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夢職ひきこもりの日々

40歳で鬱で職を失いました。2014年1月~2018年10月までトレードで生活費を稼いでいましたが、稼げなくなり完全に夢職なりました。酒場巡りをライフワークとするアル中予備軍。無業期間が長くなりすぎ再就職はあきらめました。

16年間の会社員生活について その13  

16年間の会社員生活について その1~12はこちらから
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■発達障害の二次障害としての鬱(2)

30歳から40歳までの会社員時代10年間と、
その後、退職してからの2年間の合計12年間精神薬を服用していました。

会社員時代は、仕事の内容によっては抑うつ状態が軽減していた時もあり、
何度か薬を止めていた時期もありましたが、
基本的には同じ職場環境だったので、
調子が悪くなり精神薬を再服用することになりました。

精神薬の力を借りながらなんとか仕事を続けていましたが、
最後はどうにもならず、仕事へ行くことができなくなり休職しました。

休職後、復職するもすぐに再休職。
そして、復職することなくそのまま退職することになります。
(このあたりの詳細については追々書いていきます)


当時を振り返ってみて、
もし、その時自分が「自閉症スペクトラム障害」であることが分かっていたら
どうしていただろうか?と考えるとことがあります。

普通の人と同じように働くことが無理だったということは明らかでした。
自分なりに無理なくできる仕事を真剣に探した方が良かったのか?

しかし、こう考えることは簡単ですが、
(経済的に)安定した家族の生活を考えると、当時勤めていた会社の職を投げ捨てることは
なかなか出来なかったと思います。
とても難しい問題でした。



以下は雑談です。

12年間でかかった精神科医は主に4人いました。
・会社に診察に来ていたT先生、
・会社近くのクリニックのK先生、
・都内の病院のT.T.先生
・入院した病院のK.K.先生

最初にかかったのは、会社に来ていた精神科医のT先生でした。
私より9歳年上であることが分かりました。
都内でクリニックを開業していましたが、今は生まれ故郷に戻って開業しているようです。
当初は会社で週1度診察をしていましたが、
あまりにも心を病む社員が増えてきて、会社では対応できなくなったとのことで
会社での診察は廃止になりました。
代わりに、会社から紹介されたクリニックにかかることになりました。


会社近くのクリニックのK先生は40代半ばぐらいの先生でした。
とても優しい先生でしたが、私が苦しさを訴えてもいつも同じような薬の処方で、
親身になって考えてくれるようには思えませんでした。
精神状況は更に悪化し、K先生の処方ではどうにもならず、
都内にある大きな病院に代えることにしました。


大きな病院のT.T.先生は、30代前半ぐらいの先生で
とても親身になって薬を処方してくれました。
私が出会った先生のなかで一番信頼できる先生でした。
実は精神科通いを止めた後、一度だけ大きく精神状況を崩した時があって、
その時、再度T.T.先生にかかろうと思い診察予約を取ろうとしたのですが、
大きな病院でしたので、再診の場合医師の指名はできませんと断られ、
T.T.先生にかかることはできませんでした。


鬱の状態が酷く、希死念慮(死にたい気持ち)が強くなり入院することになりました。
T.T.先生の病院も入院施設はありましたが、自宅から遠く、妻の負担も大きいので、
自宅から近い病院に入院することになりました。

この病院で主治医となったK.K.先生は、40代半ばぐらいの先生でした。
私が発達障害であることを見抜き指摘してくれた先生で
今となってはとても感謝をしています。
私が発達障害であることを自覚することで、どれほど生き易くなったかは計り知れません。
命の恩人とも言えます。
しかし、診察自体はいつも淡白で、私との相性の良さは感じられませんでした。



飲んだ精神薬についても少し書いてみます。
2002年(30歳)~2014年(42歳)1月に断薬を完了するまでの12年間、
色々な向精神薬を飲みました。
初期の頃はお薬手帳も無く、どんな薬を飲んでいた忘れてしまいましたが、
記憶にあるものだけ書いておきます。


抗うつ薬は基本的に効きませんでした。
最終的に希死念慮が強かったときは、
SSRIのデプロメールと、抗精神薬のジプレキサを併用していました。
ジプレキサは抗精神薬だけあって、何となく鎮静されているような感じがしました。

