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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

ちょっといい話  

はてな匿名ダイアリーからの転記です。

昔、私をいじめから救ってくれたヒーローがいた



思うところがあって、お礼の手紙を書いてみたいと思う。
すごく長くなったけど、どうしても全部吐き出したかった。


子供の頃、ヒーローに会ったことがある。
毎日、小学校でいじめられていた私の狭い世界を、一瞬で壊してくれたその人は、
有名なスポーツ選手だった。

いじめが始まったのは、小学校の中学年。たぶん、三年生の後半だったと思う。
いじめの内容は、スタンダードなものだった。
バイキン呼ばわりして、私や持ち物を避ける。
机の上に筆箱を出しっぱなしにしていると、休み時間に奪われて、それで菌のつけ合いがはじまる。
遠足の時の写真が教室に張り出されると、私の顔だけポスカで塗りつぶされる。
お風呂に入ろうが何しようが、臭いだの汚いだの言われる毎日だったけど、
途中からエイズとか言われるようになった。

その時期、ニュースでエイズが取り上げられるようになったから、
男子が面白がって言いはじめて、クラス中に広がった。
みんなが口を揃えて言うには、私はどうしようもないブスで、そのうえ吐き気がするほど汚くて、
誰も友達になりたいと思えない、世界一気持ち悪い女ということだった。
学級会的なこともあったけど、ほとんど意味がなかった。
だから、三年生から六年生までずっといじめられていた。


きっかけはよく思い出せない。
昔から身体が小さくて、いまで言ういじられキャラみたいな感じだったのが、
ゆっくりといじめに変化していった感じだった。
それまでは、体が小さいくせに運動が得意で、女子より男子と遊ぶことが多かった。
だから、男女とか言われることも多かった。
もしかして、それも一因かもしれない。
いじめられて一番辛かったのは、休み時間に誰も遊んでくれなくなること。
集団で遊ぶことが好きだったから、ドッチボールに入れてもらえなくなって本当に辛かった。


そんなある日、学校のみんなが夢中になるブームがやってきた。
三十代の人は、記憶があると思う。
Jリーグブームだ。
Jリーグが始まってから、休み時間はサッカーをする人が増えた。
いつもそれを指を加えて見ていたけれど、兄弟の友達に誘われて、
地域のサッカーチームに参加することになった。

チームには、もちろん毎日いじめてくるクラスの男子もいた。
でも先輩にあたる前述の友達や、コーチ達の前ではいじめられることがなく、普通にサッカーができた。
心にはモヤモヤするものがあったけど、一緒に遊べるうれしさがそれを上回っていた。


学校ではいじめられて。
その鬱憤を晴らすように、土日の練習に参加した。
でも、あんまり上手くなかった。走るのは得意でもボールコントロールが下手だった。
試合はいつも補欠。
まともに出たことはないけど、一回だけ偶然にシュートを決めたことがあった。
あれは本当に気持ちよかった。
そうやって、子供なりにストレスをコントロールしていたけど、気持ちは徐々に苦しくなっていった。
もうダメだ。学校行くのをやめたい。そんな風に思っていた。


この時期、うちの親は転校を考えていたようだ。
ちょうど子供の自殺が、全国的に騒がれはじめた頃合いでもあった。
まかり間違っても我が子に死なれたくない。
学校に行きたくないと言い出したら、しばらく休ませるか隣の学区に転校させよう。
そう考えて、情報を集めているところだったらしい。


そんな一番辛い時。
冗談抜きで死にたいと思っていた時に、私はヒーローに会った。
あの時のことは、生涯忘れることはないと思う。
参加していたサッカーチームが、とあるイベントに参加することになった。
首都圏にあるサッカーチームが集まって試合をするというイベントで、
なんとそこに人気のJリーガーが来るということだった。
移動のバスでは、みんなでワクワクソワソワしていた。


事前にカズが来ないと知らされたけど、超有名な選手が10人くらい来ると聞いたので、
テンションは下がらなかった。
移動中に諸注意が伝達されて、真っ先にサインをねだることは禁止された。
ブーブー言いながら、なんやかんやとイベントの試合をこなして、ようやく選手とふれあえる時間がきた。


