夢職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。夢職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

スポーツ観戦の話  

今日はサッカーのワールドカップの日本戦があるそうです。
サッカーファンの方は楽しみだと思います。
私はサッカーのことは良く分からないのですが、
明日の朝、目が覚めたら良いニュースが聞けることを願っています。



私が学生時代好きだったスポーツは野球でした。
1971年生まれなので、私が小中学校の頃はプロのサッカーチームは無く、
スポーツと言えば野球でした。
(間違っていたらごめんなさい)
サッカーのJリーグができたのは1993年から。
私が22歳の時なので、その頃は競輪に夢中でした。



野球は好きでしたが、贔屓にしているチーム
(ヤクルトスワローズ、阪急ブレーブス(現オリックスバッファローズ))
を応援しに、球場へ足を運ぶことは無かったです。
自宅の部屋で、一人でAMラジオを聴いているのが好きでした。
しかし、なぜだか高校の時に、神宮球場でペプシコーラの売り子をしていた時があります。



スポーツではないかもしれませんが、競輪は大好きでした。
今でも好きですが、知っている選手が殆ど引退してしまい
知らない選手ばかりなので展開予想ができません。
競輪は最低でも選手の出身県を覚えている必要があります。
今更、また競輪場に通い詰めて、選手を覚えるのも億劫ですし。



学生時代、ハンバーガーショップでアルバイトをしていました。
そこで知り合った4歳年下の友人と、良く競輪場へ行きました。
川崎、花月園が多かったです。

彼は岐阜県出身で、彼の父親も大の競輪ファンでした。
彼の家に遊びに行ったときに、丁度豊橋競輪場の開設記念を開催していて、
彼の父親の運転する車で豊橋まで行きました。
山田裕二(岐阜61期)が優勝したような気がするけど、記憶が定かではありません。
もう20年以上の前で、記念が前節と後節に分かれていた頃の話です。

その友人と一緒に競輪場へ行って、
勝っても負けても帰りに安居酒屋に立ち寄って、競輪談議に花を咲かせる。
その頃は本当に幸せでした。勉強は辛かったけど。

彼とはもう何年も会っていないし、連絡も付かないけれど、
今は何をしてるのだろう?



私にとっては競輪は人生の中で一番楽しかった趣味でした。
(お金はそうとう費やしましたが)
そこで友人ができ、一緒にお酒を飲んで、お金には代えられない何かがありました。
趣味や楽しみというのは、人生の中で多ければ多いほど良いと思います。



私がもしサッカーが好きだったら、
あまり人が来ないような郊外のスポーツバーで
お酒を飲みながら、静かにかつ周りの人と一緒に日本を応援したいです。
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category: トレーダーの日々201806

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