抗不安薬は使用当初は効いたものの、耐性ができてしまい、
その後はあまり効果が感じられませんでした。
一番好きだったのはワイパックスでした。
ガツンと効いて、重みのある感じがしました。
ソラナックスはシャープに効きますが、持続時間短いような気がしました。
レキソタンは重厚感があり、不安や緊張が抑え込まれる感じがして好きでした。
セルシンはパンチは無いものの、飲むと心が安定して、好んで飲んだ覚えたあります。
仕事中は、これらの抗不安薬を色々と使い分けていました。

睡眠薬はドラールが好きでした。
とにかく鬱の時は起きていたくない。ずっと寝ていたい。
それは、寝ている時は何も考えずに済み楽だったからです。
ドラールを飲んだ時は、ダラダラと眠れたような気がします。


鬱について書こうと思えばいくらでも書けますが、
ここでは16年間の会社員生活のことを書いているので
このくらいにしておきます。
参考までに、12年間で飲んだ精神薬の一覧を書いておきます。

【抗うつ薬】
 非定型
 ・ドグマチール(スルピリド)
 三環系
 ・ノリトレン(ノリトリプチリン)
 SSRI
 ・レクサプロ(エスシタロプラム)
 ・デプロメール(フルボキサミン)
 NaSSA
 ・リフレックス(ミルタザピン)

【抗精神薬】
 非定型
 ・ジプレキサ(オランザピン)

【抗不安薬】
 短時間作用型 半減期6時間以内
 ・リーゼ(クロチアゼパム)
 ・デパス(エチゾラム)
 中時間作用型 半減期12~24時間以内
 ・ソラナックス(アルプラゾラム)
 ・レキソタン(ブロマゼパム)
 ・ワイパックス(ロラゼパム)
 長時間作用型 半減期24時間以上
 ・セルシン(ジアゼパム)
 ・セパゾン(クロキサゾラム)
 超長時間作用型 半減期90時間以上
 ・メイラックス(ロフラゼプ酸エチル)

【睡眠薬】
 超短時間作用型
 ・マイスリー(ゾルピデム)
 短時間作用型
 ・レンドルミン(ブロチゾラム)
 中間作用型
 ・サイレース(フルニトラゼパム)
 長時間作用型
 ・ドラール(クアゼパム)

これを書いていたら、当時薬を飲んでいた時の感覚が鮮やかに蘇ってきて
懐かしい気分になりました。


その14 に続く

category: 無職・仕事

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コロナの日々  

5/17(日)~5/18(月) 2日分

■5/17(日)

7:30起床
目は覚ましたものの布団から出れず。
布団の中でウトウトとまどろんでいたり、ゴロゴロしたり。
布団を出たのは11:00でした。

【午前】
朝食はアイスコーヒー、バナナ

倉庫の整理をしました。
定期的に整理をしないと、不要な物がどんどん溜まってしまいます。
庭仕事に必要なものもまとめました。

【午後】
昼食はのり弁当
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300円 美味しかったです。

13:30-15:00 買い物へ
ホームセンターに園芸土を買いに行きました。
その帰りにドーナツを買いました。

15:45-17:30
自宅に帰ってから、きゅうりと朝顔のネット張りました。
また、買ってきた園芸土をプランターに入れて、
ひまわり、あさがお、青しそなどの種を植えました。

【夕方】
18:15-18:45 昼寝
夕飯を待っている間30分程ですが寝てしまいました。
毎日昼寝は欠かせません。気持ちが良いです。

【夜】
夕飯は鶏手羽元の黒酢煮
今日もお酒は無し(禁酒6日目)

夕飯後、特にすることも無く
22:30には布団に入って本を読みました。

0:30
電気を消すも眠れず、一度起きて本を読んだりして
寝たのは3:30頃になってしまいました。


■5/18(月)

8:15起床
妻が仕事に出掛けて行き、
私はいつものように洗濯物を干して1日が始まります。

【午前】
朝食はドーナツ1つ、アイスコーヒー

今日は曇りで涼しそうなので、どこかへ散策に行こうかと思いましたが、
午前中からパラパラと雨が降り始めたので家に居ることに。
予報では夜から雨のはずだったのに残念です。

午前は布団の中でゴロゴロと。
涼しいので、布団の暖かさが心地が良いです。
11:00 布団を出てブログの更新。

【午後】
昼食を食べに焼肉屋へ
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ビールを飲みたかったけど、車だったのでメロンソーダで我慢
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カルビ、ロース定食 1,188円也
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元々は安いお店で、あまり質の良いお肉ではありませんでしたが、
ここ最近は更に質が落ちました。

