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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その1  

■初めに

以前、今でも仕事をしている時の夢を見るということを書きましたが、
悪夢 その1
私にとって、16年間の会社員生活とはどんなものだったのかをを詳細に書きたくなりました。
かなり長くなると思うので複数回に分けて書こうと考えています。

また、私の働いていたのは1996年4月~2012年11月までです。
今から20年以上前の出来事もあり、記憶があやふやなところもあるので、
正確では無い部分もあることはご承知おき下さい。


退職後、鬱で入院した病院の主治医に、
私は「高機能自閉症スペクトラム障害」の可能性があることを伝えられました。
会社員として働いた当時は、このことは全く分かりませんでしたが、
今振り返ると、私が仕事で苦しかったり、辛かったり、
鬱になってしまった理由が分かるような気がします。
そういったことも併せて書いていければ良いかなと思っています。


■入社1年目

1996年、理系大学の機械工学専攻科の大学院を卒業して、会社員として働き始めました。
大学時代は金属材料の研究をして、第一志望の機械メーカーに就職し、
配属されたのは生産技術部でした。

希望していた製品開発の部署ではありませんでしたが、
前途洋々、希望に満ち溢れた幸福感と、これから定年まで続く、
長きに渡る社会人生活への不安が入り混じっていた感情が昨日のことのように思えます。


入社して2週間ほどは研修の日々でした。
名刺の渡し方、電話の取次ぎ方などの、社会人としてのマナー教育を受けたり、
エクセルやワードの使い方といった、パソコンのスキルの習得をしました。

研修が終わると寮に帰って、お風呂と夕飯。
寮は光熱費込みで1ヵ月2万円ぐらい。夕飯も1食500円ぐらいだったように記憶しています。
お風呂も大浴場があって、学生時代一人暮らしをしていた頃の狭いお風呂を考えると
天国のように感じました。

会社員生活の最初の印象は、
色々なスキルを習得できる上、給料まで貰える。
安い寮に住めて、食事もお風呂も用意されている。
夢のような生活だと感じました。


16年間の会社員生活では、一貫して生産技術の仕事をしてきました。
その間、3つの部署で業務を行ってきました。
便宜上、下記の名称とします。

生産技術部1課(1996年4月~同年9月) 0.5年
・主に射出成型加工
生産技術部2課(1996年10月~1999年3月) 2.5年
・主に旋盤加工
生産技術部3課(1999年4月~2012年11月) 13年
・主に研削加工


その2 へ続く
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category: 無職・仕事

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