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夢職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。夢職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

人生ままならぬ  

7月、8月と何をやっても上手く行きませんでした。
何となく自信を無くしています。

でも逆に、何をやっても上手く行った時もあった訳で、
意外とバランスが取れているのかもしれません。

今日は気分転換に昼から飲みに行ってきました。
本当は、上野の専業さんと巣鴨の専業さんと行く予定だったのですが、
先週末、まだしばらく暑そうだから止めようと、
上野の専業さんから連絡があり延期になりました。

かといって、何も無いのも寂しいので、
久し振りに一人で飲みに行く運びとなりました。


1軒目は立ち飲みもつ焼き屋です。
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生ビール
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もつ焼き3本 ビールとセットで500円
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ハムカツ 190円
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レモンサワー 350円

あまり悪い事は書きたくないのだけれど・・・
とにかくストレスの溜まるお店でした。

注文したものが全然出てこない。覚えていないみたいです。
私だけではなく、隣の人も何度か忘れられていて催促していました。

「注文した品が確実に届く」という当たり前のことが出来ないお店は
どんなに安くても、美味しくても、ダメだと思います。
残念ながら再訪は無いかな。

気分を変えて2軒目は寿司屋へ。
行ってみたい立ち食い寿司のお店が数件あったのですが、
暑くて疲れてしまい、座れるお店にしました。
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瓶ビール600円 にぎり寿司1,780円

とても美味しかったです。
しかし、後半はお腹が一杯できつかった。
昔は普通に食べれたのに。

3軒目も予定していましたが、
もう食べれないので帰ることに。

その後、自宅に帰ってレモンチューハイを飲んでいます。
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category: トレーダーの日々201808

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8月の優待の取得  

8月の優待の取得は23銘柄でした。

7月、8月とトレードで稼げていないので、
せめて優待ぐらいはと思っていたものの、
最近は一般信用の競争が激しくて、全然取れなくなりました。

仕方なく制度信用でクロスしましたが、
今月は大ヤラレでした。

鉄人化計画、クリエイトレストランツ、吉野家、大庄・・・
逆日歩の支払総額は5万円を超えました。
仕方ありません。

鉄人化計画、大庄などは殆ど行かないし、金券ショップでも安くしか売れないのに、
何で取ってしまったのだろうと後悔しています。
3日ということも軽視していました。


ただでさえ、最近やる気が無いのに、
これで完全に戦意喪失です。



今日の午後は証券会社の店頭に行ってきます。
信用取引のための支店長面談です。

1年ごとに面談があるので面倒なのですが、
信用口座開設時に4,000円の印紙税を払っているので、
あまり取り引きはしていないものの更新しています。

久し振りに街に出るので、昼はどこかでランチと思ったのですが、
高額逆日歩を食らって、なんだか食欲がありません。

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その6 最終回  

■仕事について

【興味の有無が影響する】

私は一部の事に関して、こだわりが強い方だと感じています。
これは裏を返すと、興味の有無の差が激しいということです。
興味の有る事には深く掘り下げて取り組むことができますが、
無い事には何も手を付けたくありません。

高校時代、数学、物理が得意でしたが、
現代文、古文、世界史などは全く興味がもてず、
勉強にも手がつきませんでした。

会社員時代の仕事もそうでした。
そもそも、生産技術の仕事そのものに興味が持てず、
何度か上司に異動を打診しましたが叶いませんでした。
それでも、生活費を稼ぐためと割り切って我慢して仕事を続けていました。

仕事の中で特に苦手だったのは、
レポートを作成することと、特許の明細書を書くことでした。
数学的要素の絡むことは好きでも、
文章を書くということは、学生時代からずっと苦手でした。


では、ブログは文章を書くことでは?と思われるかもしません。
ブログは私の頭の中の思考の整理であり、日々の出来事の記録なので、
あまり苦に思ったことはありません。
これも、興味があるから続けているのだと思います。


一般の人は、どんな仕事であっても、それなりに仕事に自分を合わせて(適応させて)
いくことが出来るのですが、
私の場合、適応できる仕事の範囲がとても狭いのです。
興味の持てる仕事に運良く巡り合えたなら、それなりに能力を発揮できたのかもしれません。



【人との意見を調整することが苦手】

生産技術の仕事では、製品を開発する部門、製品を作る工場など、他部門と一緒に仕事をすることが多く、
その中で、意見を調整しながら仕事をすることがありました。
元々集団生活が苦手なのですから、利害の異なった多くの人と一緒に働くことは、
私にとってはかなり困難なことでした。

それに、私はノーと言えない性質で、無理な事でも何となく引き受けてしまって、
後々に困ることが良くありました。
それが積み重なって、鬱になってしまったとも言えます。

私は交渉事のような複雑ことは得意ではありません。
でも、会社組織というのは利害関係で動いていて、駆け引きの連続だったような気がします。
そういう所で生きていくというのは、本当に大変な事でした。
だから、今後私が、会社員に戻って働くことは難しいと思っています。


【ルーティンワークは得意】

学生時代、色々なアルバイトをしましたが、
長く続いていたのは、喫茶店と家庭教師のアルバイトでした。

喫茶店での仕事は、メニューにある商品を作って提供するという定型業務です。
社員の人は売り上げ管理など、複雑な仕事もこなさなくてはなりませんが、
アルバイトならそういった事を考える必要はありません。

家庭教師も、テキストや問題集に沿って教えるだけです。
生徒のレベルに応じて、教える工夫はしますが、それは特に大変なことではありませんでした。

また、いずれの仕事も、大人数でする仕事ではありません。
喫茶店では3~5人で同じような仕事をしていましたし、
家庭教師は1対1で生徒に教える仕事です。
そいうったことから、この2つの仕事は長続きしたのだと思います。


