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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

考えるという事について  

Tochiさんからコメントを頂きましたので、
「考えるという事」について考えてみました。
ここでは考える対象を、答えのあるかどうかわからないことに
限定することとします。

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考える時に脳内で起きていることは、経験や知識の整理・統合・推理などの情報処理だと考えられます。
だとすると、必要な情報や経験のピースが揃っていなければいくら整理しようが推理しようが
パズルは解けません。
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Tochiさんの書かれている通り、考えるというとは自分の経験や知識のを元にすることには
異論はありません。
しかし、それだけでは情報は圧倒的に不足し、パズルは解けないかもしれません。
また、仮にパズルが解けたとしても、それは一人よがりの考えに基づいており、
味気の無い、深みの無い結論になってしまいます。

それを回避するためには、他者の思想を取り入れることが必要であり、
読書をしたり、他者との議論をすることにより補うことができます。

本には、色々な人が歩んできた人生が要点良くまとめられおり
短時間でそれを知ることができます。
また、先人の知恵、普遍的な真理など、生きる上でのヒントを知ることができます。
幅広い分野の本が出版されているので、情報収集に困ることはあまりありません。
必要な情報や経験(疑似経験になりますが)はここで補えます。

そして、このブログのコメント欄でのTochiさんとのやり取りは
他者との議論ということになります。

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ピースの足りないパズルを解こうとする努力は、神経回路を混線させ、
ショートした回路をぐるぐると回すことに大量のブドウ糖を注入することで、
パズルが解けないことによる苦痛を生み出す事自体を目的(=答え)としているのではないでしょうか。
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ここでTochiさんの書かれていることと
私が思っていることが同じかは分かりませんが
明確な答えが出るかどうかわからないような問いに対して
答えが出ない事を半ば知りつつ、それを何とかしようと必死になって悩み苦しみ、そのことで自己満足する
ということであるのならば、私はそう(苦痛を生み出す事自体を目的している)ではありません。
それは、その過程において別の気付きがある可能性があるからです。

具体的な話を書きます。
例えば、「人生とは何か」といった漠然とした問いについて考えることとします。
この場合、何をどう考えて良いのか糸口は全く掴めません。
それは、パズルのピースが足りているのかどうかすらも分からないのです。
ですから、初めから解けないことは分かっている。
多くの人は、この時点で考える事を放棄したくなります。

また、考えることを放棄せず、それを分かっていながら考え続けるということは、
自らが苦痛を選択する行為にも思えます。


しかし私は違います。
この「人生とは何か」という漠然とした問いを直接的に考えるのではなく、
人生を構成する様々な要素について、個々に考えるのです。
「友人とは何か」「仕事とは何か」「家族とは何か」「幸せとは何か」「趣味とは何か」
「お金とは何か」「地位・名誉とは何か」

こういった細分化された問いについて、一つ、また一つ結論が出始めたときに
当初の問いである「人生とは何か」について分かり始めるのだと考えています。

しかし、人生を構成してるものを全てを洗い出し考え抜くことは不可能ですし、
その中に、重要なピースが欠けている可能性すらあります。
だから、「人生とは何か」という問いに対して、私は死ぬまで結論が出ないかもしれないと思っています。

しかし、それでも私は良いのです。
「人生とは何か」という当初の問いの解は得られなくても、
人生の一部を構成する、「お金とは何か」「地位・名誉とは何か」といった
部分的なことでも、自分の中で結論が得られれば満足なのです。

それが、先ほど述べた「その過程において別の気付きがある」ということです。
ですから私の場合、苦痛を生み出す事自体を目的(=答え)とはしていません。
あくまでも、考える事に対して、何かしら自分の中で結論が得られることを求めています。
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category: 思索

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コメント

複雑系がヒトの(脳の)理解にはあっているかもですね

ご返信有難うございます。なるほど目からウロコです。

物事をバラバラにして要素ごとに理解し組み立てる。確かに他に現実的な方法はなかなか思いつきません。ただ、自然界も人間自身もそして恐らく人の思考もミクロとマクロでは全く異なった挙動をしているのではないでしょうか。

だとすれば全体を本当に理解するにはバラバラに崩して組み立てるのでは不十分で、複雑系?(他の事象との相互作用)の要素が不可欠であり、ヒトの思考の限界を軽く凌駕しているように思えます。

とかごちゃごちゃ言いましたが、結局私が言いたかったのは、日常生活に支障をきたすほど苦しんで考えすぎなくてもいいじゃん!の一言でした。

Tochi #- | URL
2019/01/26 03:05 | edit

Tochiさん

ニックです
コメントありがとうございます。

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とかごちゃごちゃ言いましたが、結局私が言いたかったのは、
日常生活に支障をきたすほど苦しんで考えすぎなくてもいいじゃん!の一言でした。
-----------------------------------------------
全くその通りです。
自分でも嫌になります。

定職に就いていたり、トレードに忙しかった時は
こんなことは全く考えませんでした。

会社員時代は毎日10時間以上働いていたので、
家に帰れば夕飯を食べ、風呂に入って眠るだけ。
仕事で疲れた体と頭を休める事しか考えていませんでした。
本も全く読みませんでした。
トレードをしていたときは、頭の中はお金のことだけ。

今はなぜこんなことを考えるのか?考え過ぎてしまうのか?
毎日部屋にひきこもってすることが無いからです。
暇だと意味のないことを考えてしまいます。
そうして時間を潰しているのかもしれません。

ニック #- | URL
2019/01/28 21:35 | edit

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