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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その17  

16年間の会社員生活について その1~はこちらから16
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2003年4月(入社8年目 31歳)~2007年3月頃(入社12年目 35歳)までは
研削加工という、金型を作るために金属を削る加工法の開発をしていました。
当時の記憶はもう薄れてしまって、印象深かったことはあまり覚えていません。
仕事を辞めた時に、私的な記録や資料の大半は捨ててしまったことが悔やまれます。

私の仕事は研削加工機を使って実験をしていたのですが、
実験用の専用機が無かったので、生産用の設備を借りて実験をしていました。
しかし、生産が忙しくなると日中設備を借りることができず、夜間に出勤していました。



生産設備が使われているのは9:00~19:00頃まででしたので、
夜間の勤務の時は、19時頃から明け方に仕事の切りがつくまで働いていました。
大体、5時過ぎに帰っていたと思います。

日中は千人以上働いている事業場でしたが、私の働いている棟は夜中は誰もいなくなり、
一人で働いていることがとても心細く感じました。
夜中の2~3時頃に、懐中電灯を付けた警備員の人が見まわりに来るのですが、
いつも突然来るのでびっくりしました。
警備員の人は4人ぐらいいて、交代で勤務しているようでした。
その中で、土方さん(50代ぐらい)とは特に仲が良くなり、いつも雑談を交わして楽しかったです。

土方さんは競馬が好きで、私が金曜日の夜間の勤務の時は、
土曜日の朝、会社正門の守衛所で挨拶して帰ろうとすると、
「ちょっと競馬新聞を買ってきてくれ」と頼まれて、近くのコンビニに新聞を買いに行かされました。


加工の実験は、設備に加工物をセットすると1~2時間自動加工するので
その間は待ち時間となります。
日中勤務の時は、空き時間はレポートを作成したり、計画を立てたり、特許の発案をしたりと
仕事をしなくてはなりませんでしたが、夜中勤務の時は同僚の目が無いので、
インターネットをしたりして遊んでいました。
だから日中勤務の時より楽でした。


空が明るくなり、世の中が動き始める頃に
自宅に帰れるのが嬉しかったことを覚えています。
家に帰ってからは、缶酎ハイを1~2本飲んで布団に入って眠る。
これは幸せな気持ちになれました。

9:00頃~16:00頃まで寝ていたと思います。
当時は集合住宅に住んでいて、午後になると学校から帰ってきた子供達が
近くの公園で遊び、箱型ブランコの音がうるさくて目を覚ましてしまいました。
昔から音には敏感だったようです。


その18 に続く
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category: 無職・仕事

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