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夢職ひきこもりトレーダーの日々

40歳で鬱で職を失い、トレードで生活費を稼いでいます。夢職です。部屋にひきこもるのが大好きです。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ、再就職はあきらめました。

■2018年8月の勤務成績   

9月に入りました。
まだ暑い日が続くと思うと気が重いです。
早く秋が来て欲しいです。

■2018年7月の勤務成績
 今月の収支はプラスでした。
 今年の月次の状況は
   1月:〇    7月:×
   2月:〇    8月:〇
   3月:〇    9月:
   4月:〇   10月:
   5月:〇   11月:
   6月:〇   12月:
   〇:プラス ×:マイナス 


■8月雑感
 今月はプラスでした。
 が、微々たるプラスです。
 先月の損失の1/3程を取り返したまでです。

 何となくやる気が起こらず、
 普段ならする細々したトレードは全て見送りました。

 システムトレードも稼働させませんでした。
 やっていたらプラスでしたが、
 それは結果論なので仕方がありません。

 とにかく、最低限の取り引きしかしていなかったので、
 損失も殆どありませんでしたが、利益も出ませんでした。

 
■長期ポートフォリオ
 今月は投資信託の一部を解約し、キャッシュポジションを増やしました。
 
 日本株式  2%(現物株を含む)
 日本債券 13%
 外国株式  0%
 外国債券 19%
 CP(短期トレード用資金)66%

 外国債券の投信をお付き合いで購入しました。
 

■株主優待(7月取得銘柄)
 8月の優待の取得は23銘柄でした。

 うち5銘柄が制度信用での取得
 鉄人化計画、クリレス、イオン、吉野家、大庄
 イオンは一般信用で取得したつもりでしたが、発注時に間違えたようです。

 今年はザラ場で稼げていなので、せめて優待で小遣い稼ぎをという考えが
 見事裏目に出てしまいました。

 栃木の専業さんは、制度信用での優待クロスは一切やらないとのこと。
 それでヤラレたら馬鹿馬鹿しい。
 一般信用が残っていたらすれば良いと。

 その通りかなと思いつつも、もしかしたら、それほど逆日歩は付かないのでは?
 という変な欲に駆られてしまいます。
 今後は慎重にやろうと思います。


■9月展望
 これを追記で書いているのは9/7なのですが、
 9月に入ってからも戦績は芳しくありません。

 8月お休みしていたシステムトレードも再稼働させていますが
 いきなりマイナスです。

 利益が出ないと弱気になってしまい悪循環です。
 今年はもう勝てないのでは?と思う時があります。
 とにかく、無理をしないことを心掛けて。
 今までの貯金で、当面はなんとか生活できれば良いか
 ぐらいに考えています。

 これを書いていても、かなり弱気だなと思います。
  
 
以上です

category: 勤務成績

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近況など  

今日から9月に入りました。
一時期よりは幾分過ごし易くなりましたが、まだまだ暑いです。
今日も朝からセミが鳴いています。


鬱から回復して、精神薬を止めてから4年半になります。
鬱になった原因は、仕事のストレスからなので、
仕事を辞めた今となっては、鬱になることはもうないだろうと思っていました。


ところがここ最近、ちょっと変調をきたしています。
・朝の目覚めが悪く、なかなか布団から出られない。
・トレードに身が入らない。
・面白いと思えることが無い。楽しい気分の時間が減った。
・胸の奥底からせり上げて来る不安感が、時々襲って来る。
原因は分かりませんが、強いて挙げるならば、
ここ2ヵ月ぐらいトレードで稼げていないことぐらいか?
しかし、これまでだって、半年ぐらい稼げないときはありましたが(2016年1月~5月)
その時、調子が悪かったかというと、全くそんな記憶はありません。


鬱は再発しやすい病気と聞いたことがあります。
鬱になった人は、予防の意味をあって、
継続して少量でも抗うつ剤を飲み続けた方が良いという先生もいます。

鬱が再発しやすいのは、
その人の気質的なものだったり、思考の癖だったり、脳の反応の仕方だったり、
生まれもった特性によるものが大きいのでしょう。

だから環境が変わっても、何かしらのストレスがかかると、
ふとしたきっかけで鬱は再発するのかもしれません。



昨日の昼は牛丼を食べに行ってきました。
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牛丼、生野菜、生たまご、みそ汁
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いつ以来だろう?特盛なんぞを食べたのは