自宅に帰ってからは、布団に入ってゴロゴロとしながら本を読んだり。
14:45-15:45まで1時間昼寝をしてしまいました。

【夕方】
一人でスーパーへ買い物に。
お刺身を買いました。
・太平洋沖中部産 生キハダマグロ 350円
・長崎県産 真あじ 278円
・三陸東沖産 戻りかつおたたき 278円
居酒屋や寿司屋でお刺身を食べることを考えると安いです。

【夜】
夕飯は、アジフライ、エビカツ、夕方買ってきたお刺身。
夜は久し振りにお酒を飲みました。
アサヒドライ(350ml)、宝焼酎25°(100ml)、大分麦焼酎いいちこ25°(150ml)
まだまだ飲めそうな勢いでしたが、
翌日、辛くなることが目に見えていたので止めておきました。


私の標準的なお酒の飲み方は、
缶ビール(350ml)を飲んだ後、
25°の焼酎(300ml)を炭酸水とカットレモンで割って飲みます。
アルコール度数5%のビールに換算すると、1,850ml飲むことになります。

友人には飲みすぎだと言われました。
自分でも飲みすぎだと思っていて、最近は体も付いていかなくなってきたので
節酒しようと思っています。


夜は雨がしとしと降っていて、涼しくて気持ちが良かったです。
窓を全開にして寝ました。
1:30就寝

category: 夢職の日々202005

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16年間の会社員生活について その12  

16年間の会社員生活について その1~11はこちらから
         10
11 

■発達障害の二次障害としての鬱(1)

2002年、30歳の時に初めて精神薬を飲みました。(その11 はじめての精神薬)
その後、一度は良くなったものの、仕事の不適応感から精神的にバランスを崩し、
2014年1月に断薬をするまで12年間(退職後も2年間)精神薬を飲んでいました。


生活費を稼ぎ続けるためには仕事は辞められない。でも、仕事は辛い。
精神薬を飲むことで辛うじて仕事は続けられる。
私は定年まで、家族の生活を維持するために、
精神薬を飲みながらずっと仕事を続けていくのだろうと
ぼんやりとした頭で考えていました。


私の自閉症スペクトラム障害の一次障害は、
仕事に興味が全く持てないこと(その9)、
型通りの定型業務はできるが、臨機応変の対応が求められる業務が苦手であること(その10)
からくる仕事への不適合感でした。

そして二次障害は、この不適合感から生ずる、不安、うつ、緊張といった精神症状と、
胃痛、腹痛、首痛、肩痛、腰痛、顎関節症といった身体症状として現れました。
この一連の不定愁訴は、主観的な自覚症状はあるものの、
検査をしても客観的には異常がなく、とても苦しみました。



一番苦しかったのは「腸の痛み」です。
腸が痛いという意味は分からないと思いますが、
腸が動いていない感じがする、食べ物が詰まっている感じがする、
そのためお腹が張って痛い、常に残便感がある、といった症状です。

レントゲンやCTの検査をしても異常なし。
大腸の内視鏡検査をしても異常なし、小腸の検査をしても異常なし。
小腸の検査は苦しかったです。
鼻から管を入れて、小腸に造影剤を入れながらリアルタイムに医師と技師が観察する。

薬も色々と処方されましたが、
(ガスモチンのような消化管の運動を促進する薬など だったと思う)
全く効きませんでした。

あまりにお腹の痛みや張りが苦しくて、
日曜日の夜間に救急外来を受診し、苦しいので入院させて欲しいとお願いをするも、
入院を要する所見も無く、翌日、外来で受診して検査を受けて欲しいと言われ
家に帰されました。

家に帰ると医師から見放されたような感じがして心細くなり、
そのことで、さらに腸が痛く感じられ、苦しくて眠れなかったことを思い出します。


今考えると、これらの身体症状は、極度のストレスで緊張状態が続くことによって
全身の筋肉や消化器官が硬直していたのでしょう。
消化管の働きは自律神経によってコントロールされるので、
ストレスは悪影響を及ぼします。


自宅近くの病院で一連の検査を受けた後、
担当した内科医に、「全て検査をしたけれど、全く異常は見られない」と告げられ
診察の最後に「あなたのお腹は良いお腹してますよ」と言われ
自分のなかでは納得がいかない部分もありつつも、なぜか安心したことを覚えています。
それ以降、腸から意識が離れていき、徐々に苦痛が消えていったような気がします。


