無職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。無職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

大阪の専業さん  

今日も体調が悪くて、1日中寝ていました。

夕方の16時頃から寝て、先ほど21時に目を覚ましした。
毎日良く寝れます。

家族の夕飯は終わってしまったので、
(みんな牛丼の持ち帰りを食べたそうです)
あとで、私も牛丼を食べに行こうかと思います。



今回お会いする大阪の専業さんとは、
2004年1月の京都のオフ会以来、11年振りなので、
顔は全く覚えていません。

梅田のカフェで会う約束をしたのですが、
「タブレット見ながら待ってます」
とメールがきたので、それを頼りに店内を探すことになりそうです。


2004年1月の京都のオフ会では、色々な人と知り合う事ができました。
1月にお会いした、岡山の専業さんも、そのうちの一人です。


岡山の専業さんとは、それなりにメールの交換をしていたのですが、
大阪の専業さんとは、メールの交換は全くしていませんでした。

会った初めのうちは、メールの交換をしていましたが、
ちょっと投資に対する方針が違うなと思って、
その後連絡を取らなくなってしまいました。



2004年4月にメッセージという介護関連企業のIPOがありました。
当時、ジャスダック銘柄の初値形成は、板寄せ方式では無くタッチ方式でした。

1株38万円のその株は、上場当日1本値で200万円の初値を付けます。
その後の株価は、1週間で172万円~251万円の幅で乱高下することとなります。

そういった値嵩株を、ダッチ方式で初値買いして、
(38万円の株を200万円以上の指値で買い注文を出す)
上場後の乱高下に付いて行くのですから、並大抵の精神力ではありません。

私は今でもなのですが、大きなリスクを取る売買をしないので、
彼とは方針が違うと思って、連絡を取ることが無くなってしまいました。



2004年当時のIPOは、今と違って100万円以上の値嵩株が多かったので、
値幅も大きく、初値買いで大きな資産を築いた人も多かったと思います。
一方で退場された人も居たと思いますが。
当時は、今とはスケールが全然異なりました。



ヤフーも1単元1億円以上の時もあって、(2000年)
2006年頃のオフ会で知り合った、四ツ谷の経営者さんが、
その当時、その株を売買していたとういう話を聞いて、
凄い人がいるのだと思いました。
彼は私と同じ年なので、当時はまだ30歳そこそこだったはずです。
(ヤフー掲示板で、人気者でした)



といった感じで、今では懐かしい当時のIPOの思い出話など、
大阪でできれば良いかなと思っています。
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