食欲はまだあるので大丈夫か。
でも、要注意です。

category: トレーダーの日々201809

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人生ままならぬ  

7月、8月と何をやっても上手く行きませんでした。
何となく自信を無くしています。

でも逆に、何をやっても上手く行った時もあった訳で、
意外とバランスが取れているのかもしれません。

今日は気分転換に昼から飲みに行ってきました。
本当は、上野の専業さんと巣鴨の専業さんと行く予定だったのですが、
先週末、まだしばらく暑そうだから止めようと、
上野の専業さんから連絡があり延期になりました。

かといって、何も無いのも寂しいので、
久し振りに一人で飲みに行く運びとなりました。


1軒目は立ち飲みもつ焼き屋です。
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生ビール
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もつ焼き3本 ビールとセットで500円
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ハムカツ 190円
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レモンサワー 350円

あまり悪い事は書きたくないのだけれど・・・
とにかくストレスの溜まるお店でした。

注文したものが全然出てこない。覚えていないみたいです。
私だけではなく、隣の人も何度か忘れられていて催促していました。

「注文した品が確実に届く」という当たり前のことが出来ないお店は
どんなに安くても、美味しくても、ダメだと思います。
残念ながら再訪は無いかな。

気分を変えて2軒目は寿司屋へ。
行ってみたい立ち食い寿司のお店が数件あったのですが、
暑くて疲れてしまい、座れるお店にしました。
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瓶ビール600円 にぎり寿司1,780円

とても美味しかったです。
しかし、後半はお腹が一杯できつかった。
昔は普通に食べれたのに。

3軒目も予定していましたが、
もう食べれないので帰ることに。

その後、自宅に帰ってレモンチューハイを飲んでいます。

category: トレーダーの日々201808

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8月の優待の取得  

8月の優待の取得は23銘柄でした。

7月、8月とトレードで稼げていないので、
せめて優待ぐらいはと思っていたものの、
最近は一般信用の競争が激しくて、全然取れなくなりました。

仕方なく制度信用でクロスしましたが、
今月は大ヤラレでした。

鉄人化計画、クリエイトレストランツ、吉野家、大庄・・・
逆日歩の支払総額は5万円を超えました。
仕方ありません。

鉄人化計画、大庄などは殆ど行かないし、金券ショップでも安くしか売れないのに、
何で取ってしまったのだろうと後悔しています。
3日ということも軽視していました。


ただでさえ、最近やる気が無いのに、
これで完全に戦意喪失です。



今日の午後は証券会社の店頭に行ってきます。
信用取引のための支店長面談です。

1年ごとに面談があるので面倒なのですが、
信用口座開設時に4,000円の印紙税を払っているので、
あまり取り引きはしていないものの更新しています。

久し振りに街に出るので、昼はどこかでランチと思ったのですが、
高額逆日歩を食らって、なんだか食欲がありません。

category: トレーダーの日々201808

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その6 最終回  

■仕事について

【興味の有無が影響する】

私は一部の事に関して、こだわりが強い方だと感じています。
これは裏を返すと、興味の有無の差が激しいということです。
興味の有る事には深く掘り下げて取り組むことができますが、
無い事には何も手を付けたくありません。

高校時代、数学、物理が得意でしたが、
現代文、古文、世界史などは全く興味がもてず、
勉強にも手がつきませんでした。

会社員時代の仕事もそうでした。
そもそも、生産技術の仕事そのものに興味が持てず、
何度か上司に異動を打診しましたが叶いませんでした。
それでも、生活費を稼ぐためと割り切って我慢して仕事を続けていました。

仕事の中で特に苦手だったのは、
レポートを作成することと、特許の明細書を書くことでした。
数学的要素の絡むことは好きでも、
文章を書くということは、学生時代からずっと苦手でした。


では、ブログは文章を書くことでは?と思われるかもしません。
ブログは私の頭の中の思考の整理であり、日々の出来事の記録なので、
あまり苦に思ったことはありません。
これも、興味があるから続けているのだと思います。


一般の人は、どんな仕事であっても、それなりに仕事に自分を合わせて(適応させて)
いくことが出来るのですが、
私の場合、適応できる仕事の範囲がとても狭いのです。
興味の持てる仕事に運良く巡り合えたなら、それなりに能力を発揮できたのかもしれません。



