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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

鬱について  

8年前に酷い鬱になり、
自宅で療養したり、精神病院に入院していた時のことを書きます。


鬱は苦しいです。
一番苦しいのは、激しい不安感と焦燥感でした。

抗うつ剤も全く効果は無く、酷い時には頓服の抗不安薬も効きませんでした。
精神科には2週に一度かかっていましたが、それまで精神が持たないと思って、
予約外で診察を受けることがしばしばありました。
泣きながら病院に向かったのを思い出します。


当時は仕事を失った喪失感が大きく、毎日死ぬことばかりを考えていました。
精神科から帰り道、駅から自宅に向かう途中の公園で妻から言われたこと、
そしてその時の感情は今でも鮮明に覚えています。
「生きていれば小さな楽しい事があるよ。
日帰り温泉に行ったり、美味しい物を食べたり、元気になったらできるようになる」と
そうだよなとは思ったけど、生き続けたいとは全く思いませんでした。

感情もとても不安定で、
他人の些細な一言に傷つき、予想外の出来事に酷く動揺しました。
(例えば、パソコンのプリンターが動かなくなったことでパニックになったり)
生きているだけで何もかもが辛かったことを思い出します。
本当に苦しい毎日でした。

今でこそ食べることが大好きで、楽しみの一つにしていますが、
当時は食欲が全く無く、目の前の食べ物を無理やり口の中に押し込み飲み込む
といった状態で、食事の時間が苦痛でたまりませんでした。
何も口にすること無く、自動で栄養を補給してくれる方法があったら良いのにと思いました。


こんな状態でしたので、早く鬱から抜け出したくて、
達人さん同様、本を読んだりネットで色々な情報を調べたりしましたが、
ピンと来るものはありませんでした。
呼吸法やヨガもやりましたが、目に見えるような効果は感じられませんでした。



そんな酷い中で、唯一の楽しみは眠ることでした。
寝ているときは何も感じなくなるからです。
不安な気持ち、憂鬱な気持ち、あらゆる負の感情から解放されました。
また、思考も停止するので何も考えなくて済みました。

毎日0時に寝て、最初に目を覚ますのが朝の11時。二度寝して布団を出るのは13時。
本当はもっと布団のなかで目を瞑っていたかったけど、
当時妻は午前中だけのパートに出ていて13時になると帰ってきました。
鬱という病気とはいえ、仕事をしている妻に対して寝てばかりいるのが申し訳ないという気持ちが強く、
玄関の扉が開く音が聞こえると慌てて布団から出ていました。
毎日0時が近づいてくると、やっと眠れると思い幸せな気持ちになるのでした。



もう一つ、私が鬱から抜け出せたきっかけになったのは、
精神病院への入院だったかもしれません。

家に一人でいると気分が塞ぎ込んでしまいます。
精神病院の病棟には、鬱の人をはじめ、精神的な病を抱えている人が沢山いました。
自分より重い病状の人と毎日いると、自分の鬱がとてもちっぽけに感じてきたのもです。
同じ病室に、たまたま私と同じ歳で同じように職を失い、
鬱になって闘病中の患者さんがいました。
彼との会話も気休めになりました。

自宅で部屋にひきこもっていると意識が自分の内へ内へと向かってしまいます。
精神病院で多くの人と居たことで、意識が外へ向き始めたのも良かったように思えます。
何より先生や看護師さんが常にいる環境なので、突然調子が悪くなっても何とかなる、
といった安心感も大きかったような気がします。


こんなことを書きましたが、
私の酷い鬱が良くなるまで2年はかかったと思います。
(自分のなかで、気分が一番落ち込んだ時から元に戻るまで)
毎日毎日寝て過ごす、精神病院に入院する、薬を飲む(私はあまり効きませんでしたが)
そんなことをして、薄皮を剥ぐように少しづつ良くなっていったのでしょう。
鬱が良くなる情報が本やネット上には沢山出ていませすが、
私は時間しか解決してくれないと思っています。


それでも、鬱で辛い日々が続くと参ってしまいます。
私も自分なりに気分転換できる何かを見つけたいのですが、
今のところ寝ること以外には、これといったものは見つかっていません。
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category: 精神病院/鬱/発達障害

