無職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。無職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

競輪の話  

競輪についてコメントを頂いたので、
興味の無い方が大半と思われますが、競輪について書いてみました。



【私が競輪に通っていた頃の選手】

 私が競輪場に通っていたのは今から25年前(1990年頃)でした。
 当時は、中野浩一(福岡)、井上茂徳(佐賀)、滝沢正光(千葉)、坂本勉(青森)
 といった選手が活躍していました。

 私は東京出身なので、山口健二(東京)、白石護(東京)、波潟和夫(東京)選手
 が好きでした。

 その後、神山雄一郎(栃木)、吉岡稔真(福岡)選手の時代が到来し
 この辺で私の記憶は途切れています。



【私のホームバンク】

 ホームバンクは今は無き花月園競輪場でした。
 ここの競輪場は一番良く通いました。

 2Cあたりのスタンド席の上段から、
 横浜のベイブリッジが見えて、眺めは最高でした。

 そしていつも、バイトで稼いだ給料を使い果たし
 競輪場から京急の花月園前駅までつながる坂道を
 とぼとぼと歩いて帰った記憶があります。


 川崎競輪場にも良く行きました。

 今は分かりませんが、当時は川崎競輪場までつながる道は治安が悪くて、
 血だらけで倒れている人や、昼間から、自販機でワンカップを買って
 一気に飲み干しているオジサンを良く見かけました。

 20代だった当時、「ああいう人には絶対になりたくない」と思っていましたが
 気が付けば、今私は無職で、ああいう人になってしまいました。
 ただ、昼からのお酒は控えるようにしています。



【競輪は勝てない・・】

 競輪はトータルでは大負けでした。

 いつの頃から負けるのが嫌になって、車券を買うのがバカバカしくなり、
 車券は買わなくなりました。

 ただ、自転車競技としての競輪は好きだったので、
 競輪場には通い続けました。

 遠くだと、前橋とか、伊東とかまで遠征して、
 車券は買わないでレースを見るだけとか。

 この時に培った博打哲学は今も生きていて、

  「勝てない勝負はしない」
  「好きなら賭けずに見てるだけ」

 という考えは、トレードにも通じており、儲かる可能性が低い売買はしないようにしています。
 ポジションが無い事も全然苦になりません。



【競輪との別れ】

 1996年に就職してから競輪場からは遠のいてしまいました。

 仕事をする前は平日でも競輪場に通えましたが、
 会社員になってからは土日しか休みが無く、行く機会が激減しました。
 また、長野県に転勤になり、近くに競輪場が無くなったのが決定打となりました。

 4年前に無職なってから、久し振りに競輪場に行きました。
 (立川、西武園、京王閣に1回づつ)

 ただ、知っている選手が殆どいなくてちんぷんかんぷん。
 私が知っている選手は30期後半から60期前半ぐらいまでの選手です。

 選手の出身地、脚質が頭に入っていなければ、展開予想はできません。
 今更また、競輪場に通って、選手を覚える気力や情熱はもうないかな・・・



【特別競輪】

 今は、特別競輪とか開設記念という言い方はしないんですかね?

 オールスター競輪は、25年前は確か秋に開催されていました。
 9月の下旬ぐらい。

 それから10月に共同通信社杯があって、11月に小倉で競輪祭があって、
 1年の締めくくりが競輪グランプリ。

 競輪をやっていると、特別競輪ごとに季節を感じられました。




といった感じで、コメントを頂いたので
少し競輪の事を思い出して書いてみました。
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