コーチ達に、さあ行っておいでと言われた時には、すでにすごい人だかりができていた。
憧れの選手達がいるのに、とてもではないけど全員と話ができそうにない。
サインどころか、握手してもらうのも難しそうだった。
どうしようか……と立ち竦んでいた時、緑のユニフォームが目に入った。
読売ヴェルディのユニフォームだ。

当時、一番好きだったチームのとある選手が目の前にいた。
衝動的に人だかりに入っていって、夢中になってユニフォームを目指した。
きっと握手は難しい。
でもせめて、あのユニフォームにさわってみたいと思ったんだ。
他のチームの子をかきわけて、やっとのことでそのユニフォームを握った。
その時、頭に大きな手がやってきて、グイと顔を上げさせられた。



「あ、やっぱり女の子か」
目指していた選手は、私の顔を見てそう言った。
首都圏のチームには、ちらほらと女の子が混じっていたけど、まだまだ数が少なかった。
だから珍しかったんだと思う。

最初、ショートカットにして日焼けで真っ黒になっていたのに、よくわかったなと驚いた。
次に、ものすごく緊張した。
だって私は、みんなが言うには世界で一番気持ち悪い女だ。
どんなに洗っても、臭いと避けられるバイキンなのだ。
あっちに行けと言われたらどうしよう。
そんな風に考えて、一瞬で泣きそうになった。
もしかしたら、ユニフォームが汚れたと怒られるかもしれない。
さわろうと思わなければよかった。
イベントに来なければよかった。
急に怖くなって、逃げようとした。


でも頭はガッチリつかまれてるし、前後左右は人だらけで移動なんかできそうになかった。
緊張で固まっていると、その選手は私を見て笑ってくれた。
逆光だったから、笑った時に見えた真っ白な歯が、なにより印象に残っている。

「がんばってね」
その選手は、ひとこと励まして頭をなでてくれた。
たったそれだけだったけど、私の狭い世界を壊すにはそれだけで十分だった。

嫌がられなかった。
臭いと言われなかった。
気持ち悪いと避けられることもなかったし、それどころか笑ってくれた。
周りがみんな敵という状態だったから、好意的に受け入れてもらうという体験が新鮮で、
心の底からうれしかった。

しかもその相手は、あの読売ヴェルディの超有名な選手だったのだ。
冗談抜きで、世界が壊れた。
もちろん良い意味でだ。
私は別に汚くも気持ち悪くもない、普通の一人の子供なんだ。
あの笑顔と励ましは、ちゃんとそれを教えてくれた。


この日から、いじめられても大丈夫になった。
もちろん辛い時もあったけど、根っこの部分が補強されたから挫けることはなかった。
どんなに汚いと言われても「でもあの選手は、そんな風に思っていない」と思えた。
クラスメイトの言う「みんな」が、本当の意味での「みんな」じゃない。
その証拠に、あの人は私をなでてくれたじゃないか。
だからいまの悪口も適当な発言だ。
私はバイキンなんかじゃない。普通の子供なんだ。そう考えられるようになった。


自信が回復したためか、この時期から奇妙な変化も起きた。
学校ではいじめられるけど、放課後になれば遊んでくれる友達ができたんだ。
しかも、何人も。
その人達は口を揃えて「学校では○○さんが怖いから一緒に遊べない」
「クラスでは△△君が見てるから、話ができない」と言った。
本当に自分を嫌っているのは、クラスでたった二人。
他の人達は、その怖い二人の顔色をうかがっていただけだったらしい。


学校では相変わらずだったけど、放課後になれば楽しい日々がやってきた。
その二人は遠い団地に住んでいて、放課後に私が住んでいる団地に来ることはなかったから、
存分に遊ぶことができた。
小学校を卒業すれば、あの二人に会わなくなる。
それだけを頼りに、毎日学校に行っていた。


想像はあたっていて、小学校を卒業して中学校に入ったら、徐々にいじめは止んでいった。
しばらくはいじめを続行しようとする人もいたけど、中学を卒業するまでに気がつけば全部終わっていた。
高校に入って、家の近くのコンビニでバイトを始めると、
あの時のクラスメイトがお客としてやってくることがあった。

