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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その4  

16年間の会社員生活について その3 からの続き
  はこちらから

■生産技術部2課へ

東京からバスに乗って新天地へ。
バスを降りると、9月下旬だというのにとても寒かったです。

その工場は、山間の田んぼの中にポツンとありました。
住んでいた寮は最寄り駅からは20分程でしたが、電車は1時間に1本。
夜になると電灯も無く真っ暗になり、どこを歩いているか分からなりました。
月が出ている時は、月明かりで道があることが分かりました。


激しい胃痛と下血が続くまま、単身で地方の工場へ行くのは不安でしたが仕方の無いことでした。
新しく住む寮がある町には大きな病院が無く、会社の医務室の紹介で
車で30分程の市民病院にかかることになりました。

検査の結果、十二指腸潰瘍と診断されました。
そして、下血が続いたせいか貧血も酷いと。
新しく住んだ寮の部屋は4階でしたが、階段を上る時息苦しくて
休みながら上ったのはそのせいだと分かりました。


新しい部署での仕事は、当初はそれ程忙しくはありませんでしたが、
プロジェクトが進行するに連れ忙しくなり、3ヵ月ほど経ったころには
毎日18時間働くようになりました。
会社の定時は8:00-17:00まででしたが、
朝8:00-深夜の2:00頃までみんな当たり前のように働いていました。
入社してまだ1年程しか経っていない私には、それがとてもショックでした。


疲れ果てて深夜の寮に帰っても、夕飯が残っていないときも多く、
そういった時は、車に乗ってコンビニに夕飯を買いに行きました。
それからお風呂に入って寝る。
寝るといっても2~3時間仮眠をとればもう朝で仕事でした。
疲れている時は、食事も食べないまま寝てしまいました。

人間とは恐ろしいもので、そういった生活がずっと続くと慣れてしまうものです。
たまに22:00頃に帰れると、時間が沢山あって何をして良いのか分からない。
1時に寝て7時に起きても6時間寝たことになり、寝過ぎだと思えるぐらいでした。


これだけ仕事をしても、残業代は殆どもらえませんでした。
私の部署の残業の上限は10時間までと決められており、
それ以上の仕事?は自己啓発であり、残業代が付かないことを各自が承知の上で
自主的に会社に残っている、というのが暗黙の了解でした。
現在であるば問題になっていると思いますが、今から20年前は、
サービス残業がまかり通るような風潮でした。


毎日、働いている時間以外は、食事をしているか寝ているだけ。
残業代も支給されない。奴隷のような生活でした。


その5 に続く
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category: 無職・仕事

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