い出したら長くなってしまいました。
その1からの続きです。



■無職3年目

無職は自由で楽しいといイメージがあると思いますが、
私の場合、1年目は鬱で寝たきり、希死念慮があり精神病院に入院と
全く楽しいことがありませんでした。

そして、無職2年目にやっと鬱が回復して、生きる気力が出て来たのですが、
今度は生活を立て直すために、仕事を探したり、生活費を得る手段を考えたりと
無職を楽しむ余裕は全くありませんでした。


無職2年目に、専業トレーダーとして生活費が稼げるようになり、
3年目には、少し生活にゆとりが出てきて、
自分がやってみたかった事、好きな事に使える時間が増えました。


私は子供の頃から将棋が好きでしたがが、
会社員時代は将棋を楽しむ時間的な余裕もなくて、しばらく遠ざかっていました。
そこで、この年にケーブルTVと契約して、囲碁・将棋チャンネルを見れるようにしました。

本当は日中、日経CNBCを流しっ放しにしてトレードをしようと思っていたのですが、
囲碁将棋チャンネルを見ている時間の方が長かったかもしれません。


それから、旅行にも沢山行きました。
一人で京都・大阪・岡山へ行ったり、友人に韓国・名古屋に連れて行った貰ったり。

これまでに行ったことの無い、見知らぬ土地に行くというのは、とても刺激になり、
自分の知見も広がったと思います。
普段はずっと部屋にひきこもっているので、良い運動にもなりました。



トレードの方は、前年の成功から、ロットを大きくして勝負するようになって、
それが良い方向に行ったと思います。

それと、自分のやり方のアドバイスを貰うため、
過去に付き合いのあったトレーダーさんに積極的に会いに行きました。
私のトレードは、独学、自己流なので、人からアドバイスを貰うということは
とても役に立ちました。

専業トレーダー2年目も無事、サラリーマン時代と同等の収入を得る事ができました。
私生活でも、読書を存分にしたり、将棋を楽しんだり、あちこち旅行に行ったり
3年目にして、初めて無職という境遇を楽しんだと思います。


トレードで生活できているという精神的な余裕や、
金銭的にも余裕ができたことも後押しになったと思います。
何だかんだ言っても、お金は大切なのだなと。



これから昼食を食べに出掛けてきます。
続きはまた後ほど。

その3に続く

category: 無職・仕事

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無職歴 5年目に突入! その1  

昨日から12月になりました。
そして、私の無職ひきこもり生活も5年目を迎えました。


丁度4年前の11月30日に16年間勤めていた会社を辞めました。
鬱になり休職して、その後復職できず、自宅でその日を迎えました。
あれから4年。
時が経つのは早いです。


今日は、無職になってからの4年間を振り返ってみようと思います。



■無職1年目

休職中からずっとなのですが、鬱のため家で寝たきりでした。

私が職を失ってから、ずっと専業主婦だった妻がパートで働き始めました。
妻は8時前に家を出ます。
その時、私は布団の中で玄関の扉が閉まる音で目を覚まします。
そして、また眠りにつきます。

午前中でパートを終えた妻が、14時前に自宅に帰ってきます。
そこでまた目を覚まします。
本当はまだ寝ていたいのですが、働いている妻に申し訳ないと思って嫌々起きます。
寝るのはいつも0時だったので、毎日14時間は寝ていました。

とにかく起きているのが辛かった。
今置かれている状況、先々のことを考えることが嫌で、思考を停止させたかった。
だから、眠るしかなかったのだと思います。

そのうち、死ぬことを考えるようになりました。
16年間続けてきた仕事を失って、
この先、どう生活をしたらいいのか途方に暮れていました。

仕事をする気力も無い。
家族を養うことはもう出来ない。
自分は何の役にも立たない。
生きる価値が無い人間だ。
生きているのが辛い。

毎日、夜寝る前に、明日こそは死のうと思うのですが、
翌日、行動を起こそうとしても怖くて死ねない。
そんな日々が延々と続いていました。

あまりにも辛くて、かかっていた精神科の先生に話をするのですが、
飲む薬の量が増えるだけ、何の解決策も見つかりませんでした。
そして、精神病院の閉鎖病棟に入院しました。



■無職2年目

精神病院には3ヶ月間入院しました。
そこで、沢山の人と出会って、色々な話をしました。
そして、様々な生き方や人生があるということが分かりました。

精神病院から退院する頃には、気持ちも落ち着いてきて、
生きる気力が湧いてきました。
この頃から死ぬことは考えなくなりました。

退院後、すぐに再就職活動を始め、
ハローワークや、退職した会社が斡旋してくれた再就職支援会社に通う日々が続きました。
そして、再就職先が見つかるまでの繋ぎとして、趣味だった株の売買を再開しました。

しかし、再就職活動は連戦連敗。
十数社応募するも、面接まで辿り着けたのは1社のみで、
書類選考すら通らないといった燦々たる結果でした。

とどめは近所の新規にオープンしたコンビニに
ネットで応募するも返信が無く、
40代からの再就職は厳しいのだなと、改めて感じました。

一方、年初より小遣い稼ぎの為に始めたトレードは好調で、
23インチモニターを2台増設し、
「もしかしたら、これで生活費を稼げるかも?」
という手応えを感じはじめました。

