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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

達人さんへの返信  

友達付き合いについて のコメント欄の返信になります。

達人さんの20代の頃から今までのことを拝見させて頂きました。
なかなかの波乱万丈の人生で、失礼かもしれませんが、
楽しく読ませて頂きました。

こういった生き方が良いのか悪いのかは私には分かりません。
それは、自分の人生の評価は常に主観的でなくてはならないからです。

客観的に(他人から見て)酷い人生であっても、
主観的に(本人から見て)満足しているのであれば、それで良いからです。
逆もしかりで、どんなに他人から羨ましがられるような人生を送っても、
本人にとっては辛い人生に感じるときは往々にしてあるのです。

それが
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この話をすると自慢話のように聞こえる人もおりそんなの鬱じゃないと否定もされました。
金融資産があって将来不安って矛盾してます。
でも鬱になってしまったんです。思考に柔軟性がないのか視野が狭いのか
自分に自信もなくこの先どう生きていけばいいのか可能性をすべて否定してしまう感じです。
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だから、他人とは分かり合うことはできません。

また、達人さんは
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一億達成してから  はあー?って内容かもしれませんが。
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ということを分かっているにも拘わらず、衆目にさらされるネット上でこの話を書いた。
だから自分の自慢をしようという気持ちは無かったように思えます。

では、なぜこういったことを書いたのか。
それはこれまでの人生の棚卸をしたかったのではないでしょうか。
過去を振り返り、どの時代にどいういった価値観で生きてきて、
その時代、その時代で振り返った時にどのような感情であったのか。
こうして自分の過去を振り返り、正確な言葉に置き換えてることによって
これまでの自分の在り方を見つめ直している。そんな気がします。

私は一人でお酒を飲むと、ぼんやりと、人生の現在、過去、将来に思いを馳せます。
これがたまらなく好きです。
人生の将来を考えるとき、過去とは切り離せません。
自分という人間の価値観は、過去から作られているからです。

不満な現在を変えるためには、
過去に培ってきた価値観や観念を変える必要があります。
だから、希望のある未来、不満のある現在、過去の生き方
というのはセットで考える必要があります。

だから達人さんは、私のコメント欄で、
自らの内から溢れ出て来た過去の出来事を一気に書かずにはいられなかった。
そしてそれを元にして、この先の生き方を模索しようとしているのように思えます。

以下は 空っぽのまま死ぬのだと思うと、少し寂しい のコメント欄の返信です。

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社会に親に背を向けて。逃げて隠れていました。
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私はこれが悪い事とは思えません。

社会に適応できない人もいるでしょうし、ろくでなしの親の元に生まれ、育てられた人もいるでしょう。
事情や環境は人それぞれ異なります。
だから、それをひとくくりにすることはできません。

私が良くないと思っているのは、自分自身に背を向け、逃げ隠れすることです。
自分に嘘をつき、誤魔化しながら生きることは嫌です。

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本当に何もしない、何も生み出さないという毎日はきつく感じます。トレードをやめてしまい、
1日中何もすることが無く、尚且つお金を全く生み出さない生活というのは、
想像していた以上に苦しくです
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「何も生み出さないという毎日はきつく感じます」というのは私は分かります。
少し気になるのは、「お金を生み出さない生活が苦しい」ということです。
私も初めのうちはそう思っていましたが、今は違います。

達人さんはおそらくですが、これ以上お金を生み出さなくても
充分生活はしていけるような資産はお持ちだと想像しています。
だとすると、お金を生み出す生活は本当に必要なのでしょうか?
それは、達人さんのこれまでの人生の中の固定観念として、
お金を生み出す生活を送らなくてはならない、
あるいは、何かしらの仕事をしてお金を得なければならない、
そうしなければ、世間や自分は納得できない
と考えているのではないでしょうか。

だとすれば、今一度、達人さんのなかで、「お金を生み出す」ということを考えなおして、
それでも、やはりお金を生み出す何かが必要だと確信できるならば、
仕事であったり、起業であったり、投資であったりと、
お金を生み出す仕組みについて真剣に考えることが必要です。
そうすれば、これからやるべきことは決まるように思えます。

私は会社員生活とトレーダー生活を送ってきて、
そのいずれも自らは望まない形で終わらせていますが、
「社会的地位」や「お金」を求めることは、もういいかなと思っています。
これは強がりでは無く、腹の底からそう思っています。

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ニックさんは自分をコントロールして活字にすることで今の思いを確認して
日々の生活を送られているようですが
無職で一日何もしていないからストレスは全く無いと言える、
私もそう考えたいです。しかし現実何もしないことがストレスに感じるんですよね。毎日が日曜日、
毎日が休日なので何もしないことが苦痛になってくるんですよね。特に鬱状態の思考では
どうしようもないです。この状態が死ぬまで続くと考えてしまうんですよね
ひどい鬱の時は・・・
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私も全く同じ状況です。