【人との意見を調整することが苦手】

生産技術の仕事では、製品を開発する部門、製品を作る工場など、他部門と一緒に仕事をすることが多く、
その中で、意見を調整しながら仕事をすることがありました。
元々集団生活が苦手なのですから、利害の異なった多くの人と一緒に働くことは、
私にとってはかなり困難なことでした。

それに、私はノーと言えない性質で、無理な事でも何となく引き受けてしまって、
後々に困ることが良くありました。
それが積み重なって、鬱になってしまったとも言えます。

私は交渉事のような複雑ことは得意ではありません。
でも、会社組織というのは利害関係で動いていて、駆け引きの連続だったような気がします。
そういう所で生きていくというのは、本当に大変な事でした。
だから、今後私が、会社員に戻って働くことは難しいと思っています。


【ルーティンワークは得意】

学生時代、色々なアルバイトをしましたが、
長く続いていたのは、喫茶店と家庭教師のアルバイトでした。

喫茶店での仕事は、メニューにある商品を作って提供するという定型業務です。
社員の人は売り上げ管理など、複雑な仕事もこなさなくてはなりませんが、
アルバイトならそういった事を考える必要はありません。

家庭教師も、テキストや問題集に沿って教えるだけです。
生徒のレベルに応じて、教える工夫はしますが、それは特に大変なことではありませんでした。

また、いずれの仕事も、大人数でする仕事ではありません。
喫茶店では3~5人で同じような仕事をしていましたし、
家庭教師は1対1で生徒に教える仕事です。
そいうったことから、この2つの仕事は長続きしたのだと思います。


余談ですが、トレードもルーティンワークの一種です。
自分で決めたことを、毎回同じように繰り返すだけの作業です。
その最たるものが優待のクロスです。



■最後に

もっと早く発達障害(高機能自閉症)であることに
気が付けば良かったのにと思う時があります。

自分の特性を理解することにより、仕事や対人関係など、
かなりの部分を円滑にすることができるようになりました。
少なくとも、分かる前と後とでは、生きづらさが改善されたように感じます。

組織で働く会社員という生き方を捨ててからは、精神科に掛かる事も無くなりました。
家族関係も良くなって、妻とは1年以上喧嘩はしていません。
多くの部分、自分の我の強さ(こだわり)を、家族に押し付けた事がが原因だったと思います。


では、早く気が付くにはどうすれば良かったのだろうか?

30歳で鬱になり、10年間で2人の精神科医に掛かりましたが、
発達障害を疑われることは一度もありませんでした。

最も軽度と言うこともあり、自分から訴えない限りは検査もしなかったのでしょう。
10分という短い診察時間では、診断に限界はあります。

周囲の職場の同僚、友人から指摘されることもありませんでした。
もしかしたら気が付いていた人はいたかもしれませんが、
そんなことは、易々と他人には言えることではありません。
身近な存在である妻ですら、その事を言えなかったのですから。

子供の頃からの私を知る両親にも話しましたが、
「そんなことはないでしょう」と発達障害の事自体分かっていないようでした。

結局は、自分で気付いて、自分で精神科に相談しに行くしかなかったのかもしれません。
でもそれは、今振り返っても難しいことだったような気がします。


早く気が付くにはどうすれば良かったのだろうか?という問いに対して、
明確な答えは未だに私の中では見つかりません。
偶然、鬱で入院していてた病院の精神科医にそれを見つけてもらえた。
それは、私の中では幸運な出来事だったと思います。

【おわり】

category: 未分類

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その5  

■対人関係について

自閉症スペクトラムでは、社会性、コミュニケーション、想像力の3領域に障害が
みられると言われています。

私の場合、軽度と言われていて大きな問題があったようには思えませんが、
それでも今振り返ると、人付き合いが苦手で、
普通の人とは少し違うところがあったように思えます。



【中学時代】

最近、中学時代の担任の先生とよく会うようになりました。
先生曰く、「中学時代の私の記憶は殆ど無い。
もっと気に掛けてあげれば良かった」だそうです。

中学時代、私のクラスはとても仲が良くて、
みんなでまとまって遊んでいたりしました。
でも私は、そういった輪の中に入れませんでした。

虐められていた訳ではありません。
誘われた記憶もあります。

ただ私は、大人数のコミュニティーに入るということが
とても苦手だったのです。


【高校】

高校に進学してからも同じような感じでした。
高校ではクラス全体が仲良くといった雰囲気はありませんでしたが、
それでも、小さな仲良しグループというのはいくつかありました。