余談ですが、トレードもルーティンワークの一種です。
自分で決めたことを、毎回同じように繰り返すだけの作業です。
その最たるものが優待のクロスです。



■最後に

もっと早く発達障害(高機能自閉症)であることに
気が付けば良かったのにと思う時があります。

自分の特性を理解することにより、仕事や対人関係など、
かなりの部分を円滑にすることができるようになりました。
少なくとも、分かる前と後とでは、生きづらさが改善されたように感じます。

組織で働く会社員という生き方を捨ててからは、精神科に掛かる事も無くなりました。
家族関係も良くなって、妻とは1年以上喧嘩はしていません。
多くの部分、自分の我の強さ(こだわり)を、家族に押し付けた事がが原因だったと思います。


では、早く気が付くにはどうすれば良かったのだろうか?

30歳で鬱になり、10年間で2人の精神科医に掛かりましたが、
発達障害を疑われることは一度もありませんでした。

最も軽度と言うこともあり、自分から訴えない限りは検査もしなかったのでしょう。
10分という短い診察時間では、診断に限界はあります。

周囲の職場の同僚、友人から指摘されることもありませんでした。
もしかしたら気が付いていた人はいたかもしれませんが、
そんなことは、易々と他人には言えることではありません。
身近な存在である妻ですら、その事を言えなかったのですから。

子供の頃からの私を知る両親にも話しましたが、
「そんなことはないでしょう」と発達障害の事自体分かっていないようでした。

結局は、自分で気付いて、自分で精神科に相談しに行くしかなかったのかもしれません。
でもそれは、今振り返っても難しいことだったような気がします。


早く気が付くにはどうすれば良かったのだろうか?という問いに対して、
明確な答えは未だに私の中では見つかりません。
偶然、鬱で入院していてた病院の精神科医にそれを見つけてもらえた。
それは、私の中では幸運な出来事だったと思います。

【おわり】

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その5  

■対人関係について

自閉症スペクトラムでは、社会性、コミュニケーション、想像力の3領域に障害が
みられると言われています。

私の場合、軽度と言われていて大きな問題があったようには思えませんが、
それでも今振り返ると、人付き合いが苦手で、
普通の人とは少し違うところがあったように思えます。



【中学時代】

最近、中学時代の担任の先生とよく会うようになりました。
先生曰く、「中学時代の私の記憶は殆ど無い。
もっと気に掛けてあげれば良かった」だそうです。

中学時代、私のクラスはとても仲が良くて、
みんなでまとまって遊んでいたりしました。
でも私は、そういった輪の中に入れませんでした。

虐められていた訳ではありません。
誘われた記憶もあります。

ただ私は、大人数のコミュニティーに入るということが
とても苦手だったのです。


【高校】

高校に進学してからも同じような感じでした。
高校ではクラス全体が仲良くといった雰囲気はありませんでしたが、
それでも、小さな仲良しグループというのはいくつかありました。

私はそのグループのいずれにも入ることは無く、
一人でポツンといる感じでした。
だから、修学旅行などの班分けでは
仲の良い友人がいないので苦労した記憶があります。

それでも当時は高校生でありながら、
パチンコ、競馬、麻雀が好きだったので、
それを通じて付き合いのあった友人は沢山いました。

これは今の友人にも通じる所があり、
現在、頻繁に連絡を取り合っている友人の8割は、株友達と言えます。


【大学】

大学に入ってからは、殆どが選択授業だったこともあり、
クラスのコミュニティーというのは無くなり、
居心地が良くなった気がします。

アルバイトを始めて、初めて気の合う友達ができたのもこの頃でした。
私にとっては、中学や高校の40人のクラスメイトと
1日の大半を過ごさなくてはならないことが苦痛だったと思います。

一言で言えば、集団生活が苦手だったのでしょう。


【現在】

集団の中に見を置くことが苦手なのは、今でも変わりません。
例えば、同窓会、クラス会、株のオフ会など、
大人数での集まりには行きたくありません。
逆に、気の合った仲間と少人数で会うことは大歓迎です。

仕事を辞めて無職となった今では、
それ程困ったと感じることは無くなりました。
気の合う人とだけ付き合えるからです。


あとは、仕事のこと、まとめを書いて終わります。
その6 に続く

category: 精神病院での入院生活

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夏の終わり  

もうすぐ8月も終わります。

今年の夏は、どこにも旅行へ行くことなく終わってしまいそうです。
ふらふらと大阪あたりに行きたいとも思ったのですが、
例年以上の猛暑でそんな気にもなれず。
結局、家にひきこもる毎日でした。


水曜日、妻の仕事とが休みだったのと、
私もトレードが暇で、毎日時間を持て余していたので、
日帰り温泉に行ってきました。
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宿泊施設もあるのですが、泊まれば一人2万円弱。
夏休みは高いです。
でも、本当は泊まってゆっくりしたかった。
日帰り入浴は800円
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平日の昼なので、人は全くいませんでした。
お盆休みも終わり、世間は通常営業です。
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お風呂も貸し切り状態。
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温泉から出てからは昼食。
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昼からビール
平日の明るいうちから飲めるのは幸せです。
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豆乳鍋
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天ぷら
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お造り
左から、まぐろ、いか、ます、かじき、甘えび
ますのお刺身が美味しかったです。
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その他諸々
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御飯とお椀
美味しい食事で、ビールもすすみました。
中瓶を一人で2本飲みました。
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この日も本当に暑かった。
今年の夏は異常です。

