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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その5  

16年間の会社員生活について その4 からの続き
   はこちらから

■入院

毎日18時間働く生活が続いたある日のこと、
このままではみんな参ってしまうということで、交代勤務を始めることになりました。
 日勤は、8:00-18:00
 夜勤は 18:00-深夜4:00
だったと思います。
これで長時間労働から解放されると、とても嬉しかったことを覚えています。

しかし、そんな喜びも束の間のことで、直ぐに失望へと変わりました。
私は若く独身だったということもあって、基本的には夜勤でした。
当初は18:00-深夜4:00という10時間労働でしたが、それでは仕事が間に合わず、
リーダーから16:00に出社して欲しいと頼まれました。

更に、深夜4:00までに仕事が終わらず、朝6:00まで働くようになり、
日勤組が出社する朝8:00からのミーティングにも参加してほしいと言われ、
朝の9:00過ぎ、遅い時は10:00頃まで働くようになりました。

最終的には、16:00-翌朝9:00までの17時間労働。
交代勤務前の8:00-深夜2:00までの18時間労働と対して変わりませんでした。

むしろ、食事が不規則なり、
空腹が厳禁である十二指腸潰瘍は悪化の一途を辿りました。
殆ど食べないまま仕事を続けていたので、
(仕事で疲れ果てて食欲は全く無くなりました)
この勤務が2週間程続いたある日の朝、8:00からのミーティング中に突然気分が悪くなり、
トイレに駆け込んで嘔吐しました。
嘔吐物は真っ黒で、吐血だと分かりました。


そのまま医務室に行き、病院へ行くように指示され、
市立病院で内視鏡検査をして即入院となりました。
これであの激務から解放され、ゆっくりベットで眠れると思うと、
胃の痛みや苦しさよりも、安堵感の方が大きかったことを覚えています。
入社2年目、1997年5月の事でした。


入院生活は2週間続きました。
最初の1週間は完全絶食で、栄養は点滴でとっていました。
何も食べなくても全くお腹が減らず、不思議な感じがしました。

2週間の入院生活が終わった後、自宅療養となり東京の実家に帰りました。
自宅療養も2週間。それなりに幸せな時間だったように思えます。
1ヵ月の病気療養の休職後、再びプロジェクトへと戻りました。


後日聞いた話によると
入院した市立病院の主治医から、会社の医務室に
「会社の働かせ方は異常であり、今回の病気は労災だ」
と厳しい指摘があったそうです。
30代前半の若い主治医で、内視鏡の操作が慣れていなくて
検査では酷く苦しんだけど、良い先生だなと思いました。

その6 に続く
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category: 無職・仕事

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