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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その7  

16年間の会社員生活について その6 からの続き
     はこちらから

■転職活動

1998年4月 入社3年目
プロジェクトが失敗に終わり、新しい仕事がはじまりました。

部署や上司は同じままで、新しいテーマに取り組むことになりました。
私は50代後半のSさんと一緒に仕事をしました。
Sさんは元々は管理職でしたが、技術系の仕事をしたということで
管理職を降りて生産現場に戻ってきた人です。
技術的なことは本当に詳しくて頼りになる人でした。
前のプロジェクトでのMさんもそうでしたが、
私の部署のベテラン社員は、技術の面で優秀な人が多かったように感じます。


プロジェクトが終了して新しい仕事になったものの
長時間労働は相変わらずでした。
8:00に出社して、帰宅するのは23:00頃が多かったです。

長時間労働も辛かったですが、ホームシックにもかかっていました。
地方の工場へ来て1年半が経ちましたが、なかなか田舎の空気には馴染めませんでした。
寮には同期入社の同僚が5人いましたが、彼らと一緒に行動することはありませんでした。
決して仲が悪かった訳ではありませんが、一人で居ることの方が居心地が良かったです。

また、東京のように一人で出かけられるようなお店や施設も近くにはありませんでした。
どこへ行くのも車でないと行けないので、お酒を飲みに行くこともできません。
仕事面の不満に加え、環境面でのストレスも積もり積もって、
転職を考えるようになりました。


いつの頃かは覚えいませんが、東京に戻るために転職活動を始めました。
転職支援会社に登録した後、担当者と面談をして、何社か紹介してもらいました。
紹介してもらった企業は外資系が多かったです。
そのなかで、半導体の外資系メーカーが私に興味があるということで面接をすることになりました。

ある日曜日、横浜にあるオフィスで面接をしました。
人事の人と面接をした後、日曜日だけど社長が出社しているので会ってみないかと言われ、
社長とも面談しました。
社長はとてもやさしく人当たりの良い人だった事を覚えています。

人事の人、社長との面接ではどんな話をしたかは全く覚えていませんが、
社長から「ニックさんは、とても良い会社の生産技術部に折角入ったのだから、
もう少し頑張ってみた方が良いと思うよ」と言われたことだけ覚えています。
(やんわりと、採用を断られたようにも思えます。)

私だって、はじめは「良い会社」と思っていましたが、
実際はとんでもない職場で、酷い目にあってきたのです。
内実も知らないで・・・と、軽い反感を抱きましたが、
今考えると、世の中の会社は、どこも同じようなものなのかもしれません。


入社3年目のこの頃は、自分の中でも、こんな直ぐに今の会社を辞めてしまって良いのか?
といった葛藤もあり、もう少し今の会社で頑張ってみることにしました。
そして、転職活動は一時中断しました。


その8 に続く
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category: 無職・仕事

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コメント

つげ義春が話題になっていますね。僕も彼の貧困旅行記を読んだことがあります。図書館の旅行のコーナーに置いてありました。全国の温泉ならぬ鉱泉を巡るという少し変わった旅行記でした。面白くて何度も読みました。ちょうど休職していた時期なので、自由な生き方に共感しいていいたようにも思います。
就職支援会社は僕も登録しました。大阪限定職で年550万円。残業、休日出勤手当込みということでした。当時働いていた会社からすればあまりに条件が悪いので、世間の厳しさを知りました。

mooncloud #- | URL
2020/05/07 06:16 | edit

ムーンクラウドさん

ニックです。
コメントありがとうございます。
返信が長くなりましたので、こちらに書きました。
http://dourakumusuko102.blog.fc2.com/blog-entry-1533.html

ニック #qXOZr2Kk | URL
2020/05/23 21:13 | edit

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