こんな非日常的な幸せな毎日がずっと続けば良いのに、と思いつつ、
現実に振り返ると、トレードでは全く稼げない日々が続ています。
胸が痛い。


帰りは妻に車の運転をお願いして、後部座席で熟睡。
気が付くと、自宅に帰っていました。
そして、夕方まで二度寝をするのでした。

category: トレーダーの日々201808

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その4  

私が生活する上で、困難と感じることを挙げてみます。

【音に敏感】

生活音、雑音全般が苦手です。
他の家のテレビの音、ゲーム音、話し声が聞こえると集中できません。

妻と一緒の寝室で寝ていますが、妻が風邪を引いて夜中に咳をしているときに
うるさくて眠れないと言ったほどです。
(今考えると、酷いことを言いました)

2階の自分の部屋でTVを見ている時、
1階の台所で洗い物をしている音もうるさく感じる時があり、
リビングの扉をしめて家事をして欲しいとも言ったことがあります。

体調によって、良い時と悪い時があるような気がします。

一方、セミの鳴き声、カラスなどの鳥の声など、
自然界で発生する音は全く苦になりません。


【光に敏感】

光は眩しいのが苦手です。
真っ暗にしないと眠れません。
シャッターを閉めないで寝ると、朝は日の出と共に起きていしまいます。
遮光性カーテンは必須です。

夜のコンビニなど、極端に明るい場所も苦手です。


【エアコンなど】

エアコンであったり、暖房器具であったり、
冷風や温風が直接肌に当たるのが苦手です。

旅行での宿泊時には、風が当たらない場所で寝ます。
一度、古いビジネスホテルで、風向を変えられないエアコンがあった時には
新聞紙を貼って、風が下に吹くように調整したこともありました。


【決められた時刻に行くのが苦手】

人と待ち合わせすることが、プレッシャーに感じます。
遅れてはいけないと思うと、気になってしまい疲れてしまいます。

でも、目的地に無事に着けば、そのプレッシャーからは解放され
嫌な思いも無くなります。


旅行に行くのも辛いです。
飛行機や新幹線の時間など、乗り物に乗るための
決まった時間に行かなくてはならないからです。

朝寝坊したらどうしようと考えると、
夜もなかなか寝付けない時があります。
電車が遅れて、飛行機に乗れなかったりどうしようとか、
悪い方、悪い方に考える癖があります。

だから、飛行機や新幹線に乗るとホッとします。
その後は憂鬱になることはありません。

これは、全く同じではありませんが、
phaさんのコラム「早くつきすぎてしまう」と通じるものがあります。
なんとなく自分と近い人がいると、嬉しくなってしまいます。


【他人と触れるのが苦手】

満員電車のように、見ず知らずの人と接触するのがとても不快に感じます。
特に潔癖症というわけでは無く、汚さを感じるわけではありません。
座席でも、隣に大柄な人が座って、押されて窮屈になるのもたまらなく嫌で、
席を立ちたくなります。

だから私は無職になってから、電車で出かける時はラッシュの時間は避けます。
家を出るのは10時以降、帰るのは16時前


それと、頭(髪の毛)を触られるのもとても嫌です。
床屋は大丈夫です。

会社員時代、同僚で私の頭を触ったり、叩いたりする人がいました。
その人は悪い人では無かったのですが、
頭に触れられた時だけは、猛烈な怒りが湧いてきました。


こう書くと、全てが全て、人に触れるのが嫌だと思われるかもしれませんが、
そんな事はありません。
知っている人だったら嫌悪感はありません。
電車の座席でも、隣が知っている人であれば押されても気になりません。

自分のテリトリーというのがあって、知らない人にそこに入られるのが、
私は不快に感じるのだと思います。
その範囲だったり感度というのが、私は狭く高いのかもしれません。



他にも色々ありますが、今思いたったところを書いてみました。
普通の人にとっては何とも感じないことでも、
敏感に感じてしまい、辛かったり憂鬱になります。

一種の強迫観念症のようなものかもしれません。
精神状態が悪くなると悪化する傾向があるような気がします。


その5 に続く
(次で終わる予定です)

category: 精神病院での入院生活

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その3  

■結婚生活

妻とは学生時代に知り合って、交際して5年で結婚しました。
付き合っていた当時は特に問題なかったと思いますが、
私は数字への拘りがあって、特に時間に関しては妻にだいぶ嫌な思いをさせたと思っています。
(今は意識して人を巻き込まないよにしています)

待ち合わせ時間に、妻が少し遅れたことで大喧嘩した記憶があります。
今思うと、よく一緒になる気になったと思います。


結婚後、妻は私が普通の人とは何かが違う事に気が付いていたようでした。
付き合っていた頃は、一緒にいる時間に限りがありますが、
結婚すれば常に日常を共にします。
おかしな考え、行動は否が応にも見えてきます。

後に聞いた話では、妻は結婚して3年目におかしさは感じていたと。
しかし、そのことを私に指摘しても私は否定し、喧嘩になることは目に見えていたので
言わなかったそうです。

とにかく、色々なことに拘りが強く、常に自分の考えが正しく、
私と異なる考えであっても価値観の違いと言って、他人(妻子)の考えを受け入れない。
そういうこともあって、2~3ヵ月に一度は大きな夫婦喧嘩をしていました。

私は弁が立つので、妻を理詰めで追い込んでいき、
どうにもならなくなった妻が、物に当たり壊す。
(当時の事は、思い出しただけでも胸が痛みます)

離婚して欲しいと言われたことも数度あったり、
夜中に家を飛び出して行くこともありました。
それでも、自分が常に正しく、間違っているのは妻だと信じて疑いませんでした。


発達障害の事を知って、初めて自分が間違っていたことに気が付きました。
今では、自分の心無い言動で、妻や子供たちを苦しめてしまったことを深く後悔しています。
しかし、その当時は、自分の異常さに気が付かなかったのです。