2002年(30歳)から退職する2012年(40歳)までの間は
精神科にもずっとかかっていましたが、その他にも不定愁訴で、
内科、整形外科、口腔外科などにも年中かかっていて、相当な医療費を支払っていました。


仕事を辞めた今は殆ど病院へ行くことは無くなりました。
それを考えると、これらの不定愁訴は、
全て仕事のストレスから来るものだったのだと考えられます。
本当に、私には会社員生活が向かなかったのだなと思います。


その13 に続く

category: 無職・仕事

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コロナの日々  

5/15(金)~5/16(土) 2日分

■5/15(金)

8:00起床
いつものように妻が仕事に出掛けた後洗濯物を干し、
その後、都内の金券ショップに出掛ける支度をしました。

【午前】
10:00前
自宅を出て電車に乗って都内に向かいます。
電車は比較的空いていて、特に指示があった訳ではありませんが、
殆どの人達は一席開けて座っていました。
(座れない人は立っていた)
何も言われなくても行動する日本人の気配りは凄いなと思いました。

金券ショップを2軒を回って換金。
6月末期限の優待券の一部は、買い取りを断られました。
その後、昼食
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ちらし寿司を食べました。

【午後】
自宅に帰ってからは特にすることも無く
一人でどこかへ歩きに行こうかとも思いましたが、
暑かったので止めました。

布団に寝転がりながらラジオを聞いていました。
16:00-17:00まで1時間昼寝。
夕方、ブログの更新をしました。

【夜】
夕飯はハンバーグ弁当。(写真は撮り忘れ)
コロナ禍で外食がめっきり減り、妻が毎日夕飯を作って大変そうなので
たまにはお弁当にしました。
お酒は飲まず。

夕飯後は特に何もせず。

そういえば、最近は全く将棋の対局を見ていません。
コロナ禍でTV対局の収録は止まっていると思いますが、
それ以前の撮り溜めをしてある銀河戦とNHK杯の対局が10局以上あると思います。
1:30就寝


■5/16(土)

7:30起床
昨晩は良く眠れました。
布団に入るとすぐに眠気が来て、今日は眠れそうと思いました。
中途覚醒も無く朝までぐっすりと眠れました。

私は鬱で精神科にかかっていた時は睡眠薬を飲んで寝ていましたが、
鬱が良くなり精神薬を止めてからは、睡眠が安定しなくなりました。

【午前】
今日は曇りがちで朝から雨が降り始めました。
とても気持ちが落ち着きます。
涼しいのも体が楽で良いです。

10:00前、
車に乗って近所の喫茶店へ
持ち帰りでアイスコーヒーとサンドイッチを買ってきて自宅で食べました。
喫茶店の店内はそこそこ混んでいて、自粛前の状態にほぼ戻った感じでした。

【午後】
家族でスーパーに買い物に行き食料品をまとめ買いしました。
本屋にも寄って本を2冊購入。

【夜】
夕飯はかれいの干物
お酒は今日も無し。禁酒5日目です。

夕飯後は、ネットで飲食店関連のブログを見たりしました。
ブログを見ていたら、外にお酒を飲みに行きたい気分になりました。
自粛が明けたら、駒込の焼鳥どんに行きたいです。

1:00就寝
なかなか寝付けず、1時間程布団の中でじっとしていました。

category: 夢職の日々202005

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16年間の会社員生活について その11  

16年間の会社員生活について その1~10はこちらから
         10

■はじめての精神薬

2002年(入社7年目 30歳)
仕事には相変わらず興味が持てず、生きていくためのお金を得るために、
与えられた仕事を淡々とこなす日々が続いていました。

私生活では、1999年秋に大学時代から付き合っていた今の妻と結婚し、
その翌年の2000年、上の子供が生まれました。
家庭を持ち子供が生まれ、益々仕事を辞めることができなくなった
といった強いプレッシャーを感じるようになりました。


2002年のある時期、ずっと製品の測定をしていた時がありました。
1日中モニターを眺めて作業をしていたところ酷い眼精疲労になり、
仕事も終わってからも目の奥の痛みは続き、夜も痛みで眠れないぐらいでした。

目は痛い、でも仕事はしなくてはならない。
このことがきっかけで食欲は無くなり、夜も眠れなくなり、
早朝覚醒も起るといったような抑うつ状態となり、
会社に週に1度診察に来ている精神科医に見てもらうことになりました。