考えているときは幾分気分が紛れるものの、それをして何になるのか?というのが未だに分かりません。
何も生み出していないし、時間だけがただただ過ぎていきます。
そのことで、1日の終わりに強烈な虚しさを感じることがあります。

しかし仕方がありません。
今は自分が本当は何がしたいのかを探っている時期なのですから、
こうすることしかできないのです。

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さーどのように自分の思考をコントロールして生きていくか、
また集中できるものにめぐり合いそんなことすら忘れられる生活がやってくるのか・・・
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人生の巡り合いとは分からないものです。
会社員を辞める事は夢にも思っていなかったですし、
短い間でしたがトレードで生活ができるとも思っていませんでした。
すべてが偶々のような気がします。

何気なく手に取った知らない作家の本を読み、心を激しく揺さぶられる時がある。
だからこの先、何気なくやってみたことが死ぬまで熱中できる事だったりするのかもしれません。
ここ最近は、人生というのは偶然に強く支配されているのだなあと感じます。
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category: 思索

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考えるという事について  

Tochiさんからコメントを頂きましたので、
「考えるという事」について考えてみました。
ここでは考える対象を、答えのあるかどうかわからないことに
限定することとします。

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考える時に脳内で起きていることは、経験や知識の整理・統合・推理などの情報処理だと考えられます。
だとすると、必要な情報や経験のピースが揃っていなければいくら整理しようが推理しようが
パズルは解けません。
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Tochiさんの書かれている通り、考えるというとは自分の経験や知識のを元にすることには
異論はありません。
しかし、それだけでは情報は圧倒的に不足し、パズルは解けないかもしれません。
また、仮にパズルが解けたとしても、それは一人よがりの考えに基づいており、
味気の無い、深みの無い結論になってしまいます。

それを回避するためには、他者の思想を取り入れることが必要であり、
読書をしたり、他者との議論をすることにより補うことができます。

本には、色々な人が歩んできた人生が要点良くまとめられおり
短時間でそれを知ることができます。
また、先人の知恵、普遍的な真理など、生きる上でのヒントを知ることができます。
幅広い分野の本が出版されているので、情報収集に困ることはあまりありません。
必要な情報や経験(疑似経験になりますが)はここで補えます。

そして、このブログのコメント欄でのTochiさんとのやり取りは
他者との議論ということになります。

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ピースの足りないパズルを解こうとする努力は、神経回路を混線させ、
ショートした回路をぐるぐると回すことに大量のブドウ糖を注入することで、
パズルが解けないことによる苦痛を生み出す事自体を目的(=答え)としているのではないでしょうか。
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ここでTochiさんの書かれていることと
私が思っていることが同じかは分かりませんが
明確な答えが出るかどうかわからないような問いに対して
答えが出ない事を半ば知りつつ、それを何とかしようと必死になって悩み苦しみ、そのことで自己満足する
ということであるのならば、私はそう(苦痛を生み出す事自体を目的している)ではありません。
それは、その過程において別の気付きがある可能性があるからです。

具体的な話を書きます。
例えば、「人生とは何か」といった漠然とした問いについて考えることとします。
この場合、何をどう考えて良いのか糸口は全く掴めません。
それは、パズルのピースが足りているのかどうかすらも分からないのです。
ですから、初めから解けないことは分かっている。
多くの人は、この時点で考える事を放棄したくなります。

また、考えることを放棄せず、それを分かっていながら考え続けるということは、
自らが苦痛を選択する行為にも思えます。


しかし私は違います。
この「人生とは何か」という漠然とした問いを直接的に考えるのではなく、
人生を構成する様々な要素について、個々に考えるのです。
「友人とは何か」「仕事とは何か」「家族とは何か」「幸せとは何か」「趣味とは何か」
「お金とは何か」「地位・名誉とは何か」

こういった細分化された問いについて、一つ、また一つ結論が出始めたときに
当初の問いである「人生とは何か」について分かり始めるのだと考えています。

しかし、人生を構成してるものを全てを洗い出し考え抜くことは不可能ですし、
その中に、重要なピースが欠けている可能性すらあります。
だから、「人生とは何か」という問いに対して、私は死ぬまで結論が出ないかもしれないと思っています。

しかし、それでも私は良いのです。
「人生とは何か」という当初の問いの解は得られなくても、
人生の一部を構成する、「お金とは何か」「地位・名誉とは何か」といった
部分的なことでも、自分の中で結論が得られれば満足なのです。

それが、先ほど述べた「その過程において別の気付きがある」ということです。
ですから私の場合、苦痛を生み出す事自体を目的(=答え)とはしていません。
あくまでも、考える事に対して、何かしら自分の中で結論が得られることを求めています。

category: 思索

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