■数字への拘り

私の拘りの対象は数字になります。
私は手帳に日常生活のメモを付けているのですが、
人と待ち合わせしている時間のみならず、
家を出た時間や帰ってきた時間など、事細かにメモしています。
その日の最高気温もメモしています。
私の手帳は、数字だらけです。
おそらく、こういう人は他にはあまりいないと思います。


一方、数字への拘りが強いが故、
トレーダーとして生きてこれた面もあると思います。

トレードは、株価、出来高、会社の業績、
殆どのものが数字で表され、それを判断して売買します。
もしかしたら、この拘りが役に立っているのかもしれません。

数字を見ているのはとても楽しく、
高校時代の数学の成績だけはズバ抜けていて、
テストの成績は、常にクラスでは3位以内でした。
(他の教科の成績は、平均~平均以下と冴えず)

今は1日相場に張り付くことは無くなりましたが、
フルにやっていた時には、100銘柄程度であれば、
コード番号や大まかな株価は諳んじることができました。
別に覚えようと意識したのではなく、自然と頭に入って来る感じでした。


その4 に続く

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その2  

■発達障害

発達障害にも色々とあります。
注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、自閉症、アスペルガー症候群
その中で、私は高機能自閉症の可能性があると言われました。
可能性があるというのは、その病院には発達障害の専門医がおらず、確定診断できないので、
専門医のいる病院へ行って欲しいとのことでした。

自閉症は、社会性、コミュニケーション、想像力の3領域に障害が見られ、
言葉の発達が極端に遅かったり、特手のものに異常な興味をしめしたりします。
そして、その多くは知的障害を伴います。
高機能自閉症というのは、自閉症のなかで知的障害を伴わないものを指します。


主治医から、「高機能自閉症」と言われたときは、全くぴんときませんでした。
発達障害、自閉症という言葉は聞いたことがありましたが、
自分とはおおよそ無縁の世界のことだと思っていたからです。

私の場合、軽度だったので、社会性やコミュニケーションも
社会生活を送るうえで大きな障害があった訳ではなく、
学校生活、会社員生活、結婚生活を送ってこれたようです。

しかし、それでも普通の人とは何かが違うので
大きなストレスを感じていたようです。


退院後、発達障害に関する本を読むと、
自分にあてはまることが沢山あって、びっくりしました。

私がこれまで普通の人と同じ社会生活を送ることが、
辛く感じていた原因がわかり、ストンと腑に落ちた感じがしました。
「そういうことだったのか」と。

発達障害と告げられて、ショックを受ける人もいるとも言われますが、
私の場合、今までの生きづらさの原因が分かってスッキリとした気分でした。
しかし、これが脳の機能不全であり、一生治ることは無く、
このまま、この辛さと向き合っていかなくてはならないとう不安感もありました。



■確定診断

3ヵ月間入院した精神病院を退院した後、病院から紹介された
東京都発達障害者支援センター(TOSCA)へ相談に行きました。
ここは、東京都から委託された発達障害に関する相談が無料でできる相談施設です。
(各自治体に発達障害情報・支援センターはあります)

ここで、発達障害の確定診断を受けた方が良いのかを相談をしました。
大人で発達障害を疑われる人は多く、それに対して確定診断をできる医療機関は限られているので、
診察を受けるまでとても時間がかかるようでした。(予約が数ヵ月待ちとか)

確定診断を受けるメリットは、精神障害者保健福祉手帳を受け取れることにあります。
この手帳があると、再就職活動において、障害者枠での雇用を期待できるとのことでした。


当時の私は、ハローワークなどで再就職活動をしていましたが、
障害者枠を使ってまで、再就職活動はしたくないと思っていました。

それは、これまで苦しいながらも社会人生活を送ってこれたのだから、
何とか普通の人と同じように仕事をしたいという気持ちが強かったからです。
それは、自分のプライドからなのか、障害者という言葉に対する抵抗感からなのか。
心のどこかで、自分は健常者であるという意識を拭い切れない部分がありました。


結局、再就職活動では十数社応募して面接の機会を与えられたのは1社のみで全て不採用。
そのうち、趣味のトレードで収入を得られるようになったので、
再就職活動は止めてしまいました。

しかし、たまたまトレードで稼げるようになったので再就職活動は止めましたが、
生活費が稼げなければ、何かしらの仕事をしなくてはならず、
障害者手帳を得るために、確定診断を受けに行ったと思います。


その3 につづく

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その1  

しばらくは私の発達障害のことを書こうと思います。
いずれは書こうと思っていましたが、なかなか書く機会がなかったので。

最近、この発達障害に起因する聴覚過敏で、精神状況があまり良くありません。
(後に詳細を書きますが、こんな感じです 聴覚過敏「音」で極端に疲れる
ブログを書いていなかったのはこのせいもあります。


■精神病院で告げられたこと

 16年間の会社員生活を送ってきましたが、
 会社員生活になじめず、1年目からストレスで十二指腸潰瘍を患い2年目で入院。
 30歳からは欝を患い、精神薬を飲みながら仕事を仕事を続けました。
 40歳で休職し、精神病院に入院。その後、退職することに。

 16年の会社員生活は本当に辛かったです。
 かといって、私の勤めていた会社がブラック企業だったかというと、
 そんなことは無かったと思います。
 一緒に働いていた同僚や上司もとてもいい人でした。

 仕事を続けられなかったのは、会社に問題があったからでは無く
 私自身に問題が有ったことが後に分かりました。


 休職中に精神病院に入院しましたが、
 退職後も仕事を失った絶望感から脱することができず、
 鬱状態が酷く2度目の入院をすることになりました。

 2度目に入院した病院は、休職中に入院したのは別の病院で
 主治医も変わりました。

 その病院で主治医に言われたことは、
 私は軽度の発達障害であり、その二次障害として鬱を発症しているのではないかと。
 軽度というのは、障害がありながらも、なんとか社会で自立して生活できている
 ということだったと思います。



■なぜ、主治医が私の発達障害を疑ったのか?