精神科のT先生は、都内で開業している40歳ぐらいの先生で、
話を良く聞いてくれて、とても安心したのを覚えています。

診断の結果、鬱とは言われなかったと思いますが(記憶が定かではない)
少し薬を飲んでみましょうということになり、
スルピリド(ドグマチール)50mg、頓服で不安時にエチゾラム(デパス)0.5mg
寝る前に、睡眠薬代わりにエチゾラム(デパス)0.5mgを処方されました。


はじめてデパスを飲んだ時は感動しました。
これまで苦しんでいた不安感が全く無くなってしまう。
こんな便利な薬が世の中にあったのかと驚きました。

寝る時も、デパスを0.5mg飲んだだけで数分で意識が無くなり、
気が付くと朝になっている。
ぐっすりと眠れるようになりました。

その後は耐性が付いて、あまり効かなくなりましたが、
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、私はそれなりに効きました。

一方、抗うつ薬はあまり効果が実感できませんでした。
抗不安薬ほどの即効性は無いにしろ、薬を飲んでいても
鬱状態が良くなっているという感じはしませんでした。



精神薬を飲み始め、また、測定の仕事も私一人ではなく
他のメンバーに手伝ってもらうようになり、
食欲不振や睡眠障害も徐々に良くなりました。
そして、3ヵ月ほどで薬を止めることができました。


その12 に続く

category: 無職・仕事

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コロナの日々  

5/13(水)~5/14(木) 2日分

■5/13(水)
7:30起床
昨晩は寝つきが良く、朝も中途覚醒することなく良く眠れました。
お酒を飲まないと朝の体調も良いです。

【午前】
洗濯物を干し、台所の洗い物をしました。
11時前に早めに昼食を食べに外出しました。
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鶏肉と野菜の甘酢炒め

【午後】
東京は暑かったので今日の散策はお休み。
自宅でじっとしていました。
室温は28℃まであがり扇風機を出しました。
家では特に何もせず、ラジオを聴きながらゴロゴロとしていました。
14:30から1時間程昼寝をしました。

夕方、ブログを書きました。

【夜】
夕飯はシュウマイ
お酒は無し。

お酒を飲まないと時間がたくさんあります。
21:00にはすることも無くなり、あとは寝るだけの状態に。
いつもより早目に布団に入って本を読みました。
本を読んでもなかなか眠くならず、3時間程本を読みました。 

0:30就寝


■5/13(水)
8:30起床
昨晩はなかなか寝付けず、寝るのに1時間ぐらいかかりました。
更に、朝も4:30頃に目が覚めてしまい、その後はずっとウトウトと。

昨日は1日家に居て、アイスコーヒーをずっと飲んでいたからかもしれません。
私はカフェインに弱く、午後遅くにコーヒーを飲むと眠れない時があります。

【午前】
外は朝から日差しが強くて暑かったです。
4月末頃から自転車がパンクしていたので、その修理をしに自転車へ行きました。
最近は息子さんが店番をしていることが多いのですが、
今日は御主人さんだったので、自転車の点検と油差しをしてくれました。
帰りに昼食を食べに行きました。
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レバニラ炒め定食

女性の店員さんが注文を取りに来た時に、
私の目の前のテーブルの上を小さなゴキブリが走っていきました。
女性店員さんは、ペーパーナフキンで潰してくれましたが、
申し訳なさそうに「違う席に移って下さい」と。
私はあまり気にしていなかったのですが、彼女に従って席を移動しました。

しかし、時間が経つにつれゴキブリの事が気になり始めました。
もしかしたら、厨房にもゴキブリがいるのではないか、
料理の中にも、ゴキブリが入っているのではないか。

注文した料理が運ばれてきて、
レバニラ炒めの中にゴキブリが入っていないか丹念に調べながら食べていたら
あまり美味しく食べれませんでした。

【午後】
下の子と2人で近くの雑木林に散策に行きました。
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もう何度も同じ道を歩いていますが、少しづつ変化させているので飽きないです。
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この時期は野鳥が沢山鳴いています。
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鬱蒼とした森の中は薄暗く、日が暮れ始めるともの寂しくなります。