みんな店員が私だと知ると、一瞬気まずそうな顔をする。
でも私はがんばって、できるだけ普通に話しかけた。
そうしたら、みんな照れくさそうに話に応じてくれた。
買い物が終わって出ていく時に、「あの時はごめんな」と謝る人もいたし、
それには触れずに「バイトがんばってね」と言う人もいた。


いじめというのは、本当に狭い世界の話だった。
どういう理屈かしらないけど、あの狭くて小さな世界は人を狂わせる。
でも一度外に出てしまえば、みんな普通に戻る。
私は、あの選手に会えたことで外に出ることができた。
本当に幸運なことだったと思う。


なにしろ日本代表として活躍して、それこそ日本中にサポーターがいた選手に、
ほんの数秒のこととはいえサポーターになってもらえたんだ。
そんな経験はめったにないことだと思う。
あれから色々なことがあったけど、胸にはいつも「がんばってね」という言葉があった。
社会に出て、結婚して、子供を生んで。
いま、人並みの幸せというものを噛み締めながら、あの人に会えてよかった、
自殺なんかしなくてよかったと思っている。


昨日の夜、旦那と子供が遊んでいるのを見ていて、ふとお礼がしたいなと思った。
私の人生を救ってくれたあの選手に、ありがとうを伝えたいと思いついた。
いまさら気恥ずかしくて、とてもメールなんか送れないけど。ここに書くことで、
いつか偶然にでも目に入ってくれればうれしい。




私のヒーローであるあなたへ。

何万人もの子供に応援されてきたあなたは、私を覚えていないと思いますが、
私はあの日のことを絶対に忘れません。
あれから、やっぱりサッカーは上達しなかったけど、いまも家族でJリーグを応援しています。

旦那と出会い、影響されてとあるチームのサポーターとなり、時々スタジアムに足を運んでいます。
あんなにヴェルディっ子だった私が「緑は大っ嫌い♪」と歌う日が来るとは思いもしなかったのですが、
いまもサッカーは大好きです。

あの時は、本当にありがとうございました。
おかげさまで、とても幸せな毎日を過ごせています。
あなたは、きっとこれからもサッカー人生を歩んで行かれることでしょう。
そんなあなたを、遠い場所からではありますが、これからもずっと応援し続けていきたいと思っています。



あの時、いじめられっ子の小学生だった、あなたのサポーターより。
ラモス瑠偉選手へ、感謝を込めて。
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コメント

いい話ですね。素直に感動しました。ニックさんの株以外の記事もすごく好きです。

リアルディール #- | URL
2017/10/02 20:19 | edit

なんだか切なくもほっこりとした気持ちになりました。
過去に自分もイジメのような時代を過ごした事があって
死にたいと何度も願ったものでした。
幸いその願いは叶わず、良き友人の助けもあり
曲がりなりにも自立した社会人となりました。

今、幸せかどうかと言われれば答えられませんが
いつか自分にもあの時死ななくてよかったと思える日が
くればいいなと思います。

御輿 #xRS1q4qQ | URL
2017/10/04 20:08 | edit

リアルディールさん、御輿さん、

ニックです。
コメントありがとうございます。


この日は手抜きをして、
はてな匿名ダイアリーの記事をそのまま使わせて貰いました。
結構、良い話だと思いまして。


人の役に立つ仕事をしたいと思ってきました。
会社員時代、生産技術の仕事をしていた時は、
製造方法の自動化に取り組んでいたこともあって、、
現場の人には少なからず感謝してもらったこともありました。

あまり好きでは無い仕事でしたが、
そういったところで自分の存在価値を見出すことが
当時はできました。

しかし、今のトレーダーの仕事は、
人から感謝されることはありません。
(多大な手数料を払っている証券会社には
 感謝されているかもしれませんが)
ある意味、寂しい職業です。
「お金が全ての世界」といえばそれまでです。



スポーツ選手というのは、
子供はもちろんのこと、大人にも夢を与える素晴らしい職業だと思います。
しかし、トップクラスになれるのはほんのわずか。
持って生まれた何か(才能であったり、運であったり)が無いと
ダメなのでしょう。