私はそのグループのいずれにも入ることは無く、
一人でポツンといる感じでした。
だから、修学旅行などの班分けでは
仲の良い友人がいないので苦労した記憶があります。

それでも当時は高校生でありながら、
パチンコ、競馬、麻雀が好きだったので、
それを通じて付き合いのあった友人は沢山いました。

これは今の友人にも通じる所があり、
現在、頻繁に連絡を取り合っている友人の8割は、株友達と言えます。


【大学】

大学に入ってからは、殆どが選択授業だったこともあり、
クラスのコミュニティーというのは無くなり、
居心地が良くなった気がします。

アルバイトを始めて、初めて気の合う友達ができたのもこの頃でした。
私にとっては、中学や高校の40人のクラスメイトと
1日の大半を過ごさなくてはならないことが苦痛だったと思います。

一言で言えば、集団生活が苦手だったのでしょう。


【現在】

集団の中に見を置くことが苦手なのは、今でも変わりません。
例えば、同窓会、クラス会、株のオフ会など、
大人数での集まりには行きたくありません。
逆に、気の合った仲間と少人数で会うことは大歓迎です。

仕事を辞めて無職となった今では、
それ程困ったと感じることは無くなりました。
気の合う人とだけ付き合えるからです。


あとは、仕事のこと、まとめを書いて終わります。
その6に続く

category: 精神病院での入院生活

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夏の終わり  

もうすぐ8月も終わります。

今年の夏は、どこにも旅行へ行くことなく終わってしまいそうです。
ふらふらと大阪あたりに行きたいとも思ったのですが、
例年以上の猛暑でそんな気にもなれず。
結局、家にひきこもる毎日でした。


水曜日、妻の仕事とが休みだったのと、
私もトレードが暇で、毎日時間を持て余していたので、
日帰り温泉に行ってきました。
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宿泊施設もあるのですが、泊まれば一人2万円弱。
夏休みは高いです。
でも、本当は泊まってゆっくりしたかった。
日帰り入浴は800円
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平日の昼なので、人は全くいませんでした。
お盆休みも終わり、世間は通常営業です。
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お風呂も貸し切り状態。
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温泉から出てからは昼食。
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昼からビール
平日の明るいうちから飲めるのは幸せです。
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豆乳鍋
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天ぷら
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お造り
左から、まぐろ、いか、ます、かじき、甘えび
ますのお刺身が美味しかったです。
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その他諸々
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御飯とお椀
美味しい食事で、ビールもすすみました。
中瓶を一人で2本飲みました。
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この日も本当に暑かった。
今年の夏は異常です。

こんな非日常的な幸せな毎日がずっと続けば良いのに、と思いつつ、
現実に振り返ると、トレードでは全く稼げない日々が続ています。
胸が痛い。


帰りは妻に車の運転をお願いして、後部座席で熟睡。
気が付くと、自宅に帰っていました。
そして、夕方まで二度寝をするのでした。

category: トレーダーの日々201808

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その4  

私が生活する上で、困難と感じることを挙げてみます。

【音に敏感】

生活音、雑音全般が苦手です。
他の家のテレビの音、ゲーム音、話し声が聞こえると集中できません。

妻と一緒の寝室で寝ていますが、妻が風邪を引いて夜中に咳をしているときに
うるさくて眠れないと言ったほどです。
(今考えると、酷いことを言いました)

2階の自分の部屋でTVを見ている時、
1階の台所で洗い物をしている音もうるさく感じる時があり、
リビングの扉をしめて家事をして欲しいとも言ったことがあります。

体調によって、良い時と悪い時があるような気がします。

一方、セミの鳴き声、カラスなどの鳥の声など、
自然界で発生する音は全く苦になりません。


【光に敏感】

光は眩しいのが苦手です。
真っ暗にしないと眠れません。
シャッターを閉めないで寝ると、朝は日の出と共に起きていしまいます。
遮光性カーテンは必須です。

夜のコンビニなど、極端に明るい場所も苦手です。


【エアコンなど】

エアコンであったり、暖房器具であったり、
冷風や温風が直接肌に当たるのが苦手です。

旅行での宿泊時には、風が当たらない場所で寝ます。
一度、古いビジネスホテルで、風向を変えられないエアコンがあった時には
新聞紙を貼って、風が下に吹くように調整したこともありました。