 私は入院当初、希死念慮が強く閉鎖病棟に入院していました。
 その後、1ヵ月ほどで症状が良くなり、解放病棟に移ることになります。

 しかし、閉鎖病棟で慣れた環境、人間関係を
 解放病棟へ移ることで、また初めから構築することにとてもストレスを感じ、
 主治医に「元の閉鎖病棟に戻して欲しい」と直訴しました。


 閉鎖病棟は自由が全くありません。
 散歩や売店の買い物も、決められた時間に職員同伴で行かなくてはなりません。
 お風呂も監視の元、決められた時間に大きなお風呂にみんなつかります。

 そんな不自由である閉鎖病棟に、自ら進んで戻りたいという患者を
 その主治医は初めて見たと言っていました。

 発達障害の特徴として、変化を嫌うということがあるらしいです。
 自分の居心地の良いと思う場所に固執する。
 主治医はそこで、私のおかしさに気付いたようです。

 その後、色々な検査を受けて
 (知能検査、おそらくWAIS-IIIを受けたり、絵を書かされたり)
 その疑いがあると診断されました。

その2 につづく

category: 精神病院での入院生活

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今日1日  

【6:30】
 起床。昨晩はお酒を飲まなかったので
 目覚めはまずまず。

【午前】
 寄り付きで8月の優待銘柄をクロス
 本日のトレードはそれで終わり。

 あとは、証券会社のマイナンバーの書類を書いたり。
 そんなことをしていたら午前中は終わり。
 意外と時間がかかった。

 ただこの先、金融機関のマイナンバーの運用はどうなるのか?
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 政府は13日までに、社会保障と税の共通番号(マイナンバー)を活用して高齢者が保有する 
 預金や有価証券などの金融資産を把握する仕組み作りを先送りする方針を固めた。 
 時事ドットコムニュースより
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【午後】
 14時頃、自宅で少し遅めの昼食。
 冷凍うどんを茹でて、スーパーで買ってきたイカ天とさつまいも天を入れて
 天ぷらうどんを食べる。

 昼食後、まだ場中ではあったものの、将棋のTV対局を2局見る。
  第26期銀河線 決勝トーナメント
   屋敷伸之九段vs渡辺大夢五段
  NHK杯テレビ将棋トーナメント
   松尾歩八段vs山崎隆之NHK杯選手権者
 
 トータルで3時間ほど見たら、もう夕方になっていた。
 ベランダの洗濯物を取り入れる。

【夜】
 妻が実家に帰っていたので私が夕飯の準備。
 暑くて台所に立つ気が起こらず、子供たちはから揚げ弁当。
 私はスーパーのお寿司。

 その後は自由時間。ネットをしたり、お風呂に入ったり。


今日は1日何もしませんでした。(マイナンバーの書類は書いたけど)
明日の予定も特に無し。
明日は明日の風が吹く。

category: トレーダーの日々201808

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今日1日  

昨晩は外へ飲みに行きました。
1軒目で生ビール3杯の後、2軒目ではちょっと羽目を外して、
金宮焼酎梅割りを2杯、最後にグレープフルーツサワーを飲んだら、
無事撃沈しました。


【8:30】
 目を覚ますも布団から出られず。
 二日酔いでは無いものの、何となく起きる気がしなくて
 ゴロゴロしながらスマホで寄り付き前気配を確認する。

【9:30】
 なんとか布団から出て、ベランダに洗濯物を干す。
 今日も朝から暑い。
 部屋に掃除機をかけるのはパス。
 台所の洗い物は午後にすることに。

【10:30】
 することも無く暇だったので
 ブランチを食べに車に乗って郊外の喫茶店へ。
 アイスコーヒーとミックスサンドを食べる。

【12:45】
 帰宅
 後場も暇で、そろそろ昼寝でもしようかと思っていると、外は凄い雨と稲光
 慌てて洗濯物を取り込む。
 外出していた子供から電話があって、車で駅まで迎えに行く。

【15:30】
 午前中から放置していた台所の洗い物を片付け、
 夕食の御飯を炊飯器にセットする。

【16:00以降】
 自由時間
 友人と電話をしたり、ネットをしたり。
 夕飯はカレーライスだったので、お酒は飲まず。
 そろそろ寝ます。



夏休みにつき、することが無く暇です。
トレーダーさんとのラインの遣り取りで、毎日暇だと送ったら、
「平和で良いですね」と返ってきた。
長期保有ポジションが痛んでいて、それ程平和でもないのですが。

そんなに暇だったら、図書館にでも行って
名作と言われるDVDでも見てきたらどうですか?と勧められた。
そういうことができるのですね。
良い事を聞きました。

category: トレーダーの日々201808

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FXのスワップ生活が破綻した時の話  

トルコリラが騒がれているので、少し昔話を書いてみます。
今から10年程前の話です。

2006年までは新興市場がそれなり好調で、株式で利益を上げることができました。
しかし、ライブドアショックを境に風向きが変わり、
2007年になると株式で利益を上げることが難しくなってきました。

そこで私が着目したのは、高金利通貨に投資してスワップ(利息収入)を得ることでした。
トルコリラ、南アランド、NZドル
なかでもトルコリラの金利は高く、
私は資金の多くをトルコリラに投資していました。
最初にトルコリラを購入したのは2007年6月。当時の為替は93.08円でした。