この年の9月より、再就職活動は諦め、トレード専念することにしました。
この年2014年は、終わってみれば、
会社員時代と同等の収入をトレードで得る事ができました。


そういえば、精神病院を退院して暫くしてから
10年間飲み続けていた精神薬を断薬しました。
離脱作用に苦しめられましたが、今は全く精神薬を必要としなくなりました。
毎日、ストレスの無い生活を送っているのだから当たり前か。



軽く書こうと思ったけど、
長くなってしまったので、続きはまた明日書きます。

その2に続く

category: 無職・仕事

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嫌な事からは、徹底的に逃げた方が良いと思う  

いじめが原因で、自らの命を絶つ学生がいます。
長時間労働、パワハラが原因で、自ら命を絶つ若者がいます。

そんなニュースを耳にする度に、切なくなります。胸が痛みます。



学校でいじめられていて辛い。
であれば、学校になんて行かなくて良いと思います。
学校に行ったからと言って、幸せになるとは限りません。

学校に行かなくたって、生きていきます。
色々な道はあるのです。

しかし、色々な道があることを
若い人達は知りません。
そして、そいう事は、学校の先生や、親たちは教えてくれません。


もしかしたら、そういう広い世界が有ることを、
先生も、親もしらないのかもしれません。
それは、先生も、親も、狭い世界でずっと生きているからかもしれません。




有名大学を出て、一流企業に入社する。

凄く勉強をしたのでしょう。
大変な就職戦線を勝ち抜いて来たのでしょう。

人生苦労して、やっと手に入れた地位です。
手放したく無い気持ちは分かります。

でも、長時間労働や、上司からのパワハラが嫌なら、
あっさり手放した方が良いと思います。
思い詰めて、自らの命を絶つことはありません。


若ければ、色々な道はあります。
自分が思っている以上に、世の中は広いです。
幸せの道は沢山あります。



幸せって何ですか?

お金持ちになること?
世間的に名の知れている一流会社に就職して、出世していくこと?
綺麗な奥さんと結婚すること?
ステースのある、旦那さんを見つけること?
大きな家、タワーマンションに住むこと?

そうではないと思います。


私にとっての幸せは、
毎日ストレスなく生きていくこと。
好きな事、やりたい事をして生きていく事。
ただ、それだけです。



でも、そんな生活を手に入れるのは難しいとみんな言います。
私は、そんなことは無いと思います。
だれでも、手に入れられると思います。



手に入れない人、
それは、執着心のある人です。

苦労して、入社でした正社員の地位を捨てられない。
今まで住んでいた、都心のマイホームを手放したくない。
妻や子供に迷惑を掛けられない。
学校を出してくれた親に申し訳ない。
学生時代の友人はどう思うだろうか。
近所の人に合わせる顔が無い。


そういった、自分のプライドを全て捨てられれば、
自由になれると思います。




今までのしがらみとか、プライドを捨てて
初めて広い世の中を見ることができます。


学校なんて行かなくても、生きていは行けます。
有名大学を出て、一流企業の正社員の職を捨てても、幸せになれる道はあります。


この道しかない、こう生きなくてはいけない。
そうは思うことはありません。
世の中、自分が思っているよりも広いです。
色々な道があります。


だから、自ら命を絶つ前に、色々考えてもらいたいです。

世間の求める幸せと、
自分が求める幸せは違います。

自分の幸せは、自分で決めた方が良いと思います。
世間の価値感や、他人の価値感にとらわれる必要はありません。
自分が心地良いと思える時間が得られれば、それで良いのです。


ちょっと酔っていて、とりとめの無い事を書いてしましました。



追記です

どんなに学校が注意しても、いじめが無くなることは無いと思います。
どんなに規制をしようと、長時間労働やパワハラは無くなることはないと思います。

だから、そんな人のいる、学校や、会社からは
自らの意思で離れるしかないのです。

自分の身は、自分で守るしかありません。
嫌な事からは、徹底的に逃げるべきです。

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「楽して稼ぐ」ということについて  

先日、息子が妻に、
「オークションで自分の物を売りたい」
と相談してきたそうです。

妻は息子に
「早いうちから、楽して稼ぐことを覚えて欲しく無い」
「だから、まだ早い」
と言ったそうです。

オークションで物を売ることは、
楽してお金を得る事なのでしょうか?

私はそうは思いません。




私は株主優待が好きで、優待を取得して、
飲食店などでは優待券で支払います。

そして、妻は私に言います。
「優待券を使う所は、子供には見せないで欲しい」と

何で?と聞いたら
「楽して食事ができると思わせたくないから」

そうなのかな?
何でそう思うのかな?
とても不思議に思いました。





世の中、楽して稼ぐことのできる事(仕事)はあるのでしょうか?