【決められた時刻に行くのが苦手】

人と待ち合わせすることが、プレッシャーに感じます。
遅れてはいけないと思うと、気になってしまい疲れてしまいます。

でも、目的地に無事に着けば、そのプレッシャーからは解放され
嫌な思いも無くなります。


旅行に行くのも辛いです。
飛行機や新幹線の時間など、乗り物に乗るための
決まった時間に行かなくてはならないからです。

朝寝坊したらどうしようと考えると、
夜もなかなか寝付けない時があります。
電車が遅れて、飛行機に乗れなかったりどうしようとか、
悪い方、悪い方に考える癖があります。

だから、飛行機や新幹線に乗るとホッとします。
その後は憂鬱になることはありません。

これは、全く同じではありませんが、
phaさんのコラム「早くつきすぎてしまう」と通じるものがあります。
なんとなく自分と近い人がいると、嬉しくなってしまいます。


【他人と触れるのが苦手】

満員電車のように、見ず知らずの人と接触するのがとても不快に感じます。
特に潔癖症というわけでは無く、汚さを感じるわけではありません。
座席でも、隣に大柄な人が座って、押されて窮屈になるのもたまらなく嫌で、
席を立ちたくなります。

だから私は無職になってから、電車で出かける時はラッシュの時間は避けます。
家を出るのは10時以降、帰るのは16時前


それと、頭(髪の毛)を触られるのもとても嫌です。
床屋は大丈夫です。

会社員時代、同僚で私の頭を触ったり、叩いたりする人がいました。
その人は悪い人では無かったのですが、
頭に触れられた時だけは、猛烈な怒りが湧いてきました。


こう書くと、全てが全て、人に触れるのが嫌だと思われるかもしれませんが、
そんな事はありません。
知っている人だったら嫌悪感はありません。
電車の座席でも、隣が知っている人であれば押されても気になりません。

自分のテリトリーというのがあって、知らない人にそこに入られるのが、
私は不快に感じるのだと思います。
その範囲だったり感度というのが、私は狭く高いのかもしれません。



他にも色々ありますが、今思いたったところを書いてみました。
普通の人にとっては何とも感じないことでも、
敏感に感じてしまい、辛かったり憂鬱になります。

一種の強迫観念症のようなものかもしれません。
精神状態が悪くなると悪化する傾向があるような気がします。


その5に続く
(次で終わる予定です)

category: 未分類

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その3  

■結婚生活

妻とは学生時代に知り合って、交際して5年で結婚しました。
付き合っていた当時は特に問題なかったと思いますが、
私は数字への拘りがあって、特に時間に関しては妻にだいぶ嫌な思いをさせたと思っています。
(今は意識して人を巻き込まないよにしています)

待ち合わせ時間に、妻が少し遅れたことで大喧嘩した記憶があります。
今思うと、よく一緒になる気になったと思います。


結婚後、妻は私が普通の人とは何かが違う事に気が付いていたようでした。
付き合っていた頃は、一緒にいる時間に限りがありますが、
結婚すれば常に日常を共にします。
おかしな考え、行動は否が応にも見えてきます。

後に聞いた話では、妻は結婚して3年目におかしさは感じていたと。
しかし、そのことを私に指摘しても私は否定し、喧嘩になることは目に見えていたので
言わなかったそうです。

とにかく、色々なことに拘りが強く、常に自分の考えが正しく、
私と異なる考えであっても価値観の違いと言って、他人(妻子)の考えを受け入れない。
そういうこともあって、2~3ヵ月に一度は大きな夫婦喧嘩をしていました。

私は弁が立つので、妻を理詰めで追い込んでいき、
どうにもならなくなった妻が、物に当たり壊す。
(当時の事は、思い出しただけでも胸が痛みます)

離婚して欲しいと言われたことも数度あったり、
夜中に家を飛び出して行くこともありました。
それでも、自分が常に正しく、間違っているのは妻だと信じて疑いませんでした。


発達障害の事を知って、初めて自分が間違っていたことに気が付きました。
今では、自分の心無い言動で、妻や子供たちを苦しめてしまったことを深く後悔しています。
しかし、その当時は、自分の異常さに気が付かなかったのです。


