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夢職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。夢職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その1  

しばらくは私の発達障害のことを書こうと思います。
いずれは書こうと思っていましたが、なかなか書く機会がなかったので。

最近、この発達障害に起因する聴覚過敏で、精神状況があまり良くありません。
(後に詳細を書きますが、こんな感じです 聴覚過敏「音」で極端に疲れる
ブログを書いていなかったのはこのせいもあります。


■精神病院で告げられたこと

 16年間の会社員生活を送ってきましたが、
 会社員生活になじめず、1年目からストレスで十二指腸潰瘍を患い2年目で入院。
 30歳からは欝を患い、精神薬を飲みながら仕事を仕事を続けました。
 40歳で休職し、精神病院に入院。その後、退職することに。

 16年の会社員生活は本当に辛かったです。
 かといって、私の勤めていた会社がブラック企業だったかというと、
 そんなことは無かったと思います。
 一緒に働いていた同僚や上司もとてもいい人でした。

 仕事を続けられなかったのは、会社に問題があったからでは無く
 私自身に問題が有ったことが後に分かりました。


 休職中に精神病院に入院しましたが、
 退職後も仕事を失った絶望感から脱することができず、
 鬱状態が酷く2度目の入院をすることになりました。

 2度目に入院した病院は、休職中に入院したのは別の病院で
 主治医も変わりました。

 その病院で主治医に言われたことは、
 私は軽度の発達障害であり、その二次障害として鬱を発症しているのではないかと。
 軽度というのは、障害がありながらも、なんとか社会で自立して生活できている
 ということだったと思います。



■なぜ、主治医が私の発達障害を疑ったのか?

 私は入院当初、希死念慮が強く閉鎖病棟に入院していました。
 その後、1ヵ月ほどで症状が良くなり、解放病棟に移ることになります。

 しかし、閉鎖病棟で慣れた環境、人間関係を
 解放病棟へ移ることで、また初めから構築することにとてもストレスを感じ、
 主治医に「元の閉鎖病棟に戻して欲しい」と直訴しました。


 閉鎖病棟は自由が全くありません。
 散歩や売店の買い物も、決められた時間に職員同伴で行かなくてはなりません。
 お風呂も監視の元、決められた時間に大きなお風呂にみんなつかります。

 そんな不自由である閉鎖病棟に、自ら進んで戻りたいという患者を
 その主治医は初めて見たと言っていました。

 発達障害の特徴として、変化を嫌うということがあるらしいです。
 自分の居心地の良いと思う場所に固執する。
 主治医はそこで、私のおかしさに気付いたようです。

 その後、色々な検査を受けて
 (知能検査、おそらくWAIS-IIIを受けたり、絵を書かされたり)
 その疑いがあると診断されました。

その2 につづく
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category: 精神病院での入院生活

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