私は無いと思います。


例えば、息子のやりたいと言っているオークションの場合、
出品する品物を考えたり、品物の写真を撮ったり、発送したり、
結構、手間と労力がかかると思います。

私も、株主優待で取得した優待券を、
オークションで売ることを考えた時期がありましたが、
手間がかかりそうで、面倒なのでやめました。

だから決して、オークションでお金を稼ぐことは
楽して稼ぐことでは無いと思います。



そして株主優待

私は、株主優待が好きで、
他の方のブログも参考にさせて貰っているのですが、
そういった方の中には、9月だけで70~80銘柄、しかも複数名義で
権利を取得されている方がおりました。

これ、凄い大変なことです。
クロスで取得しているようなので、
数百回の注文を入れる必要があります。

そして、一般信用を利用する場合には、
常に在庫が無いか、監視している必要があります。
SBIの場合、争奪戦もあるようですし。

私から考えると、気の遠くなるよな作業や時間です。
だから、優待を取得するという事は
決して楽だとは思いません。



妻は、オークションをやったことも無いですし、株主優待を取得したこともありません。
そういった、やったことが無い人に、
想像やイメージだけで、「楽をしてお金を得ている」と思われることに対し
ひどく憤りを覚えます。


本人にはまだ言っていませんが、
機会があるときに、このブログに書い事を話そうと思います。






私は思うのですが、
世の中、楽してお金を得られることなど無いのではないかなと。


ただ、楽(らく)してでは無く
楽(たの)しくお金を得る方法は幾らでもあると思います。

先の株主優待を80銘柄近く取得している人は、
私から見れば、大変な作業だろうなと思うのですが、
本人は楽しいからやっているに過ぎないのです。
辛かったら、そんなことはやらないでしょうから。




本日の結論

■世の中、楽して稼げることは無いと思う。
■楽しく稼げることは、世の中に沢山ある。
■やったことの無い人間に、楽して稼いると決めつけられることに憤りを覚える。

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仕事を辞める覚悟について 後編   

今日も缶ビールと缶チューハイ飲んで、
頭が回らないのですが、
昨日の続きを書こうと思います。


前回からの続き
仕事を辞める覚悟について 前編


サラリーマン時代、何度も仕事を辞めたいと思いました。

今思うと、何で辞めなかったのか不思議です。
意気地が無かったのですかね?
守るものが多過ぎた?
(社会的地位、安定した収入・・・)
まあ、今となってはどうでも良いものなんですけど。




で、日立を辞めた彼は、辞めたのは正解だと思います。
合わないと思う会社に、無理をして居続けるのは
お互い(本人と会社)の為になりません。


では、彼に何が欠けていたかというと、
「転職先が合わなかった時どうするか?」を考えていなかったことです。

自分が嫌だと思っていた会社を退職して、
次の新天地は、良いに決まっている。
明るい未来を疑う余地はありません。

しかし、決めつけるのは恐ろしいことです。
だって、未来のことなんて予測不可能じゃないですか?
良いのか、悪いのか、分からない。



これ、トレードも同じなんですよね。
自分で色々分析して、考えに考え抜いて、準備を万端にして、
大儲け間違い無しと思って、
パソコンに向かって、注文を発注する。「ポチ」

誰しもが、儲かると思ってトレードをします。
損すると思ってトレードをする人は誰もいません。

しかし、それだけ準備をして、考え抜いて、時間を使っても
その殆どが上手く行きません。

あららら。
じゃあ、トレードやる意味ないじゃん。



大切なのは、
「上手く行かなかった時の準備をどれだけしているか」
なのです。




話を元に戻しますが、
日立を退職しは彼は、転職が成功することを信じ切っていたのでしょう。
しかし、人生、自分の思うように行かないことの方が多いのです。
(若い人は分からないかもしれませんが、色々な経験をしてきた中高年の方なら分かりますよね)


彼は転職した時に、
「もしダメだった時にどうするのか?」
リスクシナリオを考えていなかったのでしょう。

リスクシナリオを考えていたならば、
「土下座してでも日立に戻りたい…」
とは思わないはずです。

だって、嫌で辞めた会社ですから、
何かしら、自分が耐え難いと思う問題があったのでしょう。
戻るという選択支は、普通ならありえません。





トレードで失敗する人も、
このリスクシナリオを考えずに取り引きしている人が多いです。

自分は儲かるに違いない。
こんなはずじゃなかった。
損切りできない。

そして、そのままズルズル損失が膨らんでいく。
ダメだった時の事を考えていない典型的な例です。



自分の信じた通りに運ぶ人生ならば、
みんながハッピーになれますが、そんなことは全く無いです。


だから、ダメだった時に、どう対処するか。
それを常に考えて、生きて行くことが大切だと思います。

トレードも同じ。
自分の思うように株価が動かなかた時に、どう対処するかを常に考える。
これが、トレードで一番大事なことです。
ここに、時間と頭を使うべきです。




人生も、トレードも通じるとことが多いです。

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仕事を辞める覚悟について 前編  

今日は、サラリーマンを辞める覚悟について、書こうと思っていたのですが、
月、火、水と3日間プチ禁酒していて、
久し振りに米焼酎ロックで飲んだら
ガツンと酔ってしまって、頭がまわらず書けません。


