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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

巣鴨の専業さんの話 その1  

今日は雨が降っています。
なんとなく家に一人でいると陰鬱な気持ちになりそうなので、
妻子の買い物に付いて行くことにしました。

私は特に買いたいものも無く、一緒に昼食を食べた後、
一人喫茶店に入ってブログを更新しています。

もう二度と会うことがないかもしれない、
巣鴨の専業さんの事を少し書いてみます。



■1

巣鴨の専業さんと会ったのは、今から13~14年前のことです。
インターネットの株式掲示板で知り合い、
そのオフ会で会ったのが最初だと記憶しています。

私より8歳年上の今年55歳。
元は中堅証券の対面営業をやっていました。

彼は大学卒業後、ある証券会社に入社しました。
(少し前に証券業界は合併が相次ぎましたが、まだ当時のまま残っている中堅証券です)
証券会社に就職したのは、学生時代から投資が好きだったからです。

入社したのは折しも、これからバブルが始まろうとしていた時代でした。
その当時、彼の会社のボーナス支給の算定方法は、
自分の顧客から得た売買手数料の10%(だったと思う)といったインセンティブだったので、
バブル景気時にはボーナスは軽く100万円を超えていたと言っていました。


1999年の金融ビックバン以前の株式の委託手数料は
どの証券会社でも同じで固定されていました。
(当時の大蔵省(現金融庁)が決めていた。護送船団方式
バブル景気当時は、まだインターネット環境が普及しておらず、
ネット証券も存在しなかったので、当時の委託手数料は今と比較すると高く、
売買代金にもよりますが片道で1%、往復で2%程度でした。

しかし、バブルが崩壊し、証券業界は冬の時代へと突入します。
株式投資をする人も減り、委託手数料は激減。
そんな中、投資信託などの売りたくない商品でも売らなくてはならない日々が続きます。

みんながみんなとは言いませんが、
証券マンは、客に大きな損をさせても屁とも思わないような
心臓に毛が生えたような人でないと長くは勤まりません。

巣鴨の専業さんは優しいところがあったので、
そういった商品を無理に売ることができなかったのでしょう。
早い話、投資が好きで投資知識はあても、証券営業には向かない人でした。


■2

その証券会社では、毎日朝礼があって、
営業マン一人一人の前日の売り上げがみんなの前で発表されていました。

鈴木1000万円、田中600万円、高橋300万円、巣鴨、お前はマルだ(0円のこと)
巣鴨の専業さんいわく、最後の方(退職を決意した頃)は入社1年目の新人にも
売り上げが負けていたと。


マルの日々が続くのも辛かったそうですが、それよりもっと辛いこと、
それは追証の徴収に行くことでした。

対面営業の証券マンは、追証の徴収には自身が行くことになります。
それは今も変わりないようです。
私はネット証券のように、取り立て専門の部署があるのかと思っていました。

ネット証券では、あらかじめ入金した余力の範囲でしか株式の注文はできませんが、
対面証券では、売買が約定した4営業日以内に入金すれば良いのです。

巣鴨の専用さんが勧めた株を顧客に購入させ、4営業日目になっても入金が確認できない。
その株が上がっていれば反対売買してしまえば良いのですが、
大きく下げっている。
そんな時に取り立てに行くのは辛かったそうです。

追証の徴収もそうです。
損をして信用余力が減ってしまったのですから、そんな人のところへお金を徴収しに行くのは辛い。
私でも想像がつきます。

ある証券会社では、追証を徴収しに行くことを、
支店内の隠語で「お葬式に行く」と言っているそうです。


■3

昔の証券会社は、パワハラで満ち溢れていました。
今でこそ、バックオフィスと接客ブースは分かれていますが、
昔はワンフロワーで仕切りも無く丸見えのところが殆どでした。

壁一面に大きな証券株価のボードがあって、
仕事中の証券マンも客も、同じボードを見ていました。

ある時、ある証券会社で、証券マンが上司とおぼしき人に
四季報で頭をひっぱたかれている光景に遭遇したことがあります。
当時はそんな光景はどこにでもありました。
今だったらパワハラと騒がれるでしょう。

巣鴨の専業さんの支店では、朝はみんな自分のデスクの前に立って
電話営業を始めるそうです。
そして注文を取ることができた人から順に、自分の席に座ることができる。
巣鴨の専業さんは、座ることができない日もあったそうです。

証券業界の話はありませんが、投資用マンションの電話営業で、
出社したら電話を持つ左手と電話機の受話器をガムテープで固定するといった話を
聞いたことがあります。
受話器を一瞬たりとも置くことが許されない。


今はだいぶ環境は改善されたかもしれませんが、
金融、不動産の営業だけはやりたくないです。


投資は好きだけど、お客に投資商品を売るのは好きでない。
彼は証券会社を辞めることになりました。
30代半ばのことだったと思います。

その2 に続く
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category: 友人

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