FC2ブログ

夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

忘年会  

昨日から12月に入りました。
今年も残すところ1ヵ月になりました。
1年は本当に早いです。

12月は忘年会シーズンです。
トレーダーさんとの忘年会、学生時代の友人との忘年会に誘われましたが
全て断りました。
最近は何をするのにも億劫に感じます。
特に大勢の集まる場は何が何でも避けたいです。


昨年は上野の専業さんと2人でささやかな忘年会をしましたが、今年は無さそうです。
上野の専業さんは、私が鬱で仕事を失い、再就職先も見つからず、
仕方なく?専業投資家を始めた時に、色々な相談に乗ってもらった恩人です。

彼からは定期的にメールが来ていましたが、今年の夏前からメールが来なくなりました。
心配になり、こちらからメールをすると、しばらくしてから返信があり、
取返しのつかない大病、手術をしました。と。
こちからあれこれ詮索するもの失礼と思い、その後は連絡はしていません。
それ以降もずっと連絡が無いということは、あまり病状が良くないのかもしれません。
彼は私より20歳年上の68歳です。何があってもおかしく無い年齢です。
それでも、私にとって数少ない知人の一人でしたので、とても残念です。


12月は唯一、下町の専業さんと飲みに行く約束をしています。
私自身も急速に飲めなくなってしまったので、
1~2軒、軽く飲むと言った感じになると思います。



会社員時代の忘年会のことを少し。

地方の工場勤務だった時の忘年会は、ホテルの大宴会場を貸し切って、
泊まりでの忘年会でした。
それには理由があって、地方は東京ほど公共機関が発達して無く車社会なので、
飲んでしまうとみんな帰れなくなってしまいます。
だから、家族が車で迎えに来てくれる人を除いては、
みんなホテルに宿泊しました。

記憶によると、7月~11月までの4ヶ月間、5,000円ずつ給与から天引きされ、
積み立てられた20,000円が忘年会と宿泊費となります。
参加は半強制的で、冠婚葬祭、病気以外の理由で不参加だと
職場で村八分になるという噂があったので、参加せざる負えませんでした。
田舎は連帯意識が強いのです。自分勝手な行動は許されません。


東京の職場に転勤になってからは、駅前の居酒屋での忘年会になりました。
みんな電車通勤なので、泊まりということはありませんでした。

東京に戻ってからの最初の部の忘年会で、部長が最初に挨拶をしたのですが
「会社にぶらさがっているような奴はこの部にはいらない」
と言っていたのが印象に残っています。

上司の挨拶なんて、いつも紋切り型の定型文を読んでいるようで、
心に残ることは全くありませんでした。
そういった訓示を聞いていると、組織で働いていることを実感し、
冷や汗が出てくる思いをしました。


今は無職で自由な身分なので、行きたくない忘年会は遠慮なく断っています。
改めて感じることは、私は組織や社会には馴染めないということです。
スポンサーサイト



category: 無職の日々201912

tb: 0   cm: 0