でも、書けるところまで書こうと思います。

元ネタはこれです。
日立技術者「優秀な技術者たちよ!俺を見習ってクソ会社から転職せよ」→「土下座してでも日立に戻りたい…」
netgeekより


この方、凄く優秀です。

麻布高校→京都大学→日立製作所の研究所ですから、
誰もが羨む経歴です。

そして、彼の提言は
「日立の優秀な技術者たちよ. 価値を失う前に転職せよ. 社会はあなた方を求めている.」
だそうです。


何か分かるわ~
実は、私も同じような行動を取ったことがありました。

私も日立ほど大きな会社ではなかったのですが、
それなりに名の通った上場企業の技術者でした。

入社2年目の時、自分の思ったような仕事もできなかったし、
嫌になって転職活動をしました。


ある、外資系企業(半導体関連)に転職しようと思って
そこの社長さんと面接をしたのですが、
「ニックさんの勤めている会社の技術者なんて、みんなが憧れるのになぜ?
 まだ、入社して2年目なんだから、もう少し頑張ってみたら」
と言われて、

あ~、そうなんだ。
じゃあ、もうちょっと頑張ってみようかなと思って、頑張ってみたものの

仕事が嫌で、
30歳で鬱を発症して、
40歳で鬱が悪化して仕事に行けなくて休職して、
その後復職できず、職を失ってしまって・・・

仕事を辞めからはもっと大変で、
40代資格無しということもあって、再就職活動も全くダメで、
趣味だったトレードで、運良く生活できているというのが現状なんですが・・・


入社2年目、あの時、外資系企業に転職していたら、
自分の人生どうなっていたんだろうと思う時があります。

ただ、やっぱり、その会社に転職しても、
鬱になって辞めていたと思いますね。
かなりの高確率で。



「土下座してでも日立に戻りたい…」
それは見通しが甘かったとしか言わざる負えません。


酔っていて、ちゃんと頭が回らないので、
この続きについては、明日、続きを書きますね。


あー、明日は外出予定だった。
昼飲み。迷うな。

ただでさえダメ人間、
本当に落ちて行ってしまいそうで怖いです。

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無職ひきこもりトレーダーの1日  

無職ひきこもりトレーダーの標準的な1日を紹介してみます。
会社員の時とは、全く時間の過ごし方が違います。



【5:00】
 起床
 NYダウ平均、日経平均先物の引け値確認
 ドル円、ユーロ円、原油WTI、ゴールドの値のチェック
 本日の予定(イベントなど)を確認。

【5:45】
 テレ東系、モーニングサテライト開始
 TVを流しつつ、今日の売買予定、注目銘柄を確認。
 トレードデータの整理。

【7:00】
 NACK5 大野勢太郎ハイパーラジオ開始
 ラジコを聞きながら、引き続き
 今日の売買予定、注目銘柄を確認。トレードデータの整理。

【8:00】
 プレオープニング
 気配を見つつ、注文を入れる。
 合い間を見つつ、暇な時は家事を済ませる。
 (台所の洗い物、洗濯物を干す。)

【8:55】
 ラジコをラジオ日経に。
 金曜日のみ、8:45から朝倉さん。

【9:00】
 前場寄り付き
 1日の中で一番忙しい。

【9:30】
 一段落
 家事が終わっていない場合は、家事の続き
 (台所の洗い物、洗濯物を干す、布団を干す、掃除機をかける)

 朝食を食べつつ、ボードを眺める
 チャートの確認

 日によっては、銀行に行ったり、証券会社に行ったり。

【10:30】
 日証金の逆日歩チェック
 取り組んでいる銘柄があれば売買

【11:15】
 前場引け成り注文を入れ始める

【11:30】
 前場終了

 後場の売買予定が有る時は、銘柄チェック、後場寄り注文を入れる。

 暇な時は、鼻くそほじりながらラジオ日経を聞く。
 昼食を食べに行ったり、自宅で作ったり。

【12:05】
 後場寄りのプレ確認。
 忙しい時は、昼食を食べつつ、PCの前に。

【12:30】
 後場寄り付き。
 ラジオ日経、マーケットプレイス開始。
 約定確認。

【13:00】
 後場寄りの監視修了。

 暇な日は、TV(主に将棋対局の録画)を見たり、昼寝をしたり、雑用をこなしたり。
 
 ※どちらかというと、前場よりも、後場の方が暇
  家事も大体、午前中に終わっている。

【14:30】
 大引けの売買注文の準備。
 14:55からが勝負です。
 騙し、騙され、時には14:59に爆弾投下!される・・・(涙)

【15:00】
 大引け
 注文約定照会
 開示情報チェック

【15:10】
 ラジオ日経、ザ・マネー開始

 ラジオを聞きながら、開示情報のチェック
 (15分おきに17時まで)