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コメント

ニックさん夜分に失礼します。
サッカーを見ていたのですが、試合後も全く眠れずです。
ニックさんが長期投資につきコメントを下さったようですが、興味が無いので読んでません。
すいません。
改めてコメントする気になったのは、夜中の暇つぶしに自分の身の上話をする気になったからです。
話のメインは兄との確執です。
ニックさんがどのような感想を抱くのか、少し興味があります。
私は自分の身の上話を長々とすることには興味はないので、要点をかいつまんでの話になるかとは思います。

私は弁護士の息子の年をとってからの次男として都内で生まれました。
父は大学を出ずに弁護士になった苦労人です。
とある大手メーカーの顧問弁護士を務めた後、自己破産・債務整理の分野の仕事を手掛けるようんありました。
父が自己破産の仕事をし始めた直後から(20数年前です)、消費者金融が盛んになり、弁護士の自己破産・債務整理の分野は大いに儲かるようになり、父はかなりの財産を築きました。

私は弁護士の父に尊敬の思いがあり、高校の時に弁護士になろうと決心し、早稲田大学に入学し、法律の勉強に勤しみました

私には5歳離れた兄がおります。
私は兄に虐められることもありながらも、子供の頃よく一緒に遊んだということもあり、兄を慕っておりました。

そんな兄が、私が大学を卒業するころ、大学時代の同級生と結婚するのを機に、会社をやめて司法試験に挑戦するという話を聞きました。
私は、兄が大学時代(ちなみに青山学院大学)に弁護士の職業をバカにしていたのを聞いてたことがあるので、何だかおかしいと思いました。
聞けば、大学時代に兄は彼女に弁護士になることを匂わしていたとのこと。
私は、兄の人格に初めて大いに不信感を抱きました。
当時、心理学の本を好んで読んでいたこともあり、兄の人格は何かがおかしいと思い、私は兄を糾弾しました。
兄は激しく反発し、それから兄との長い諍いが始まりました。
私は司法試験の勉強のストレスと兄との諍いで、相当なストレスが溜まってゆきました。

続きます。

のりまき #- | URL
2019/01/29 02:42 | edit

私は幼少の頃から女性にはもてました。
大学卒業後、資格の予備校で勉強をしていたのですが、予備校には私を好いてくれる女性が複数いました。
私は勉強に集中するため、大学卒業後は彼女をつくるべきではないと思っていたのですが、相当なストレスで心が弱っており、複数の女性と付き合うの付き合わないのといったトラブルを起こしてしまいました。
それに、私への男性の嫉妬もありました。
私のストレスは限界に達しました。
そんななか、兄から直接的に嫌がらせを受けたのをきっかけに、私にテレビが自分の噂話をしているという被害妄想が生じました。
統合失調症が発症したのです。
私は勉強もせず、自分の部屋に引きこもるようになりました。
2,3か月引きこもった末、どうしてテレビが自分の噂を流しているんだと両親に詰め寄って暴れて、精神病院に入院しました。

続きます。

のりまき #- | URL
2019/01/29 03:10 | edit

精神病院は2週間ほどで退院できました。
妄想は消えました。
主治医の見立てでは、私は典型的な統合失調症ではなく、妄想主体の軽いものだということでした。
実際、私はいわゆる陰性症状(鬱によく似た無気力になる症状)は全くなく、後遺症は集中力が幾らか落ちたぐらいでした。
私は軽い薬を飲み、父の事務所の手伝いをしながら2年ほど穏やかにすごしていました。
私は兄は司法試験に受かるわけないと思っていました(ちなみに、私はあと一歩のところまではきていました)。
実際、兄は猛勉強でそこそこの成績にはなったものの、まだまだ合格には届かず、苦戦しておりました。
ところが、司法試験改革で合格者数をかなり増やすようになり、兄は何とか合格しました。