高金利通貨のスワップ収入は、私の想像している以上に凄い物でした。
何もしなくても、毎日スワップで1万円以上の収入を得ることができたのです。
当時、新居を購入したばかりで、住宅ローンの支払いが月14万円ありましたが、
スワップで月30万円を超える収入があり、ローンを支払っても、まだ手元に16万円以上が残るのです。
会社帰りに、焼き鳥屋や寿司屋へ一人立ち寄り、
カウンターに座って、夢見心地気分で美味しいお酒を週に2~3日は飲んでいました。
そんな生活を送っても、スワップで得たお金は使い切らないのです。

株では稼げなくなったものの、FXの高金利通貨で不労所得を得る方法を見つけてしまった。
自分の人生は楽勝だと確信していました。



ところが、2008年9月15日、アメリカ合衆国の投資銀行である
リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したことに端を発して、
連鎖的に世界規模の金融危機が発生しました。

その結果、安全通貨である日本円に買いが殺到し急激な円高が進行。
特に新興国通貨の売りは激しく、私の保有していたトルコリラも急落。

ここでよせばいいのに、ナンピン買いをしてしまい、傷口を更に広げることに。
最後は強制ロスカットとなり、私の21年の投資人生の中で、
未だ破られることの無い過去最大級の損失を出してしまいました。

この時、もう金輪際、投資と名の付く物からは足を洗おうと決意したのでした。
(まだ、株はやっていますが、FXはそれ以来やっていません)



私が思うに、世の中に美味しい話、上手い話は無いということです。
トルコリラを含む新興国通貨が高金利なのは理由があるのです。

信用力の乏しい新興国と言われる国は、
金利を高く設定しないと外貨を集めることができません。

一方、金利とインフレ率は連動していて、
インフレ率が高いということは通貨安を引き起こす要因になります。

例えば、インフレ率が10%であるならば、
1年後にその通貨は10%切り下がる、と理論的には考えられます。
(あくまでも理論的にはで、上下変動はあると思います)

だから、どんなに高金利であっても、
通貨安から逃れられない限りは、利益を得ることができないのです。
得られたスワップは、通貨安による損失で相殺されてしまうのです。
これは、何年投資しても結果は同じです。理論的には。

こいうった結論が自分の中で得られたので、
私は高金利通貨のスワップ(利息)を期待した投資は止めました。



つい1ヵ月前も、ある証券会社からトルコリラに連動した仕組債を勧められました。
トルコリラ円が23円位の時で、担当者曰く、今が底値に近いのではと。
しかし、リーマンショックの時に、1年で通貨価値が半値近くになったトルコリラが
信用できるわけがありません。

私は断りましたが、この低金利時代にトルコリラは魅力的な商品には違いません。
それは「通貨安圧力」を勘案しなければの話なのです。



世の中、上手い話はないのです。

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今日1日  

■カフェイン

昨晩は、布団のなかで本を読み、1時頃に電気を消すも眠れませんでした。
頭が冴えて眠気が全然来ない。
何でだろうと考えたら、昼に自宅でアイスコーヒーを飲んだからでした。
自宅のアイスコーヒーは濃いので、カフェインに弱い私は眠れなくなるのです。
2時頃やっと眠れたと思ったら、6:30に目が覚めてしまい、その後は眠れず。
今日は寝不足気味でした。


■金券ショップ

クオカード、株主優待券を換金しに
昼から都内の金券ショップへ行ってきました。

最高値で売るため、4軒の金券ショップにまわったのですが、
1軒は午前中のみの営業で午後は休み
2軒は買取金額に制限あり(1万円までと5万円まで)
1軒は通常営業
と、お盆休み前で買い取りを控えているようでした。
予定の7割程度しか売れませんでした。


■中華料理屋

金券ショップを回って、14時過ぎに昼食を食べに中華料理店へ。
ラーメンと半チャーハンのセットを頼みました。

初めてのお店だったのですが、色々と残念でした。
オープンキッチンのカウンター席に座ったので、作ることろが見えるのですが、
ラーメンは中華鍋のお湯が沸騰する前に麺を投入し、4~5分茹でている。
チャーハンは、すでに作り置きしてあるものを炒めなおして提供する。
美味しいはずがありません。

腰の無いフニャフニャの麺と、パサパサのチャーハンを
複雑な気持ちで食べました。

私は旅行へ行ったり、外出した時は、
出来る限り同じ店には行かないようにしています。
色々な経験をしたいので。
だからハズレの店に行ってしまうのは、仕方の無い事です。


■トレード

決算シーズンも今日がピーク。
来週の火曜日まではまだ少しありますが、
8月後半からボチボチトレードを再開する予定でした。

が、トルコリラショック?でリスクオフモードに突入か?
夜間の日経平均先物、海外市場は軟調です。
もうしばらくトレードは控えた方が良いかもしれません。
今年は本当、ダメですね。

先月は無理をしてお金を減らしてしまったので、
今月はトレードでお金を減らさないように。
それでも、日々の生活費は確実に減って行く訳で、
毎日が自由な身と言えども、こういう時は専業投資家は辛いです。

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昨日1日  

一月前、胃の調子が悪くて、7/10に内視鏡検査を受けましたが、
まだ、その結果を聞いていなかったので
昨日の午前中、検査を受けたクリニックに行ってきました。

逆流性食道炎はあるものの、胃は異常なし。
薬を飲んで、しばらく様子を見てくださいとのことでした。
最近はお酒も飲めるようになってきたし、
ちょっと調子は上向きです。