 暇な時は風呂に入ったり、図書館に行ったり、証券会社に行ったり。
 自由に過ごす。

【17:00】
 1日の業務終了

 洗濯物を取り込む
 庭の手入れ(水やり、雑草むしりなど)、風呂に入ったり、子供の習い事の送り迎え。
 日によっては、妻と一緒に夕飯の準備。
 (揚げ物などは一緒に作る。洗い物も多いので、片付けの手伝い)

【19:00】
 PTS開始
 カブコムの予約注文
 (暇な時は、家族で一緒に夕飯)

【20:10】
 カブコムの予約注文を確認後
 一人で夕飯。ときには晩酌。

【21:00】
 自由時間

 忙しい時は、翌日の予約注文。売買銘柄の分析。

 暇な時は、読書をしたり、ネットをしたり、TVを見たり、自宅でお酒を飲んだり
 (会社員時代のように、一人で夜に外で飲みに行くことは無くなったな・・・ちょっと寂しい)

【23:00】
 布団に入って読書

【0;00】
 就寝


いつもでは無いですが、平均的にはこんな感じの1日を送っています。
意外と、会社員時代より実働時間も拘束時間も長かったりして!?

時には、日経平均先物、ナイトセッションをフルに見ています(3:15まで)。
その時の睡眠時間は2時間ちょっと。

こんな生活を送っていても、月間マイナス有り。
(私が下手なだけですが・・・)
好きじゃなくては(興味がなけらば)、やってられない商売かも?
早く足を洗いたい。でも、お金欲しい・・・





風さん、物凄くためになるコメントありがとうございます。
今日は酔っていて、頭がまわらないので明日返信します。

会ったことが無い方ですが、私の事を良く理解して下さっているようで・・・
また、明日。おやすみなさい。

category: 無職・仕事

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将来の不安ついて  

今日はちょっと酔っています。
夕飯に刺身をつまみつつ日本酒を飲んで、
その後、自室で缶酎ハイのグレープフルーツ(500ml)を飲んでいます。



会社員時代は、いつも不安でした。
あまり優秀な社員ではなかったので、
いつ、リストラされるんじゃないかとか
違う部署に異動させられるんじゃなかとか。

それ以外にも、生産技術の仕事をしていたので、
部署ごと、地方の工場に異動という可能性もありました。
そうなれば、単身赴任になって家族と離れなくてはなりません。
本当に不安な毎日でした。




で、無職ひきこもりトレーダーになりましたが、
不安だけは変わらずあります。

いつ稼げなくなるか分からない。
1年後はスッカラカンになっているかもしれない。
もっと極端な話、明日、大きな損失を出して、家売らなくてはならないかもしれない。
ネット上ではそんな人は沢山います。

専業トレーダーって、浮き沈みが激しいと思います。
良い事(自由気ままである)も沢山ありますが、絶対人には勧められません。


自分一人ならまだしも、
家族にひもじい思いをさせてしまうのは心が痛みます。


不安というのは、会社員であろうが、無職であろうが
常に付きまとうのだなと思います。




でも、将来の、起こるか、起こらないかの分からないことに拘って
いつもビクビクして生き方は詰まらないなと思います。

それであれば、分からない将来の事を気にするよりも
今を楽しく生きらられのであれば、それは幸せな事だと思います。




私は、会社員時代、将来の生活が不安だったから貯蓄をしていました。
いつリストラされるか分からないし、いつ職を失うか分からない。
だから、お金を貯め込もうと思っていた。



でも、今はそういう考えは薄れてきています。
会社員時代より、不安定な立場だから、もっとお金にはシビアでなくてはならないけど。





現在の考えは、今が楽しければ良いと。
お金なんか貯め込まずに、自分の楽しみ、幸せのために使えば良いのです。
旅行に行ったり、読みたい本を買ったり、美味しい物を食べたり、お酒を飲んだり。

お金自体には全く価値は無く
使って始めて価値があるのかなと。


短い人生、限りある人生、
その人生を楽しみのために、思う存分、有効に使いたいです。
ちょっと刹那的だけど、そんな風に思います。



こんな考えだと、5年後、10年後、お金が無いと苦しんでいるかもしれませんが、
その時はその時で考えれば良いと思います。
そういう時が、近い将来来るような気がします。




小屋暮らし、自給自足の生活、農業。
今気になるキーワードです。





酔っているせいか、上手く頭の中で思考がまとまらなくて
思いつくまま書いてしまいました。

category: 無職・仕事

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自分の幸せは、自分で決める  

一生懸命勉強して、
良い学校を卒業して、
大企業に就職して、
好きになった人と結婚して、
子供を授かって、
大きな家に住む。

私が思っていた幸せでした。

これが世間一般で言われる幸せに近いと思うのですが、
本当にそうなの?と
仕事を辞めてから思うことがあります。



本当の自分の幸せとは何か?
好きな事は何か?
やっていて楽しことは何か?
ストレスの無い生き方とは?