16:30帰宅
シャワーを浴びて、疲れたので少し横になったら30分程寝てしまいました。

【夜】
夕飯は焼鮭とたけのこ御飯
お酒は無しです。

夕飯後は株主優待券や金券の買取価格をネットで調べました。
6月末までの優待券がいくつかあるので明日は都内の金券ショップへ行く予定です。

0:00布団に入りましたが、頭が冴えて全く眠くなる気配がありませんでした。
一度起きて本を読んでも眠れず。
結局寝たのは3:30頃でした。

category: 夢職の日々202005

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16年間の会社員生活について その10  

16年間の会社員生活について その1~9はこちらから
        


■上司のYさんの配慮

1999年(入社4年目27歳)
異動になり、直属の上司となったYさんは、私より6歳年上のとても優秀な人でした。

少し話は逸れますが、この会社で16年勤め色々な上司を見てきましたが、
上司には下記の2つのタイプがありました。

(1)本当に優秀な人
どんなに頑張っても、この人には絶対追い付けないだろうなと思えるほど
優秀な人が何人かいました。
この人たちは、先天的に優れた何かを持っている人と考えられます。
それに努力が加われば、凡人は追い付くことができません。
このタイプの人たちは、その後どんどん出世していきました。

(2)努力の人・運良く空いたポストにすべりこんだ人
一方で、何でこの人が役職に付いているの?と思えるような上司もいました。
真面目にコツコツと仕事をしている姿は美しく見えますが、
私から見て「頭の切れ」は全く無く、仕事に進め方に関してもスマートには見えませんでした。
仕事はあまりできなくても、社内政治には優れていたりします。
運よくポストが空いて、出世できたような上司もいました。
このタイプの人たちは良くて部長までしか出世できませんでした。


と、話は少しそれましたが、
私の直属の上司となったYさんは、前者の本当に優秀なタイプの人でした。

生産技術部3課の業務は、研究開発的な要素が強く、
新しい加工法の開発をしていました。

実験をして、レポートにまとめ、再度実験をする
といったことを繰り返していました。
私は実験をすることは好きでしたが、その後の実験結果をまとめたり、
考察して次の実験計画を立てることが苦手で、いつもそこで躓いていました。

それを見ていたYさんが
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ニックさんは手を動かすことはとても早く正確だけど、
考えたり、計画を立てるのは苦手だよね
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と言い、私が実験に専念して、Yさんが実験結果をまとめたり、計画を立てるといった
分業制にしてくれました。その方が効率が良いと考えたのでしょう。
その結果、これまでに無いスピードで仕事が進むようになりました。
この頃は仕事がやりやすく、苦しい思いはあまりしなかったような気がします。


後に、鬱で入院した病院で発達障害を疑われ心理検査をしましたが、
その報告書の中には以下のように書かれています。
--------------------------------------------------------------------------
(私の特徴として)
物事に対して、多くの人がそうするであろう型通りのやり方で対処していく傾向にあります。
慣れた作業を淡々とこなしていくことは得意ですが、対処することが複雑になったり、
臨機応変を求められることは苦手ではないかと考えられます。
また、状況の変化に対しての動揺が大きいと考えられます。急な状況の変化は苦手ですが、
慣れていくに従い自分に合ったやり方で対処していく力はありますので、焦らずいつもの
ペースを取り戻していけるとよいかと思います。
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ここにも書かれているように、私は定型業務の方が得意です。
そして、それに慣れると効率良く業務をこなしていくことができます。


Yさんが上司になった1999年当時は、発達障害という言葉もあまり聞かず、
そういった人達への理解は無かったと思われますが、
(日本で発達障害者支援法が制定されたのは2005年4月)
Yさんは私の適性を見抜いたうえで、仕事を配慮してくれた。
とても有難かったです。


私のような自閉症スペクトラム障害の人でも、
上司や職場の配慮があれば、能力を発揮できる場合もあると思いますが、
そういった環境を得られるのは、まだ一部の人に限られていると思います。


その11 に続く

category: 無職・仕事

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コロナの日々  

5/9(土)~5/12(火) 4日分

■5/9(土)
8:30起床。
昨晩はなかなか寝付けず、更に早朝何度か目を覚ましてしまい
あまり寝た気がしませんでした。

【午前】
9:00過ぎ
ホームセンターへ買い物へ。
野菜苗が新しく入荷されていることを期待して
近くのホームセンターに行きましたがダメでした。
外出したついでに、テイクアウトを始めた喫茶店で
サンドイッチの持ち帰を買って帰りました。