自分の好きな事を仕事にするのも良い事ですが、
人に感動や夢を与えられる職業って素晴らしいなと思います。


今更ですが。

ニック #- | URL
2017/10/05 21:00 | edit

ニックさん

すごく共感できます。私は会社員時代には金融機関の管理部門におりました。業務の一環として、フロントオフィスと呼ばれる収益部門の人たちのために、レポート作成やデータ作成をしておりました。自分の携わっていた業務には興味を持てずにいましたが、フロントの人たちから感謝されることに自分の仕事の価値ややり甲斐を見出そうとしていたように思います。本心から価値ややり甲斐を見出していたというより、無意識のうちに無理矢理見出そうとしていた気がします。

私も専業トレーダーになって、再び雇われの身に戻りたいとは思いません。しかし感謝される仕事とか、人に感動を与えられる仕事って素晴らしいなとか羨ましいなとか思うことがあります。ただ会社員をしていた時には、仕事上での人との係り、他部署との連携、社内政治等が面倒で嫌いでした。しかし、そういったことから離れ他人と関わらない仕事をしていると、会社員であれスポーツ選手であれ、人に感謝されることって素晴らしいんだなと気付かされます。これから一生、人と係わらない専業トレーダーという仕事でよいのかと迷うこともあります。ただやはり会社員には戻りたいとは思いませんね。。。私は年齢的にもニックさんに近いので、再就職するにしても苦労すると思いますが。まあ雇われとして再就職をするつもりはないですが。。。

リアルディール #- | URL
2017/10/07 23:30 | edit

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# | 
2017/10/16 07:07 | edit

匿名Kさん

ニックです。
コメントありがとうございました。
返信遅くなりました。



私は今46歳
鬱になったのは30歳で、40歳の時に仕事を失いました。

トレーダーになって、大負けして苦しいこともありますが、
精神薬に頼る程の苦しさではありません。

会社員時代のあの閉塞感。嫌なことから逃れられない。
それがこの先60歳まで続くと考えると、
気が狂いそうな毎日を送っていました。



それを考えると、今のトレーダー生活は、
嫌になったら直ぐに投げ出せるのでお気楽です。

会社は一度辞めたら余程の事が無い限り元の会社には戻れません。
しかし、トレーダーは一度投げ出しても、いつでも元に戻れます。
ある意味凄く気楽な稼業です。



私のまわりのトレーダーさんも、
仕事が合わなかったり、それが原因で体調を崩されたりして、
この世界に入った方が多いです。

言い方は悪いですが、「社会に適用できなかった人」が数多く、
(みんなとは言いませんが)
不思議とその事を自覚している人が殆どです。


そもそも、学校を出て、企業に就職して、
定年までに何らかの企業に勤めるといったルートを
みんなが目指す必要は無く、色々な生き方があっても良いのだと思います。
トレーダーと言う生き方も、そんな生き方の一つです。



会社員は向き不向きがあるのかもしれません。
私は不向きでした。

その事にもっと早く気が付けば、精神薬を飲み、
我慢してまで会社員を続けていなかったと思います。

だから、余程の事が無い限り、会社員には戻ら無いつもりです。
戻ら無いで済むように、生活の糧を得る手段を探し続けなくてはなりません。




>ニックさんの成績拝見させていただきました。
>毎月数十万の利益を出されていて凄いですね。

私も今年は順調だと9月末まで思っていたのですが、
10月にドカンとやられました。

一寸先は闇
生き馬の目を抜く世界だと改めて感じました。

11月は気持ちをリセットしてがんばります。

ニック #- | URL
2017/10/29 21:42 | edit

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# | 
2017/10/31 16:16 | edit

匿名Kさん

ニックです。
再度コメントありがとうございます。

私も妻や父親は、私の鬱が良くなったら、
また元のように会社員に戻ると思っていたようです。
でも、私も匿名さんと同じで、それができませんでした。

しかし、実業には興味があります。
雇われという形で無く、個人事業という形で。
夢で終わる可能性が高いですが。

しばらくは、お互いこの世界で頑張りましょう。
私は先に戦線離脱してしまうかもしれません。

ニック #- | URL
2017/11/01 20:39 | edit

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# | 
2017/11/06 03:56 | edit

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