FC2ブログ

夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

中学時代の同級生の話 その4  


家庭教師のアルバイトを始めてからは
引っ越しのアルバイトの回数も減っていき、
いつの頃からか全く行かなくなってしまいました。
K、Fの2人は、その後もそのバイトを続けているようでした。

一緒に仕事をすることも無くなったので、2人とは縁が切れても良さそうでしたが、
その後も付き合いは続きました。
お互い家が近かったからかもしれません。



Kはお酒と麻雀が好きで、私と同じ趣味だったこともあり、
付き合い易かったです。
性格も温厚で人柄もとても良かったです。

Kとは良く2人でフリーの雀荘に通いました。
代々木の平和と巣鴨のアルファに行くことが多かったです。
代々木の平和は、「東京の九龍城」と言われる、今は無き代々木会館にありました。
1階に中華料理屋があって、チャーハンなど出前を取ることができました。
役満を上がると名前を書いた紙を貼ってくれて、
お店からご祝儀に瓶のコーラが振舞われました。

平和で麻雀をした後は、道を挟んだ向かいのビルの地下にある
ニュートーキョーという居酒屋で飲みました。
麻雀の話をしたり、お互いの近況を話したり、とても楽しい時間を過ごすことができました。

学生の頃は、学業(試験やレポートの提出など)や将来への不安(主に就職)はあったものの、
友人とお酒を飲んだり、競輪や麻雀といったギャンブルをしたりして
比較的ストレスも少なく、居心地の良い期間でした。
不安よりも楽しさが上回っていたのだと思います。



一方、Fとはそれ程交流はありませんでした。
2人で飲んだり、会ったりしたことはあるにはありますが、
回数はとても少なかったです。

KとFとは仲が良かったです。(今でも仲が良いようです)
共通した音楽の趣味(ヘビーメタル、デスメタル)があって
一緒にコンサートやライブに行っていました。
コンサートが終わってから、一緒に飲もうと誘われて、
彼らと合流して飲むことが多かったです。



3人で飲むのは、外よりも家でした。
学生でお金もそれほどなかったというのもありますが、
家で飲む方が落ち着きました。
私は大学時代の途中から一人暮らしを始めたので、
私の家で飲むか、Kの家で飲むかでした。

近くのコンビニで瓶ビール(ある時期からは缶ビール)、コロッケやハムカツなどのお惣菜、
スナック菓子、さきいかやいかの燻製などをつまみに買って帰りました。
一人2,000円ぐらいで飲むことができました。

大体、21時過ぎから飲み始めて、1時頃に解散することが多かったです。
それでも飲み足りないときは、24時間営業のコンビニに追加でお酒を買いに行きました。
このコンビニではKの兄が良く深夜アルバイトをしていました。
時々みんな酔潰れ、私の家に泊まっていくこともありました。

当時、Kの家にはお風呂が無かったので、
Kに付き合い3人で近くの銭湯に行ってから、家で飲むこともありました。
風呂上がりに飲むビールは最高でした。


こんな感じで、私が引っ越しのアルバイトを辞めてからも
2人とは定期的に会っていました。


その5 に続く
関連記事
スポンサーサイト



category: 友人

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://dourakumusuko102.blog.fc2.com/tb.php/1612-605b05df
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)