10:30遅い朝食
サンドイッチ、アイスコーヒー
その後、ブログの更新など

【午後】
午前とは別のホームセンターへ野菜苗を見に行きました。
コロナ騒動の影響で、野菜苗の入荷が不安定になっているとか。
例年は100円以下で買っていた野菜苗でしたが、どの苗も250円ぐらいでした。
高いと思いましたが購入しました。

その後、下の子と散策へ
鶴見川源流の泉、小山田緑地、よこやまの道を歩きました。
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鶴見川源流の泉
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小山田緑地 トンボ池
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よこやまの道

この近辺は何度か歩いています。
前回、迷って引き返した道があったのですが、その道を再度探索。
無事、通り抜けることができました。
竹藪で人がほとんど通らないので、道が分かりませんでした。
この辺りは、そんな道が沢山あります。

【夜】
夕飯は豚肉の野菜巻き(アスパラ、えのき、ごぼう・にんじん)
久し振りにお酒を飲みました。
キリン一番搾り(350ml)、宝焼酎(150ml)
少し控えめにしておきました。

1:00就寝


■5/10(日)
6:00に目を覚ますも、2度寝して起きたのは10:00でした。

【午前】
朝食はマフィンとアイスコーヒー
昨日買ってきた苗を植えるため、庭を耕して畝を作りました。
30分ほどの作業。

【午後】
きゅうりの野菜苗がまだ見つからず、
車で通ったことのある園芸店に初めて行きました。
ホームセンターよりも苗が沢山あって、きゅうりの苗を買うことができました。
はじめからここで買えば良かったと思いました。

夕方、苗を植えました。
きゅうり、とまと、かぼちゃ、おくら、なす
今年は5種類の野菜を育てます。

【夜】
夕飯は、さばの塩焼き、まぐろの刺身他
昨日に引き続きお酒を飲みました。
アサヒドライ(350ml)、麦焼酎いいちこ(200ml)

23:30布団に入って本を読み、0:00に就寝


■5/11(月)
5:30起床
いつもより早く目が覚め、その後眠れそうになかったので起きました。
お酒を飲むと睡眠が不安定になります。

【午前】
朝食は、カスタードケーキとアイスコーヒー
午後から自宅近くの雑木林へ散策に行くことにしたので、そのコースの検討。

【午後】
12:30から散策へ
昼食は散策途中の神社で食べました。
暑くてあまり食欲が無く、バナナ1本と水のみ。
3時間程歩きましたが、暑くてバテてしまいました。

【夜】
夕飯はタンドリーチキン
3日連続で飲みました。
アサヒドライ(350ml)、キリン一番搾り(350ml)、麦焼酎いいちこ(200ml)

1:30就寝


■5/12(火)
7:30起床
明け方、何度か目を覚ましてしまい熟睡感は無し。
お酒を飲むと翌朝の調子が悪いです。

【午前】
妻が仕事へ行った後、いつものように洗濯物を干しました。
ベランダに出ると、今日は幾分涼しくて過ごしやすそうでした。
朝食はラーメンを食べました。

昨日のお酒が残っているようで、体調が非常に悪く、
午前中はずっと布団に入ってゴロゴロしながら本を読みました。
何度かウトウトとして眠ってしまいました。

【午後】
昼食はコロッケバーガーとリンゴジュース

13:30
下の子と2人で前日歩いた近所の雑木林へ散策へ出掛けました。
コースは昨日とほぼ同じですが、派生する道をいくつか探索しました。
「この道はこんな所に繋がっているのか」といった発見があり、とても楽しかったです。
散策途中、おやつにバナナを食べました。

16:00過ぎに帰宅
シャワーを浴びたら疲れがどっと出て1時間程昼寝。
少し布団に横になったら、体が布団に沈んでいくような感覚になり、すぐに寝てしまいました。
たいした距離は歩いていないのですが・・・年々体力は落ちています。

