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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

夏休みの思い出  

子供たちが夏休みに入った。

無職の私は、いつも夏休みのようなもので何の感慨も無い。
会社員時代は、大抵1週間程度の連続した休みが取れたので、
休み前の出勤日の夕方は、最高の幸福感を感じた。
逆に夏休み最終日の夕方は、筆舌に尽くし難い絶望感があった。


それでも、無職になってからの夏休みには、
家族サービスの一環で旅行に出掛けたりして、少なからず夏休み気分を味わえた。
しかし、子供達も大きくなって、それぞれの用事もあり、今年の夏はどこへ行く予定も無い。
だから寂しいというか、折角の夏休みなのに詰まらないです。



私が子供の頃、夏休みが楽しみだった。
両親の実家が石川県にあったので、青春十八切符を使って、
鈍行列車に乗って一人旅をするのが好きだった。

20代前半の学生時代には、夏休みといえば朝からバイトをして小遣い稼ぎをした。
中でも喫茶店のバイトが印象に残っている。



暑い夏の日、自転車に乗ってバイト先の喫茶店に行く。
店内に入るとエアコンのガンガン効いてて、冷んやりとした空気が体を冷やしてくれる。
外の暑い空気と、店内の涼しい空気。
そのギャップがたまらなく好きだった。



バイトしていた喫茶店はセルフサービスのお店で、
カウンターで注文を受けて、商品を作って提供する仕事をしてた。

平日の20時過ぎに、いつも決まって来る常連客がいた。
歳は50歳前後、短髪で作業着を着たおじさんである。
彼が来ると、黙ってアイスレモンティーを提供した。

20時になると客入りはぐっと少なり、バイトの仕事も暇になるので、
カウンター越しに、その常連客のおじさんと雑談を交わす。
その日の出来事とか、他愛もない話である。
だから、特に印象に残っている話は無いんだけど。
おじさんと会話をするのが好きだった。



私は色々なアルバイトをしてきたけど、喫茶店のバイトが一番気に入っていた。
夏のエアコンで冷えた店内の空気
淹れたての珈琲の香り
常連客との他愛も無い会話

好きな仕事ではあったけど、そのまま就職することは考えなかった。
社員は比較的若い人が多かったが、辞めていく人も多かった。

人件費を安くするため社員は少なく、アルバイトが殆どだった。
そのため、社員は長時間労働を強いられているような感じだった。
バイトの都合が付かなければ、自分でその穴を埋めなくてはならない。
自由に休みを取れるような環境では無い。

また、喫茶店の接客はずっと立ち仕事である。
当時20代の私でも、かなりきつい肉体労働に感じた。

腰を痛めて、事務系の部署に異動していった女性社員や、
会うたびに「胃が痛い、胃が痛い」と言っていた男性社員もいた。

その男性社員は入社してまだ2年しかたっていなかったが、
肉体的にも、精神的にも、かなり辛そうだった。
実家が蕎麦屋で、良く「喫茶店よりも蕎麦屋の方が儲かる」と言っていた。
その後、すぐに彼は辞めてしまった。
おそらく蕎麦屋を継いだのだろう。

こんな仕事を、正社員として長く続けていく自信は
私には無かった。



隠居生活に入った今、
喫茶店の仕事をもう一度してみたいと思う時がある。
お金を稼ぐための仕事では無く、
興味のある趣味の延長線上といった感じで。

ビジネスマンが多いオフィス街や、若者の多い繁華にある店舗では無く、
都心から少し外れた、常連客が多い店が理想である。

でも、飲食業のバイトは若い人が多い印象だし、
採用されることは無いだろうなと思ったり。

そもそも馴染み客の付く喫茶店なんて、
個人経営のこじんまりしたお店だろうから、
求人自体ないのかもしれない。



と、子供たちが夏休みに入って、
昔、アルバイトしていた喫茶店の事を思い出した。
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