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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

近況  

1週間以上ブログの更新をしていませんでした。
体調はそこそこ良いのですが、精神面が不安定で
何もする気が起こりませんでした。

日中も、家でじっとしていることが多く
殆ど外出しない日々を送っていました。

調子が悪い日は、昼間から4時間ぐらい寝てしまい、
過眠傾向にあります。
食欲は普通にあるので、まだ大丈夫ですが
あまり良くない兆候です。



唯一していることは読書です。
最近は聖書を愛読書としている人の書いた本を読みました。

私自身は生まれてからずっと信仰する宗教は無かったので、
神のことについて書かれている部分はあまり理解できませんでしたが、
一方で何かしらの宗教を信仰し、神を信ずる人は
信仰の無い人よりも幸せではないかと思いましました。




「人生のあらゆる困難は、信仰を深めるための試練であり、
神があえて与えてくれているものだ」
私は信仰心はありませんが、これまでの事を振り返ると
困難な時は自分自身が内的に成長している時期でもあるので、
試練はよりよく生きるために必要であると 思えます。

「病気などをしたときも、神が休みなさいと言っている」
これも、生き方に無理があるからに病気を患った可能性があるので
自分自身の生き方を見直す良い機会だととらえられます。




信仰があることの最も良いことは、
何か目に見えない大きな力に支えられていることだと思います。

私は苦しいことがあっても、いつも一人で戦わなくてはなりません。
相談できるような人もいませんし、これまでを振り返っても
相談したことについて的確なアドバイスが帰ってきた記憶が
一度もありません。

出来ることと言えば、過去に同じような経験をした人の書物なりを読んで、
(ブログとかでも良いです)
自分自身で考えることぐらいです。
一人での作業ですから、とても心細いです。

だから信仰がある人は、(少なくとも信仰の無い私よりも)
安心して生きられるような気がします。



では、これから私が信仰心を持てるかと考えると、
それは難しいような気がします。

信仰を持って生きるとは、心の底から神の存在を信じ、
その教えにそって生きることです。
形式的な信仰は全く無意味です。
今の私には、どう考えても神がこの世の中に存在するとは思えません。

また、一般的に宗教は享楽主義を嫌います。
仕事をせず、毎日無為に過ごしたり、
美味しい物を食べることを生きがいにしたり、
沢山のお酒を飲んで楽しい気分に浸るというように
快感を味わう事を人生の目的としてきた私のような人間が
そういった一切のことを、今後捨てていけるのかは甚だ疑問です。


私はこれまで宗教や信仰に関しては、否定的に考えていましたが、
(否定的というのは、宗教自体を否定するものではなく、
私が生きる中では必要ないと考えていた、という意味)
今回本を読んで、信仰も悪くはないものだと考え直しました。



今日は少し体が動くので、これから一人で飲みに行きます。
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category: 夢職の日々202007

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コメント

矛盾のあることをどう理解するか

トレードから離れていてわからないかもしれませんが、コロナショック後に株価がコロナショック前に近いレベルまで戻ってきているのは、本当に理解に苦しみます。実体経済との乖離が。もちろん、経済評論家は、ワクチンも開発されてもう大丈夫な半年後を織り込んでるだとか、有り余っているお金の行き着く先が株式市場になったとか、後からいくらでも解説はしてくれてますが。。。

宗教も同じだと思います。聖書はもっともらしいことを言っているかもしれませんが、矛盾したことが山ほどあり、経済学者の言っていることと同じような感じです。

将棋とか囲碁とかのほうが理路整然としていていいですよね。。。

とりとめなくコメントしてしまいました。
これからも無理せずマイペースでブログ更新してくださればと思ってます。ご自愛ください。

みゅう #SFo5/nok | URL
2020/07/08 18:53 | edit

みゅうさん

ニックです。
コメントありがとうございます。

私はキリスト教でも仏教でも、宗教はとても美しいことが書かれていると感じます。
とても良いことを書いてあるのですが、それを実生活で常に実践していくのは難しい。
私なんかは俗世に染まった生き方をずっとしてきたので、
そういった教えは良いなと思っても、それを生かしきれません。

私に限らず信仰のある人でも、一般社会で生きていたら、
完全にその教えを実践するのは難しいでしょう。
一生、山に籠ったり、寺に籠ったり、世間と隔絶した生活を送らない限りは。

そういった矛盾を感じながら、
悩み、苦しみつつ生きていくのも良いものだと思いますが。


少しでも信仰心がある人は熱心に信仰する時期があったり、
信仰が薄れる時期があったりと、人生のなかで必要に応じて
その強弱をつければ良いのです。

しかし、私のように信仰心が生まれてから48年間全く無いというのは、
ゼロから信仰を持つことで、これはハードルが高いです。
余程の覚悟や志が無いとできません。

死を覚悟せざる負えない病にかかったとか、
大きなきっかけがあれば別かもしれませんが。


最後に、私が思っている矛盾について。

世の中には矛盾であることや不合理であることが沢山あります。
しかし、これはとても健全な世界であると思います。

矛盾の無い世界、完全に合理的な世の中。
こういった世界を想像するに、
何の面白みも無い、殺伐とした詰まらない世界になるでしょう。
結果を全て予測できるのですから。

ニック #qXOZr2Kk | URL
2020/07/10 20:18 | edit

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