昼前に診察が終わって、折角街に繰り出したのだから、
どこかで昼食を食べて行こうと思ったものの、あまり食欲はありませんでした。

ラーメン、とんかつ、カレーライス、
あれこれ候補は思い浮かぶものの、どうも食べる気がしない。
結局、胃に優しそうな(脂っぽくないという意味で)海鮮丼を食べました。

海鮮丼を目の前にして、ビールを追加注文するかしないかで
散々逡巡したものの、やめることに。
後場もトレードの予定は無かったので、飲んでも良かったけど、
やっぱり胃の調子は全快ではないので。


自宅に帰ってからは、ボードをぼんやりと眺めつつ決算銘柄のチェック。
資生堂、激しすぎます。
昨日もだけど今日も。

バーチャトレードで見ているだけだけど、
付いていけない感じです。


手持ちは4銘柄(東証1部:2銘柄、REIT:2銘柄)
中期で保有予定なので、しばらくは何もせず見守っています。

明日もノートレードの予定。
金券ショップに行って、クオカードを換金してこようかな。


明日から上大岡で京急将棋まつり。
都合が付けば1日は行きたいです。

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今日1日  

台風が接近しいるおかげで
東京は涼しくて快適です。


トレードは、決算銘柄を避けていることもあって暇です。
取り引きも殆どしないだろうから、
信用で買っているREITを現引きしました。
稼げない時は金利もバカになりません。


8月の優待銘柄の競争も激しいですね。
今から金利を払ってまで、と思ってしまうので
まったく取る気がしません。

いつも一般信用で早めにクロスしている友人がいて、
彼は相当金利、貸株料を払っているとか。
それで、制度信用で前日にクロスしたらどうだろうとシミュレーションしたら、
高額な逆日歩を払っても、トータルでは制度信用でクロスした方が
コストが安かったと言っていました。

しかし、高額逆日歩は、精神的なダメージが大きいんですよね。
まあ、8月は無理をしない程度にボチボチ取ります。



今日の後場はお休み。
14時頃に遅い昼食を食べに行きました。
から揚げ定食を食べたらお腹が一杯で、いつもの時間に夕飯を食べれませんでした。
これから夕飯を食べます。

午前中、業務用スーパーで2Lの宝焼酎と炭酸水を買ってきたので、
その焼酎を飲みます。
カットレモンで割って。

昔はビールが好きだったけど、今は8割が焼酎です。
この時間から飲むので、明日は朝寝坊かな。
今週1週間は休みで良いや。

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憂鬱  

土曜日の夜から2泊3日で、山梨県にある父の家に行ってきました。
妻の仕事の都合もあり、あまりのんびりは出来ませんでしたが、
日帰り温泉施設へ行ったり、北八ヶ岳にある白駒の池に行ったり、
それなりにリフレッシュできました。



今年の夏は暑いせいか、スズメバチの活動が活発なようです。
父の家にも幾つかハチの巣が作られていて、
これまで手が届くところの巣は、父がスプレー缶の殺虫剤を使って取り除いたようです。
しかし、高いところに作られた10cmぐらいの巣は取れなかったようで、
今回私が家に行く機会があったので、取ることになりました。

昨晩、ハチの活動がおさまった夜に、
軒先に作られていた巣を棒でつついて地面に落としたら、
スズメバチが激怒して、飛び回る飛び回る。
2匹が家の中に入ってしまい、1匹はやっつけたものの、もう一匹は残ってしまい、
寝るときは寝室に居ないことを確認して、部屋を閉めて寝たものの
この家のどこかにまだ潜んでいると思うと憂鬱でした。

朝になって2階の部屋にいることを確認。
車で薬局に行き、ハチ用のジェット殺虫剤を購入。
もし何かあったら使おうと思っていましたが、
襲って来ることもなさそうだったので、
ハチを刺激せず、そのままにして東京に帰ってきました。

父もしばらくは山梨の家には行かないそうなので
その間に、尽きてくれればと思っているのですが甘いかな。



スズメバチに関する知識が全くなかったので、
安易にハチの巣を除去したのですが、
ネットで調べたところ結構危険なのですね。

だからといって、業者に頼めば1万円~の費用がかかる。
そのまま放置すれば、ハチの巣は益々大きくなって行く。
どうすれば良かったのか、未だに良く分かりません。

そんなこともあって、
気分転換に山梨の父の家に行ったのですが、
昨晩の夜から今日の昼までは、何とも言えない憂鬱な時を過ごしました。



東京の自宅に帰ると室温は34.3℃
3日間家を空けていて、閉めっきりにしていたので仕方がありません。

今週は東京に台風が来て、少し暑さは和らぐようですが、
8月一杯は猛暑が続くようで、やはり憂鬱です。

会社員時代は毎日憂鬱な気持ちだったのですが、
最近はトレードでも稼げないし、身の回りでも嫌なことばかりだし、
憂鬱な日々が続いています。

酒で憂さを晴らすしかないのか・・・
(今日は飲んでいます)

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町屋の酒場で痛飲  

7月下旬のある日、証券会社の担当者から電話がかかってきました。
「一度、支店に来てくれませんか」と

こちらは何の用も無いので、行くのを渋っていたら
「ニックさん大丈夫ですよ、何も商品の勧誘はしませんから」というので、
昨日はその約束をしていた証券会社の店頭へ、ノコノコと出掛けてきました。

東京は連日猛暑日が続いていて、街には熱風がこもっており酷い暑さでした。
何もこんな暑い時期に呼び出さなくても、と恨みがタラタラ。
そして、支店に行くと普通に投資信託の説明をされました。

商品の勧誘はしないと言ったのにと思ったけれど、
大半の証券マンは嘘つきなので、そんな事は慣れっこです。
1時間ほど説明を受けて、何も買わずに店頭を後にするのでした。


