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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

高校時代の想い出  

高校時代を振り返っても
これと言った想い出はありません。

元々は根が暗い人間。
友人は殆どいなくて、
世間のイメージする楽しい青春時代とは程遠い生活を送っていました。


当時、高校は月~土まで週6日ありました。
日曜日に、運送屋で引っ越しのバイトをしたり、
ビル清掃の仕事をしたりして日銭を稼ぎ、
そのバイトの給料を、競馬や麻雀に注ぎ込んでいました。


一応、共学だったのですが、
恋愛とは無縁の生活で、本当に乾ききった生活を送っていました。



高校3年になってからは、大学受験に向けて、
御茶ノ水にある、予備校に通う事になります。

私は理系の大学志望でしたので、
数学、物理、英語の講座をとっていました。
その講座に、偶々、同じ高校で1年の時に同じクラスだった友人がいました。

その友人は背が低く、童顔で、10代半ばなのに髪の毛が薄く、
ニコチンとういうあだ名で呼ばれていました。

なぜ、そのようなあだ名かというと、諸説あるのですが、
煙草屋の息子だったという説、
童顔に似合わず、ヘビースモーカーだったという説があり、
高校生には似つかわしく無いあだ名でした。

彼は都心の1戸建てに住んでいました。
3世代で暮らしていて、代々そこに住んでいたと思いますが
3階建ての豪邸でした。
何度か学校帰りにお邪魔して、TVゲームをしたり、麻雀をした記憶があります。



当時、通っていた予備校は、
カードリーダーを通して、出欠をとっていて、
出席状況が学期ごとに自宅に郵送されてきました。

彼も麻雀が好きで、
良く通っていた神保町の雀荘で鉢合う事があり、
違う卓で打っていた時には、お互いカードを渡し合って、
予備校の出欠をとってもらっていました。



予備校の授業に一緒に出た時は、
帰り路、神田駅前のガード下にある、養老の滝に良く飲みに行きました。
おそらく、初めて入った居酒屋が、この養老の滝だったと思います。

当時はビールなど飲めず、ライムサワーを好んで飲んていた記憶があります。
高校生でしたが、凄く大人になった気分でした。

この高校で、博打や酒を覚えたのだと思います。







再来月、高校の同窓会があります。
旅行に行っていたこともあって、その出欠の連絡をすっかり忘れていて、
一昨日、幹事に出席のメールを出しました。

ネット上で、出席者の名簿を見ることができたので、
数少ない友人の出席状況を確認していたのですが、
彼の名前は名簿にはありましたが、もうこの世にはいない事を知りました。

歳を重ねるに連れ、そういう事が増えていくのですかね。
何だか寂しいです。
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category: 友人

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