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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

カメラが故障しました  

3週間ほど前、カメラが故障しました。
故障と言っても動かなくなった訳では無く、
写した画像上の同じところに黒い豆粒ぐらいの点が写るようになったのです。
明るいところで撮影した写真では目立ちませんが、逆光で写すと目立ちます。
気になるので修理に出しました。
そのカメラが、昨日帰ってきました。

その間は古いカメラを使っていたのですが、画質があまり良く無くて、
今使っているカメラが帰ってきて嬉しかったです。



戻って来たカメラを見て、思い出したことがありました。
私は無職になる前は機械メーカーの生産技術の仕事をしていました。
入社2年目に、ストレスから十二指腸潰瘍を患い、入院・休職をしました。
また、生産技術の仕事に興味がもてず、他の部署に異動したいと思っていました。

そんなことを当時の上司である課長に相談したら、課長は直ぐに動いてくれ、
彼の昔の上司が、製品の修理を請け負っている子会社の社長になっていて
伝手があるので、そこで私が働けないか掛け合ってくれると。
ものづくりは嫌いでは無いではないので、是非お願いしますと言いました。

1ヵ月後、課長と一緒に修理を請け負う子会社へ行き、
製品を修理している職場を見学した後、社長と面接をしました。
どんなことを話したのかは覚えていません。
ただ、何が何でもそこで働きたいとは思えませんでした。
お互い、あまり良い感触でなかったことは覚えています。

面接から数週間後、課長から呼ばれ面接結果を聞かされました。
今回の件は見送りだと。
理由は、まだ若いから、ということだったような気がします。
修理センターで働く人たちは、一定の技術経験を積んだベテランの人が多かったです。
だから経験の殆ど無い私にはまだ早いだろうと。
また、修理部門は毎日ルーティン作業であり単調な世界です。
入社2年目で、これからまだ色々な経験を積めるであろう私には向かないだろうと。
もう少し今の職場で頑張って様子を見た方が良いとのことでした。


異動の願いは叶いませんでした。
しかし、入社2年目の若造である私の相談に耳を傾けてくれて、
実際に直ぐに行動に移してくれた課長にはとても感謝したこと覚えています。
彼は上の人にも下の人にも気配りができ、仕事もできる人だったので
部長・執行役員ととんとん拍子に出世し、最終的には取締役にまで昇りつめました。

出来る人と言うのは、後天的な努力よりも、
先天的な才能(つまり生まれ持った才能)の要素の方が大きいような気がします。
どんなにがんばっても敵わない人が世の中には大勢居る、ということを
この会社に勤めていた時に知りました。


その後、16年間ずっと生産技術部で(嫌々)働いていたのですが、
その間にも営業、品質管理、購買といった部署への異動希望を出しました。
しかし叶うことがありませんでした。
もしも社内での異動が叶っていたのなら、会社員をまだ続けていたかもしれません。
でも、幸せだったかどうかは分かりません。


修理から帰ってきたカメラを眺めていたら、そんな過去を思い出しました。
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category: 無職・仕事

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