■数字への拘り

私の拘りの対象は数字になります。
私は手帳に日常生活のメモを付けているのですが、
人と待ち合わせしている時間のみならず、
家を出た時間や帰ってきた時間など、事細かにメモしています。
その日の最高気温もメモしています。
私の手帳は、数字だらけです。
おそらく、こういう人は他にはあまりいないと思います。


一方、数字への拘りが強いが故、
トレーダーとして生きてこれた面もあると思います。

トレードは、株価、出来高、会社の業績、
殆どのものが数字で表され、それを判断して売買します。
もしかしたら、この拘りが役に立っているのかもしれません。

数字を見ているのはとても楽しく、
高校時代の数学の成績だけはズバ抜けていて、
テストの成績は、常にクラスでは3位以内でした。
(他の教科の成績は、平均~平均以下と冴えず)

今は1日相場に張り付くことは無くなりましたが、
フルにやっていた時には、100銘柄程度であれば、
コード番号や大まかな株価は諳んじることができました。
別に覚えようと意識したのではなく、自然と頭に入って来る感じでした。


その4に続く

category: 精神病院での入院生活

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私の生きづらさについて ~発達障害のこと~ その2  

■発達障害

発達障害にも色々とあります。
注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、自閉症、アスペルガー症候群
その中で、私は高機能自閉症の可能性があると言われました。
可能性があるというのは、その病院には発達障害の専門医がおらず、確定診断できないので、
専門医のいる病院へ行って欲しいとのことでした。

自閉症は、社会性、コミュニケーション、想像力の3領域に障害が見られ、
言葉の発達が極端に遅かったり、特手のものに異常な興味をしめしたりします。
そして、その多くは知的障害を伴います。
高機能自閉症というのは、自閉症のなかで知的障害を伴わないものを指します。


主治医から、「高機能自閉症」と言われたときは、全くぴんときませんでした。
発達障害、自閉症という言葉は聞いたことがありましたが、
自分とはおおよそ無縁の世界のことだと思っていたからです。

私の場合、軽度だったので、社会性やコミュニケーションも
社会生活を送るうえで大きな障害があった訳ではなく、
学校生活、会社員生活、結婚生活を送ってこれたようです。

しかし、それでも普通の人とは何かが違うので
大きなストレスを感じていたようです。


退院後、発達障害に関する本を読むと、
自分にあてはまることが沢山あって、びっくりしました。

私がこれまで普通の人と同じ社会生活を送ることが、
辛く感じていた原因がわかり、ストンと腑に落ちた感じがしました。
「そういうことだったのか」と。

発達障害と告げられて、ショックを受ける人もいるとも言われますが、
私の場合、今までの生きづらさの原因が分かってスッキリとした気分でした。
しかし、これが脳の機能不全であり、一生治ることは無く、
このまま、この辛さと向き合っていかなくてはならないとう不安感もありました。



■確定診断

3ヵ月間入院した精神病院を退院した後、病院から紹介された
東京都発達障害者支援センター(TOSCA)へ相談に行きました。
ここは、東京都から委託された発達障害に関する相談が無料でできる相談施設です。
(各自治体に発達障害情報・支援センターはあります)

ここで、発達障害の確定診断を受けた方が良いのかを相談をしました。
大人で発達障害を疑われる人は多く、それに対して確定診断をできる医療機関は限られているので、
診察を受けるまでとても時間がかかるようでした。(予約が数ヵ月待ちとか)

確定診断を受けるメリットは、精神障害者保健福祉手帳を受け取れることにあります。
この手帳があると、再就職活動において、障害者枠での雇用を期待できるとのことでした。


当時の私は、ハローワークなどで再就職活動をしていましたが、
障害者枠を使ってまで、再就職活動はしたくないと思っていました。

それは、これまで苦しいながらも社会人生活を送ってこれたのだから、
何とか普通の人と同じように仕事をしたいという気持ちが強かったからです。
それは、自分のプライドからなのか、障害者という言葉に対する抵抗感からなのか。
心のどこかで、自分は健常者であるという意識を拭い切れない部分がありました。


結局、再就職活動では十数社応募して面接の機会を与えられたのは1社のみで全て不採用。
そのうち、趣味のトレードで収入を得られるようになったので、
再就職活動は止めてしまいました。

しかし、たまたまトレードで稼げるようになったので再就職活動は止めましたが、
生活費が稼げなければ、何かしらの仕事をしなくてはならず、
障害者手帳を得るために、確定診断を受けに行ったと思います。


その3につづく

category: 精神病院での入院生活

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