FC2ブログ

夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

巣鴨の専業さんの話 その2  

その1 からの続きです。


■4

証券会社を退職した巣鴨の専業さんは、その後、税理士事務所に勤め始めました。
彼が税理士を目指していたかは分かりませんが、
金融の知識を生かした転職だったようです。
意外とこういうパターンは多いようです。

証券会社を辞めたので、株式の売買の制約も無くなり、
自身で株式投資をすることもできるようになりました。
仕事をしながら株式投資をする兼業投資家生活が始まりました。


ところが、その税理士事務所も2~3年で辞めることになります。
とにかく激務だったようです。

2月~3月の確定申告の時期は、
自分の受け持つクライアントの申告書類を期日までに仕上げる必要があり、
その時期に、風邪やインフルエンザで仕事を休もうものなら、その後が大変だと。

休んでいる間は、他のメンバーが仕事をしてくれる訳ではないので、
徹夜を続けてでも仕事の遅れを挽回する必要があります。
確定申告には期日があるので、遅れは許されないのです。

そんな激務に嫌気が差してしまい、
事務所を辞めて専業投資家になることになりました。
おそらく30代後半の事だと思います。

証券会社でも、税理士事務所でも、どんな仕事でもそうですが、
働いてお金を得るというのは大変なことです。
それは投資で生活費を稼ぐということも同じです。

長く続けるためには、好きであるとか、興味があるとか、
そういう基準で仕事を選ぶしかないのでしょう。



■5

巣鴨の専業さんと初めて会ったのは2004年のことでした。
私が33歳、彼が41歳
その時、彼は既に専業投資家になっていました。
彼は今年55歳なので、専業投資家生活を14年も続けているのです。

彼は既婚歴の無い独身です。
証券会社に勤務時代、巣鴨に中古マンションを購入し、以来そこにずっと住んでいます。
だから、ここでは巣鴨の専業さんと呼んでいます。

2000年11月までITバブルと呼ばれる景気拡張期がありましたが、
そのバブルが崩壊し、2002年1月まで景気は低迷します。
これをデフレ不況と言います。

しかし、2003年ごろから、バブル崩壊後ずっと下落傾向だった地価が、
都市部を中心に回復の兆しを見せてきました。
この年は、J-REITの上場のラッシュがあったり、
不動産流動化銘柄を中心に新興市場も賑わいを見せました。


その新興市場の堅調な相場に乗って、巣鴨の専業さんの資産も、
あっと言う間に1億円を超えました。

私が現物の株式投資を始めたのは1998年からですが、
1998年~2002年までの5年間の利益の総額は10万程度でした。
(マイナス年も2度有り)

しかし、この2003年は1年間で数百万円の利益をあげることができたのです。
2003年~2005年の3年間は、みんなが儲かるような相場がしばらく続き、
夢のような時代でした。



■6

2006年1月16日、証券取引法違反容疑で、
東京地検特捜部がライブドア本社などに強制捜査を行いました。
これを受け翌1月17日は、新興市場銘柄が軒並み売られ大幅安になりました。
この株式市場の暴落をライブドアショックと言います。

これまで、上がるから買う、買うから上がると言った新興市場の好循環が
突如として逆回転を始めたのです。

巣鴨の専業さんもこの暴落に巻き込まれ、多くの資産を失ったそうです。
そして、これを機に株式の短期売買はやめることになりました。
それでも資産は1億円程度は残っていたようで、
それを元にREITでの資産運用を始めました。

REITの利回りは4%程度で、税引き後の配当は手取りで約300万円強/年の収入。
持ち家に住み、かつ独身であることから、生活に不自由することは無いようです。
元々派手な生活をするような人ではないですし。
この生活は、2018年の現在も続いているようです。



その3 に続く
関連記事
スポンサーサイト

category: 友人

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://dourakumusuko102.blog.fc2.com/tb.php/1253-7edc1732
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)