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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その21  

16年間の会社員生活について その1~20はこちらから
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2012年4月(入社17年目 40歳)
退職まであと8ヵ月

入社17年目の4月を迎えました。
1ヵ月ほど休職をして精神病院に入院しましたが、鬱は全く良くならず。
にも拘わらず、なぜ復職したのか。今となっては理解に苦しみます。
生活の為に早く仕事に戻って、お金を稼がなくてはならないと考えたのだと思います。

休職中も、仕事を辞めてからもそうですが、
私はお金のことがとても心配でした。
幾らかの蓄えはありましたが、当時はまだ2人の子供も小さく
今でこそ妻は働きに出ていますが、彼女は結婚して以来ずっと専業主婦でしたので、
これからの生活のことを考えると、収入が途絶えてしまうことは
恐怖以外の何物でもありませんでした。
そのことが、一層鬱を悪化させたようにも思えます。


復職してからは、この4月から変わった新任のN部長と、
直属の上司であるM課長と3人で面談をしました。
M課長が、私の病気の経過や、これまでの業務の事を
新任のN部長に説明していたと思いますが、
私は抜け殻のようになっていて、殆ど発言することはありませんでした。
とにかく辛くて、早く面談が終わって欲しい。そのことは覚えています。


復職後は半日勤務を2週間続け、それに慣れたら1日勤務を2週間続け、
それができたら、通常勤務に戻るといったものでした。
この4週間に渡る、半日勤務、1日勤務の期間中は会社に慣れるという目的のため
無給(休み扱い)でした。

半日勤務の2週間は、苦しいなりになんとか乗り越えました。
といっても、休職前よりも精神状態は確実に悪化しており、仕事は全くできませんでした。
ただ、会社へ行って時間を潰している毎日。

良く行ったのは、屋上へとつながる非常階段です。
屋上への扉は施錠されていて誰も来ることはないので、
そこの階段に座って、ひたすらじっと時間を過ぎるのを待っていました。

しかし、ある時M課長が、私がいなくなったと大騒ぎして探し回ったようで、
「どこに行っていたんだ」と怒られことがありました。
私は調子が悪くてトイレに行っていましたとでも誤魔化したように思えますが、
その時のことは明確には覚えていません。


2週間の半日勤務が終わり、1日勤務になってからは更に地獄のような日々でした。
何もする気が起こらない、体が動かない、ずっと固まっていたいのですから。
半日勤務の時は、ほどんどの時間を階段で過ごしていいましたが、
1日勤務になり、8時間何もしないで過ごすことはとても苦しかったです。

それでも、1週間が過ぎ、2週目も1日か2日経ったところで、
もう、これ以上会社へ行くのは無理だと思い、再休職することを決断しました。
この時のことも、あまり記憶にはないのですが、
会社に常駐している産業医の先生に相談して、
精神科へ行き診断書を書いてもらって、再休職したように思います。


上司のM課長には、「これまでずっと復職に向けて頑張って来て、あと3日で復職できるのに」と
とても残念がられたのを覚えています。
でも、仮に復職できたとしても、会社では何も出来なかったことには変わりありません。
もう限界でした。
とにかく休みたかった。何もしたくありませんでした。


その22 に続く
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