続きます。

のりまき #- | URL
2019/01/29 03:37 | edit

私は兄の合格に動揺しました。
父の仕事を手伝って隠者のように過ごしている(病気になったので、学生時代等の友人の付き合いを全て断ち、私は孤独でした)のが嫌になり、何かしなければと思い、とりあえず大手の英語教室に通い始めました。
で、英語教室の女性講師に惚れられました。
私もちょっといいなと思っていたので、英語講師と付き合おうかと思いもしました。
しかし、自分が統合失調症で事実上は無職であることがかなり引け目に感じました。
それでぐずぐずしているうちに、英語講師の方は他の講師や受講生を巻き込んで工作し、私が付き合わざるをえない状況を作り出しました。
私は観念して付き合ってしまえば良かったのかもしれませんが、英語講師がそういう工作をするのが何だか嫌になり、強引に振ってしまいました。
で、私は英語教室中から非難され、追い出されました。
この件はちょっとトラウマになり私は病みました。
で、しばらくして再び統合失調症が再発し、妄想が発生しました。

続きます。

のりまき #- | URL
2019/01/29 03:54 | edit

今回の妄想も、テレビ等が自分の噂話をしているというものでした。
ただ、今回は薬を飲んでいるので、妄想がありつつも私の精神は安定していました。
で、私は自分の妄想を人には話しませんでした。
そういうわけで、奇妙なことに、私は妄想を抱えつつも、他人からは全く正常な人間と見られて過ごしていました。

そのうち、私はパソコンのワードで、自分が世の中に広く意見を発信できると言う妄想を得るようになりました。
丁度、その頃、いわゆる郵政選挙が行われました。
私は、小泉首相が解散するや、即座に妄想の中で、小泉自民党支持を大体的に訴えました。
郵政選挙は熱狂の中で進み、小泉自民党は圧勝しました。
私は自分の選挙活動(?)が勝利に大いに貢献したとの妄想を得、その結果政府のアドバイザーの地位を得るようになったとの妄想を得ました。
それから、私はパソコンのワードに政府へ政策等のアドバイスをするという仕事(?)にせっせと打ち込むようになりました。

続きます。

のりまき #- | URL
2019/01/29 04:09 | edit

のりまきさん

ニックです
コメントありがとうございます。

のりまきさんの人生の出来事を
大変興味深く読ませて頂いています。

この先、どのような展開になるのか
楽しみにしています。

ニック #- | URL
2019/01/29 08:14 | edit

ニックさんいつもわかりやすく丁寧にありがとうございます。ニックさんの経験上からのお答えはいまの自分にとっては励ましでもあり勇気づけられます。最終的に個々の問題は己の課題なのでいかに付き合うか克服できるか変化できるかなのですがそれまでは騙し騙しか棚上げか先送りか時間の経過ともに薄れていってくれればいいのですが・・・。

20代のころは12時間以上平気で寝れました。ニートのときはもう起きなくても目が覚めなくてもいいくらいの覚悟で毎日寝てました。このときすでに将来に不安、悲観していた記憶があります。過呼吸で救急車でよく運ばれたのもこの時期です。今でもあのくらい寝れればずーっと布団の
なかで過ごしたいです。とくに冬の時期は。しかし50にもなろうかというおっさんは寝れません。頻尿も重なり眠りが浅く4、5時間がやっと。今回の診察で睡眠時間について相談したところ脳が疲れてないからその時間で十分足りてるんでしょうとのこと。マイスリー程度ではそれ以上寝れないし・・・もっと強いのあるけど・・・今回はいりません。これ以上薬に頼るのが正直怖いです。
質のいい睡眠のことを考え歩いたりトレーニングしたり体を疲れさしたらいいとだけ思っていましたが脳も使って疲れさせないとダメとは知りませんでした。 スーパー銭湯にいってボーッとしてるとリラックスしすぎて逆に
寝れないとかいわれるし・・・唯一の逃避先が・・・
24時間を短くできれば一番いいんですけどね。
昨日から一日の行動パターンを記録していくように診察で言われました。
毎日代わり映えのしない行動パターンを・・・

あー長ーいトンネルはどこまで続くのでしょうか・・・

達人 #- | URL
2019/01/29 15:36 | edit

達人さん

ニックです
コメントありがとうございます。

今回も長くなりましたので、
こちらに返信しました。
http://dourakumusuko102.blog.fc2.com/blog-entry-1329.html

ニック #- | URL
2019/02/01 00:08 | edit

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