【夜】
夕飯はさんまの干物。お酒は無し。
お酒を飲むと翌日調子が悪いので、しばらく控えることにしました。

夕飯の後は、ネットで多摩丘陵の散策ルートを色々と調べました。
ヤマレコというサイトを見つけ、
他の人たちが歩いているコースを見て参考にしています。

23:15布団に入って読書。0:30就寝。

category: 夢職の日々202005

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16年間の会社員生活について その9  

16年間の会社員生活について その8 からの続き
      はこちらから

■生産技術部3課へ

1999年(入社4年目) 4月
東京にある生産技術部3課での勤務が始まりました。
上司は新任のI課長、直属のリーダーも新任のTさんでした。

異動して数ヵ月経過したある日のこと、
昨年末に面談したK部長と廊下ですれ違ったときに声を掛けられました。
「新しい部署での仕事には興味が持てそう?」と
私はとっさに「はい、興味があってやりがいがあります」と嘘をついてしまいました。
その時のことは、今でも鮮明に覚えています。


私は16年間勤めたこの会社で、最終的には鬱になって辞めてしまうのですが、
最大の苦痛は「仕事に興味が持てなかった」ことでした。

私が最近読んだ発達障害の本(発達障害のいま 講談社現代新書 杉山登志郎 著)に
自閉症スペクトラム障害について書かれているのを読みました。
その特徴の中に
---------------------------------------------------------
・興味の偏りが激しい
自閉症スペクトラムの場合、当然ではあるが、興味のあることとないことの間に
著しい落差があって、興味がないことに無視するということが実に多い。
---------------------------------------------------------
まさに私のことだと思いました。

自閉症スペクトラム障害の人は、興味の範囲がもの凄く狭いのです。
一般の人なら、興味が持てないことでも仕事と捉え、
業務をこなしてくうちにそれなりに適応していきます。

しかし、私のような自閉症スペクトラム障害の人は、
興味がないことは苦痛でたまらない。うまく適応できないのです。
私の感覚では、一般の人は8割ぐらいの仕事に適応できるのに対して、
自閉症スペクトラム障害の人は、1割ぐらいしか適応できないように思えます。

しかし、自閉症スペクトラム障害の人でも、運良く興味あることに巡り合えれば、
その仕事(物事)に対しては深く入り込んで行けるので、
大きく成功する可能性が高いと考えられます。


入社4年目
この会社では自分に合う仕事、興味が持てる仕事が無いように感じ始めました。
仕事にやりがいを求めるのは止めよう。
お金をためと割り切って働くようにしよう。
仕事に希望が持てず、仕事が苦痛になりはじめたのは、丁度この頃からでした。


その10 に続く

category: 無職・仕事

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近況  

最近は珍しく、毎日ブログを更新しています。
昔は毎日更新していましたが、どんどん怠けるようになりました。
怠けるというのは、とても気持ちが良いことです。



「コロナの日々」では、無職の私がどのように過ごしているかを
書いています。
「16年間の会社員生活について」では、24歳~40歳まで働いていた
会社員時代のことを書いています。

今、48歳なのですが、自分の記憶というのがどんどん無くなっていくのが分かります。
結婚して20年にりますが、妻と話をしていても、お互い昔のことを忘れていて
話が噛み合わない時があります。
私はお酒を沢山飲んでいるので、普通の人よりも脳細胞が死んでいくスピードが早いのだと思います。
記憶が無くなって行くというのはとても寂しいです。
だから、このブログに会社員時代のことを少しでも書き残しておきたいと思っています。



ずっと禁酒をしていましたが、5/9、10、11と3日続けて飲んでいます。
久し振りにお酒を飲んでみましたが、たいして美味しいとは思いませんでした。
でも、お酒を飲むと良い気分になります。
お酒というのは、水に気分が高揚する薬を混ぜた物だと思いました。
そう考えると、変な毒を飲んでいるのだなと思いました。
毒だと分かっていても、美味しくないと思っていても、多分止められません。
依存性のある毒なので。



コロナの日々は暇なので、自宅近くの雑木林を探検するようになりました。
普段は車で通り過ぎてしまうような所にも、意外な道が沢山ありました。

私は東京の外れに住んでいるのですが、
東京にもこんな良い所があるのだと再発見の毎日です。
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今日歩いたところ
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ここも東京都です


毎日歩いていて楽しいです。
最高の景色を眺め、最高の空気を吸う。
自然の中に身を置くということは、私にとっては最高の贅沢です。
でも、ふとした瞬間に虚しさを感じます。

毎晩、最高のステーキを食べ、最高の寿司を食べ、それに合った最高のお酒を飲む。
たまには良いのかもしれませんが、毎日だと飽き飽きしてきます。

私は何のために生きているのだろう?
何を生きがいにしているのだろう?
虚しさの行きつくところはいつも同じです。

category: 夢職の日々202005

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