折角、都内に出てきたので、下町の投資家さんと町屋で落ち合って、
2人で暑気払いをすることに。

16:50町屋駅前で待ち合わせ
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もう夕方だというのに、とても暑いです。

本日の1軒目のお店は、
亀田もつやき店
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町屋駅から徒歩3分
開店10分前に行くと、既に1人並んでいました。
開店前には5~6人ほどの待ち。
並んでいるだけで、汗がダラダラ滴り落ちてきました。
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17時に開店し、2人掛けのテーブル席へ
涼しい店内に入り、冷えたボールを喉に流し込むと生き返る。
酎ハイ(黄色)290円
下町名物、黄色い焼酎ハイボールです。
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もつ煮込み(280円)
白味噌仕立てであっさり目。私の好みの味です。

あっさりのもつ煮込みを食べたら、
赤羽の米山を思い出し、そっちへも行きたくなりました。
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バラ肉(150円)、カシラ(110円)
塩焼きでお願いして、にんにく味噌60円で食べます。
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シロ(90円)、レバー(90円)、とり皮(100円)はタレ焼きで。
もつやきはどれもレベルが高い。しかも安い。
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酎ハイ(黄色)を2杯飲んでからは、
白ハイ(無色炭酸割)(290円)の紀州梅干し(80円)割りに。
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生野菜サラダ(310円)
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カレーコロッケ(270円)
揚げたてで、とても美味しい。御徒町の肉の大山を思い出す。
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シシャモフライ(290円)
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亀田もつやき店は、とても居心地が良く
2時間半も滞在してしまいました。
非の打ち所が無い大変良いお店でした。

2軒目は、都電に乗って王子駅前に繰り出す予定でしたが、
あまりの暑さに移動する気力が無く、そのまま町屋で飲むことに。
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2軒目は 食事処ときわ
店の前に行くとびっくり。
というのも、私が最後にこのお店を訪れたのは3年ほど前。
その時の古めかしい店舗は無く、ビルに建て替わっているではありませんか。
聞くと昨年7月に新店舗になったとのことでした。

20時前、お店は満席で入れず。
お店の前に常連さんがいて、2階の系列店の割烹も良いと勧められ、
そちらへ行こうとしたところ、丁度席が空いて入れることに。
次回は割烹の方に行って見たいです。
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バイスサワー(460円)
いつものコダマ飲料の瓶
そして下町ならでは、ジョッキの8割が焼酎と
思いっきり濃いバイスサワーに大満足
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刺身3点盛り(650円)
3点盛りと書かれていたけど、5点盛りだった。
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山いも千切り(300円)
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店内の雰囲気
お座敷のあった昔の店舗の方が好きだったけど、
時代の流れには逆らえず。
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短冊メニューは変わらず
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美味しさも変わらず
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ときわには、閉店の22時まで滞在してしまいました。


夜になっても蒸し暑さは続いていました。
この日は下町のチューハイを6杯飲んで、フラフラになりました。
昔はもっと飲めたような気もするけど、
何事も程々が一番なのかもしれません。

今日は週末だけどお酒は抜き。
明日から土日。
1週間が終わるのは早いです。

【おわり】

category: グルメ

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■2018年7月の勤務成績   

今日から8月に入りました。
また、暑い日が続くと思うと気が重いです。
早く秋が来て欲しいです。

先月の収支を計算しました。
勝っているときは計算するのが楽しみなのですが、
負けているときは辛いです。

■2018年7月の勤務成績

 今月の収支はマイナスでした。
 今年の月次の状況は
   1月:〇    7月:×
   2月:〇    8月:
   3月:〇    9月:
   4月:〇   10月:
   5月:〇   11月:
   6月:〇   12月:
   〇:プラス ×:マイナス 


■7月雑感

 今月は負けました。
 体感的には100万円オーバーの大負けに感じたのですが、
 そこまでは行っていませんでした。

 1ヵ月前に書いた7月の展望で
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 7~8月は夏枯れ相場の閑散期に入るので、
 あまり積極的には取り引きをせず、
 またお休みを取ろうかと思っています。
 ------------------------------------------
 と書いたのですが、普通にトレードをして普通に負けました。
 止めとけば良かった・・・

 旅行にでも行っていれば良かったのですが、暑くて外出する気が起きず。
 自宅に居ても退屈で、することも無くトレードをしてしまいました。

 試行したシステムトレードも機能しませんでした。
 パラメータをいじって調整します。
 年内は諦めずに色々試そうと思います。
 結果ダメかもしれませんが。
 
 
■長期ポートフォリオ

 今月は投資信託の一部を解約し、キャッシュポジションを増やしました。
 日本株式  2%(現物株を含む)
 日本債券 18%
 外国株式  0%
 外国債券  8%
 CP(短期トレード用資金)72%
 含み益は50万円ほど。


■株主優待(7月取得銘柄)

 7月の取得はありませんでした。


■8月展望

 8月は勝つことよりも、負けないことを主眼において。
 ダメならノートレードも有りだと思っています。

 7月はマイナスでがっくり来ました。 
 でも、翌々考えると私のやっていることは投機で
 少し乱暴な言い方をすると、勝ったり負けたりの確率は1/2なのです。

 しかし、ここ数年のアベノミクス相場に慣れてしまい、
 勝つ事が当たり前のような感覚になっていました。
 人間というのは恐ろしい物で、勝つ事に慣れてしまうと
 負けるはずは無いと変な自信が湧いてくるのです。
 そんな間違った全能感を否定された7月でした。

 8月は気持ちを引き締めて再度頑張ろうと思います。

category: 勤務成績

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