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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その22  

16年間の会社員生活について その1~21はこちらから
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2012年4月(入社17年目 40歳)~2012年8月
退職まであと4ヵ月

4月下旬より2度目の休職期間に入りました。
春になりうららかな日々が続いてましたが、私の鬱は酷くなる一方で、
1日寝ているか、膝を抱え込むように座り、
ボーっと窓の眺めているぐらいしかできませんでした。

夕方の16時ごろ、寝室の布団で臥せていると、
家の前の道路で遊ぶ近所の子供たちの楽しそうな声が聞こえてきて、
毎日何もせず、ほとんどの時間を寝て過ごしている自分が情けなくなりました。


小学校低学年だった下の子とは、いつも夜は一緒に寝ていましたが、
私の様子がおかしいのを察してか、私から離れ一人で無言で寝ていました。
そんな子供を不憫に思い、さらに胸が苦しくなりました。


食欲も無く、砂を噛むような味気ない食事を、生きるために義務的にとっていました。
できれば食べたくありませんでした。
点滴で栄養を取れたらいいのにと思いました。
食卓での会話も全くなく、静まり返っていたと思います。

当時は家族のことまで考える余裕は全くありませんでしたが、
今にして思うと、毎日食事を作ってくれた妻に対して申し訳なく思います。
また家族に対しても、家庭の雰囲気を暗くしてしまい、
辛い思をさせてしまったと思います。
病気だから仕方が無かったこととは言え、胸が痛みます。



「仕事なんかで鬱にない方が良い」
「鬱になるような仕事からは逃げが方が良い」
こういった言葉を他人は軽々しく口にします。

しかし、当事者は、
「生活費を稼ぐために仕事をしなくてはならない」といったことと
「精神を病んでしまような仕事は辞めたい」という
相反することの板挟みに苦しみ、鬱になっているのです。

簡単に解決できるような問題ではありませんでした。
鬱病というのは、どうにもならないことに悩み苦しんだ末
なってしまう病気なのです。


近年は、仕事の効率化を求められ、業務のハードルも高くなる一方です。
それに伴い、仕事で逃げ場を失い、精神を病んでしまうようなな人々は
これからも増え続けると思います。

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オレンジ色のうつ病など:気分[感情]障害(双極性障害を含む)は増えている。
厚生労働省 精神疾患による患者数推移 より

次回は退職を会社に申し出た時のことを書きます。
その23 に続く
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category: 無職・仕事

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