常に自分と向き合って、自分の心に問うて
これからは生きていきたいです。



人と違う事をすることは、とても勇気がいります。
無職で居続けるという選択は、
世間一般から見れば、あれ?どうしちゃったの?と思われるでしょう。

でも、自分が幸せと思うならば、そういう生き方を選択するのも
有りだと思います。

世間体や、人との比較は、
楽しく生きるためには、全く必要の無い事です。



仕事をしなくても、何とかなるものです。
お金が無ければ、無くても大丈夫なように、工夫して生きて行けば良い。
その為の時間はたっぷりとあります。

人は、一度手に入れたものは手放したくありません。
地位(大企業に勤めていること、正社員であること、役職に付いていることなど)
沢山のお金、高級店での外食、豪華な旅行、大きな家、裕福な暮らし・・・

そういった、地位や、物、生活を手放すことができる覚悟があるのならば
もっと楽に生きていけるのかもしれません。

これはとても難しい事だと思います。
だから私も、精神薬を飲みつつも、ずっと我慢して仕事を続けていたのだと思います。
人間は、欲深い生き物なのでしょう。





NHKのブレークスルーという番組で
phaさんが紹介されていました。
私の考えに近くて、とても共感できました。


- File.46 自分の幸せは、自分で決める―
ニートのカリスマ phaさん

再放送が1月11日(月)にあるそうなので
興味のある方は見てみて下さい。
NHK Eテレ 13:05~13:34

今すぐ見たい方は、こちらからどうぞ dailymotion
途中のCMが煩わしいですが。

category: 無職・仕事

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幸福について  

先日、亡くなられた
水木しげるさんの言葉です。
------------------------------------------------------
水木しげる
幸福の七ヶ条
第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。
------------------------------------------------------

何をもって幸福と感じるかは、人それぞれ違うと思います。

出世することが幸福と思う人もいるでしょうし、
財産を築くことが幸福と思う人もいるでしょう。
好きな事をして過ごすのが幸福かもしれません。

概ね、私は水木さんの価値観に近いような気がします。


■第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。

 学生時代は、社会的地位に憧れがありました。
 良い学校を出て、良い会社に入って、出世競争に勝ち抜いて
 そういった事を目的に、学生時代はずっと勉強してきたし、
 20代の頃は頑張って会社で働いていました。

 ただ、そいったことを目的にするのは、とても辛かったと思います。
 だから、30代に入ってから鬱になったのでしょう。
 自分の理想と現実とのギャップが大きくて、
 それを埋められずに、ずっと苦しんでいました。

 無職になってからは、成功、栄誉、勝ち負けの呪縛から解放されて
 とても楽になりました。
 今は自由に生きています。


■第二条 しないではいられないことをし続けなさい。

 興味を持って、やりたいことをやりなさい
 という意味なのでしょうが、
 残念ながら、私にとって心からやりたいこと、熱中できることには
 まだ出会っていません。

 この先、何かが見つかることを期待しています。


■第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。

 その通りだと思います。

 人と比較しても何も良い事がありません。
 上を見て、劣等感を感じるのも、
 下を見て、優越感に浸るのも、
 自分自身の幸福を考える上では、無意味な事だと思います。

 私はとっくにやめていますが、
 フェイスブックはやめた方が幸せらしいです。

 幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき、デンマーク調査


■第四条 好きの力を信じる。

 私にとって、本当に好きになったり、打ち込めるものが
 まだ見つかっていないので、ちょっと分かりません。

 ちなみに、トレードは生活費を稼ぐ手段であって、
 特段好きではありません。

 過去、オフ会などで、色々なトレーダーさんの話を聞きましたが、
 おそらく少数派だと思います。
 トレーダーって、基本、みんな株とお金が大好きです。


■第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。

 努力は報われることが少ないと思います。

 本人が努力と思っている時点で、
 それは何らかの外部要因で「やらせれている」感があるので
 成長しません。

 好きな事であれば、
 周りからは努力していると見られても、
 本人は楽しんでやっているので、
 苦にはなっていない(努力とは思っていない)はずです。

 だから、自分で努力していると思っていることは
 大概は実を結ばないような気がします。


■第六条 怠け者になりなさい。

 人生のんびりと過ごせという意味ですかね。
 私も基本的には怠け者だと思います。

 16年間は会社員として一生懸命やってきたので、
 これからの人生は、自分の好きな事をやりつつ
 毎日のんびりと暮らしたい。

 ただ、大前提として、
 家族4人の生活を維持していかなくてはならないので、
 トレードなり、別の手段で収入は得て行かなくてはならないのですが。


■第七条 目に見えない世界を信じる。

 これは、私には分かりません。
 現実的では無い事にも、夢や希望を持てという意味でしょうか?

