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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

中学時代の同級生の話 その2  


少し横道にそれますが、アルバイトの事も書いておきます。
私が高校生だった時(1987年~1990年)
その引っ越しのアルバイトは日給6,000円でした。
高校を卒業した後、500円値上げされたように思います。
同じ高校でマクドナルドでアルバイトをしていた友人がいましたが、
彼の時給は580円でした。



引っ越しの仕事は当たり外れがあって、
家族の引っ越しだと荷物が多く、更に搬出、搬入があると1日仕事になります。
18:00を過ぎると残業になり、きちんと残業代は支払われました。

しかし、単身世帯の搬出のみの仕事だと、午前中に仕事が終わり
そこで解散になりますが、1日分の日給がもらえました。
午後からは自由になるので、遊びに行ったりしていました。



引っ越しの仕事では、ご祝儀を頂くことがありました。
1,000円のことが多かったですが、時々3,000円ぐらい頂くことがあって、
その時は嬉しかったです。

ご祝儀は、依頼主の方が作業員個別に渡してくれる時もありますが、
責任者に「みなさんで」と一括して渡す時もあります。
その時は、責任者(トラックのドライバー)が私たちアルバイトに均等に配分してくれました。

しかし、引っ越しシーズンの繁忙期は、
プロパー(その会社の正社員)ではない、フリー(委託)のドラーバーの時もあり、
フリーのドライバーの中には、ご祝儀を全て自分の懐に入れてしまう人がいました。
そのドライバーとの仕事は嫌でした。



引っ越しの作業では昼を挟む時があり、
出前などの昼食が振舞われることが時々ありました。
そばや丼物が多かったですが、寿司などもありました。
学生時代でお金も無く外食などできなかったので、そういった時は嬉しかったです。

搬入、搬出の仕事の時は移動がありました。
トラックの助手席は見通しが良く、乗って楽しかったです。
しかし、しばらくすると眠くなり、起きているのが辛かったです。

移動の途中に昼食をとることも多かったです。
ラーメンショップとか、山田うどんに行った記憶があります。
ですから、先日、小野路を歩いたときに立ち寄った
ラーメンショップは懐かしさを感じました。
無職日記 六月二十四日


ビールや飲料の箱詰め作業は最悪でした。
ずっと立ちっぱなしで、ひたすら缶飲料を箱に詰める。

パートの女性などもいて、総勢10人~20人ぐらいで
工場の一角の部屋で作業していました。
夏は冷房も無くて汗だくなりながらやっていたので、とても辛かったです。
この仕事の時は、嫌で何度か断った記憶があります。


その3 へ続く
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