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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

中学時代の同級生の話 その5  


3人では家で飲むことが多く、冬になると鍋やおでんをしました。
男3人でスーパーに野菜や肉、酒を買いに行き、
実家から電気グリル鍋を借りてきて鍋を作りました。

当時、冬季節限定のビールの出始めた頃で、
鍋の時はみんなで「サッポロの冬物語」を飲んだことを覚えています。

3人ともビールを好んで飲みました。
Kはキリンが好きで、ラガーや一番搾りを飲んでいました。
Fはアサヒのドライが好きでした。
Kの兄はサッポロの黒ラベル。

私はアサヒのZが好きでした。
あとは、ハイネケンやクアーズといった外国産ビールを飲んでいました。
当時は外国産ビールは350ml缶が200円ぐらいで売っていて
国産ビールよりも安かった記憶があります。
発泡酒は無かった時代です。



20歳ぐらいの時の冬だった思います。
いつものように鍋をしようという話になった時、
Kが連れてきたい人がいると言いました。

当日、Kが連れてきたのは、とても可愛い女の子でした。
付き合い始めた彼女だと紹介されました。
高校時代の同級生で、卒業後のクラス会で再会して、
付き合いが始まったそうです。

私はというと、付き合った女性は何人かいましたが、
3か月ほどで女性の方からことごとく振られて上手く行きませんでした。
結婚願望は昔から強かったのですが、
私は恋愛には向かなさそうなので、この先ずっと一人で生きていくのだろうなと
ぼんやりと考えていたところでした。

そんな中で、Kがとてもかわいい彼女を連れてきたので、
嫉妬すると同時に、激しい劣等感に襲われたことを覚えています。



3人が高校を卒業して2年が経った1992年4月
Kは2浪するも夢が叶わず、進学を諦めることになりました。
浪人時代も続けていた引っ越しのアルバイトを本業とし、
「フリーター」として生計を立てることになりました。

1990年代前半はまだバブル景気中で、仕事はいくらでもありました。
リクルート社が発行する求人誌「FromA」はバブル景気を受け、
求人広告増加に対応させるため、1989年春から毎週金曜日発売となる「From A to Z」
が創刊され、週2回の発行となりました。
(Wikipediaより)

また、1980年代後半から「フリーター」という言葉が生まれ、
アルバイトで生計を立てつつ、会社に縛られず自由な生き方をするといった
新しい生活スタイルも確立されつつありました。

Kには2歳上の兄がいましたが、彼もコンビニエンスストアの深夜のアルバイトと
ビル清掃のアルバイトをしつつ、生活していました。
当時は沢山仕事があり、時給もそれなりに良かったように思います。



一方、Fは映像関係の専門学校を卒業後、撮影スタジオの職を得ました。
スタジオではCM撮影などをするカメラマンの見習いとして働いていたようです。
入社したてのころは、年配のスタッフに小言を言われたり説教をされることを嘆いていました。

カメラ、ライトなどの重い機材を扱うことも多く、重労働だったようですが、
引っ越しのアルバイトで体を鍛えていたので、
何とかついていけると言っていました。

彼は2年ほどそのスタジオで下積みを積んだ後、大きな会社に転職し、
今はフリーのカメラマンになっているようです。


その6 につづく
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