 私はどちらかというと、夢は見ないタイプ。
 目に見える世界しか信じないです。

 私は夢や希望が無い、つまらない人間です。


以上

category: 無職・仕事

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今日から12月、そして無職4年目  

今日から12月です。
6時半過ぎに起きたのですが、室温は16℃で、今朝は一段と寒かったです。
直ぐに石油ファンヒーターを付けました。



今日から無職4年目に突入です。
私自身は、今の無職(専業主夫)という立場に慣れたのですが、
周囲の人はどう思っているのか、気になる時があります。


昨日、紅葉を見に行った帰り、
妻と一緒にスーパーに買い物に行きました。
そこで、お隣さんの御祖母さんに会いました。

その御祖母さんとは、結構スーパーで会うとこが多いので、
「平日の昼間から夫婦で買い物をして、旦那さんはお仕事してないのかしら?」
と、思われているのでしょう。


スーパーでは、妻の友人にも結構あります。
殆どが子供の友人のお母さんです。

そういった時には、
私は逃げる様にその場から離れます。

別に悪い事をしている訳では無いのですが、
何となく気まずいというか、居心地が悪いというか・・・



近所の人は、私がトレーダーで生計を立てていると言う事は
一切知りません。

会社を辞めて、無職であると言う事は、
知っている人もいますし、知らない人いると思います。

しかし、3年もの間、
平日の昼間から、近所をフラフラしたり、
(銀行、図書館、ランチに出掛けるので)
午前中は、ベランダで洗濯物を干しているので、
仕事をしていないと言う事は、薄々気付いていると思います。



私が住んでいる所は、東京の郊外の新興住宅地です。
同じような家が立ち並び、
同じように、家の前の駐車場には車が停めてあります。

先日、我が家の車が故障してしまい、
代車も借りていないので、
私の家の駐車場だけ、ぽっかりと空いています。



妻曰く
「ニックさんの家も、旦那さんはずっと仕事をしていないようだし
 生活が苦しくて、いよいよ車を手放したのかな?」
と思われているかもしれないね。と



私自身は、無職に対して何とも思わなくなったけど、
周囲の目は4年目の今も、未だに気になります。

category: 無職・仕事

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退職3周年記念 その5(最終回)  

というのが、3年前に退職した時の話です。


今思うと、鬱で思考が停止している時に、
退職の選択をするのではなく、
ある程度、正常な状態に戻ってから退職した方が
苦しまずに済んだのかなと思います。

できれば、次の仕事なりの見通しを立ててから
辞めた方が良かったのかなと。



でも、その時は、嫌な仕事のせいで鬱になっていて、
実際に復職を焦っていて、苦しんでいたし、
仕事を辞めれば、鬱が良くなるのではないかと思っていました。

「鬱の現状をなんとか打開したい」といった気持ちが強かったので、
仕方なかったのかもしれません。



一方で、私は保守的な人間なので、
鬱が回復すれば、またダラダラと前の会社で仕事を続けていた可能性は大きいです。

会社員を続けていたら、未だに精神薬を飲みつつ、
生活の為に、我慢して仕事を続けていたに違いありません。

果たしてそれが幸せか?というと
不幸だったとおもいます。

そういった意味では、鬱という状態の時に、
勢いで辞めてしまったのは、結果的には良かったのかもしれません。



生きていて、何が正しく、何が間違っているかなんて、
後になってみないと、分からないんですけどね。

今はトレードをしながら、何とか生活はできていますが、
2~3年後はどうなっているかわかりません。
もしかしたら、生活が立ち行かなくなっていて、
「無理をしてでも、会社員を続けていれば」と、後悔しているかもしれません。

こればかりは仕方ないのです。
できる事といったら、現状で一番良いと思う選択をして、
ダメになったら、また何かを考えるしかないです。

会社員の時は、道から外れてまったらお終いだと思っていましたが、
いざ仕事を失っても、人生意外と何とかなるものだ、ということが分かりました。
無職を経験すれば、その下は無いですから。
(仕事が元々無いので、職を失いようが無いという意味)


とりあえず、明日は退職して3年になります。
そして、12月1日からは、無職4年目に突入です。
そろそろ堅気の仕事を見つけなくては、と思ったりもします。



【完】

category: 無職・仕事

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退職3周年記念 その4  

■社員証の返却

私物の整理の際に、
社員証などの重要なものだけは
自宅に持ち帰りました。

その後、退職日を待たずして、
郵送で上司宛に返却したと思います。

この辺りの事も、良く覚えていません。
とにかく、その当時は、精神薬もたっぷり飲んでいたし
記憶が曖昧です。




■退職日

11月30日付けで退職しましたが
その日は自宅で、いつもと同じ様に過ごしました。
(多分、ずっと寝ていた)
特別に、会社から電話が掛かって来ることもありませんでした。

一夜明けて12月1日になり
もう会社員では無く、無職になったのだなあと
思ったのは覚えています。

鬱で療養中でしたので、
仕事から解放された喜びも全くありませんでした。

むしろ、本当に辞めてしまったけど、それで良かったのだろうか?
この先、家族を養っていけるだろうか?
といった、不安感の方が大きかった思います。


退職してから暫くは、
自分の選択した道が、間違っていたのではないか?
と自分を責める日が続いたと思います。
会社に戻る夢も良く見ました。

とにかく、辞めてから暫くは、
精神的にかなり辛かった覚えはあります。

category: 無職・仕事

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退職3周年記念 その3  

■送別会

鬱だったこともあって、人と会う事は億劫でしたが
色々お世話になった人もいたので、
お礼や挨拶をしたかったなと、今となっては思う事があります。

送別会自体には興味はありませんが、
自分にとっては不本意な形で、
会社を去ってしまったことは残念でした。

そういった意味では、鬱が良くなるまで休職して、
もう一度、職場復帰して、落ち着いてから退職した方が良かったかなと
思います。


■仕事の引き継ぎ

当時は2つの仕事をしていました。

1つの仕事は、私一人の業務でしたが、
一区切りついた状態で、今後継続するか、打ち切るかの審議中でしたので
特に引き継ぎの必要はなかったと思います。

もう1つの仕事は、他の部員から、一部の業務を引き継ぎ途中の仕事だったので
私の休職中に、既に他の人に変わっていたと思われます。

といった感じでしたので、
引き継ぎ業務をしなくても、困る人はいなかったと思います。


■私物の整理

ずっと休職中でしたが、
会社には、自分の机の中やロッカーには、仕事の資料などが残っていました。
それらの私物を整理するために、
人が居ない日曜日を見計らって、会社に出向いて私物の整理をしました。

不要と思われる、業務上の資料をシュレッダーにかけて、
パソコン内のデータを消去して、
最後に更衣室のロッカーに入っていた、作業着と作業靴をゴミ箱に捨てました。

作業着とかは、会社に返すものだと思っていたのですが、
数年前、私より先に鬱で退職した後輩が、
そのようにしていたのを覚えていたのが役に立ちました。
(後輩に聞いた所、上司に捨てる様に指示されたとのこと)

日曜日だったので、誰も居ないだろうと思って作業をしていたのですが、
途中から、入社したときに同じ部署で働いていたSさんが
休日出勤だったようで、出くわしてしまいました。
Sさんは、とても優しい人で、何でも相談に乗ってくれるようなタイプの人でした。

事情を一通り話、退職することになりました、といった話をしたと思います。
ただ、当時は鬱だったので、どんな事を話したかとか
記憶があまりありません。
「この先、がんばれよ」と最後に声を掛けられたような記憶があります。

とても良い人だったのですが
会ってとても気まずい思いをしたのだけは覚えています。

会社での私物の整理は、3時間程で終わったと思います。
これが、私が最後に会社に出社した日となります。



まだ眠くないけど
疲れたので、続きはまた

その4につづきます

category: 無職・仕事

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退職3周年記念 その2  

■退職願を書いて上司に渡す

私の場合は、鬱で休職中でしたので、
上司に直接退職願を渡すことはありませんでした。

直属の上司である課長に
「辞めることを考えています」と電話と話したところ
「部長に相談します」との返事があり、
それだけの会話で終わりました。

だから、電話で口頭により自分の意思を伝えただけで
退職願と言うものは書きませんでした。


■上司に引き留められる

直属の課長に退職の相談をして
「部長に相談します」との言われて電話を切ったのですが、
確か、その日のうちに
「部長から退職の許可がでました」
との電話がありました。

鬱を患っていたので、
引き留められることは無いだろうとは思いたものの
あまりにも、あっさりと許可がでたので
拍子抜けしてしまいました。

と同時に、16年間、苦しい思いをして働いてきた自分は何だったのだろう?
といった寂しい思いも込み上げてきました。

まあ、会社なんて、所詮はそんなものなのでしょう。
余程、コアな人材で無い限りは、
私の勤めていた会社では、引き留められることはなかったと思います。


退職の許可が出てからは、会社から書類が送られてきて、
色々な書類を書いて、
(おそらく、同業他社には就職しませんとかの誓約書など)
印鑑を沢山押して、
それを送り返して手続きは終了だっと思います。

category: 無職・仕事

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退職3周年記念 その1  

昨日は朝遅くまで寝ていた上、
昼寝までしっかりしてしまったので眠れません。

1時頃布団に入ったものの、30分経っても全然眠気がこないので
あきらめて起きることにしました。

暇なので、ブログを書くことに。



明日は私にとっては記念日です。
3年前の11月30日は、16年勤めていた会社を退職した日です。
その日を記念して、今日は退職した時の話を少し書こうと思います。




本当は、前の会社に定年まで勤める予定でした。

前の会社の工場に勤務時代、月末になると、
終業後に蛍の光の音楽が流れる時があります。

この音楽が流れる日は、
定年を迎える方がいるときです。

同じ部の先輩が、定年を迎えた時は
部員全員で会社の玄関まで行って、
花束を渡して、タクシーに乗るのを見送る
(全ての費用は会社持ち)
といったことをして、
自分はまだまだ先の事だなと思っていました。



定年まで勤められず、途中で退職する場合の私のイメージは
①退職願を書いて、
②上司に渡して、
③上司に引き留められて
④それでもやはり辞めることになり
⑤退職する1ヶ月前から、色々な送別会があって
⑥最終日に社員証を返して、めでたく退職する
といったことを思い描いていました。

しかし私の場合は、鬱で休職中だったこともあり、
このイメージとは程遠い形で、退職することとなりました。

category: 無職・仕事

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